狂った愛は終焉へ向かう
「愛を狂わせるなんて、簡単だと思わない?」
彼女は突然そうつぶやいた。それに対して、何、イキナリ、と尋ねれば、彼女は薄い笑みを浮かべ、静かに語り始めた。
「たとえば、ある一組のカップルがいたとしましょうか。彼女はずっとそばにいると言ったのに、不慮の事故で死んでしまうの。彼氏は深く哀しみ、どうして、そばにいると言ったのに、とやるせない毎日を送る」
「やけにリアリティがあるね。もしかして実話?」
「まさか。こんなもの、誰だって思いつく話よ」
そう言って彼女は嘲るような笑みをよこし、先を続けた。
「そしてある日、彼は気付くの。彼女は空から見守っていてくれたことを。そうやって、ずっと彼のそばにいてくれたことを」
「いい話じゃないか」
「でもね、」
――この話には、続きがあるの。
人さし指を唇に当てながら、にぃ、と妖しく笑う彼女。彼女は、とてもキレイだ。それがその笑みをいっそう艶めかしく際立たせていた。
そんなことを思いながら、ぼくは彼女の話の続きを待つ。
「愛を狂わせるなんて簡単だって言ったわよね? このあと、彼は彼女のあとを追って自ら命を絶ってしまうの。せっかくさっきまでキレイな愛だったのに、彼は愛を狂わせてしまったのよ」
愛を狂わせる、とはそういうことか。彼が彼女の存在に気付いただけで、それを支えに生きていく、という結末なら、確かにキレイな愛で終わっていたかもしれない。
「これでたとえばの話はオワリ。ね? 愛を狂わせるなんて、簡単でしょう?」
「君は夢がないなあ。彼にとってはそれが一番いい選択だったのかもしれないじゃないか。彼は自分の彼女への想いを貫き通したんだよ。死んでも彼女と一緒にいたいってね。そのほうがずっと『一緒にいる』って感じがしない?」
「へえ、同じ男の人だから、気持ちがわかるのかしら。でも、彼は彼の周りの人たちの気持ちを考えたことがあるのかしらね。残された人は哀しむのよ。それで誰かが彼のあとを追ったらどうするのかしら。この世界に存在しているのは、彼と彼女だけじゃないのに。愛に幻想を抱いたって、どうにもならないわ」
まったく、本当に夢がない。女の人は現実をよく見ていると言うが、まったくもって正解だと思う。ぼくはため息をついて、彼女のほうへ歩いていった。
「ねえ」
「何」
ぼくは彼女とギリギリの距離を保ち、耳元で囁く。
「じゃあ、ぼくと君の愛も狂わせてみる?」
彼女は表情を崩さず、はあ、と一つため息をついてから、薄く笑って「冗談」と吐き捨てた。
「酷いな」
「酷いのはどっちかしら。わたしたちの愛にそんな必要はないでしょう」
ああ、そうだった。ぼくらの愛は、もう狂っていた。
そっと落とした口づけは、血の味がした。