神様と死なない化け物(後編)
「……はい?」
今思えば、それはただの傲慢でしかなかった。だけど、あのときは本気でそう思っていたのだ。自分は、神様なのだ、と。
そんな尊大な宣言をしたぼくとは対照的に、彼は戸惑いの表情を浮かべ、遠慮気味に口を開く。
「えーと、それはどういう意味でしょうか?」
「ぼくはこの能力を使って何人もの人間を殺してきたし、それが楽しいと思っている。だから、ぼくは快楽殺人者だ」
「ええ、そういうことになるでしょうね」
「でも、ぼくはある日気付いたんだ。ぼくの半径三メートルにいる人間ならば、手を触れずに殺すことができる。銃を撃つときの衝撃も、ナイフで刺すときの感触もない。なのに、自由に人の死を操れるんだ。だから、ぼくは神なんだってね」
とん、と自分の胸に手を当ててにやりと笑ってみせれば、そこで熱弁は終わり。あとは彼をどう始末するかが問題だ。
ぼくはあのとき確かに彼を殺したはず。なのに、どうして彼は生きている? どうして肩を震わせて――
「ふふ……あははっ、あははははっ」
笑って、いる?
突然狂ったように笑い出した彼に、今度はぼくが戸惑っていると、彼はひーひー言いながら目元の涙を拭った。
「ふふ、面白いですねえ、あなたは」
「面白い?」
「ええ。確かに、そんなことができるあなたは神様かもしれませんね。でも、」
くすり、嫌味な笑みをこぼした彼は、舐めるような目でぼくを見つめた。
「神は神でも、死神のようですけどね」
死神――? ああ、言われてみればそうかもしれない。何だかその表現がとてもしっくりきて、ぼくも自然と笑みを浮かべていた。
だけど、
「でも、ぼくはもう神じゃない」
「どうしてです?」
「だって、ぼくは君を殺せなかったからね。万能じゃないのなら、神ではない」
その言葉にぴくりと反応した彼は首をかしげ、今度は苦笑した。
「もしかして、私にも指を向けたんですか?」
「ああ、君が最初の死体に駆け寄るときにね。でも、君は死ななかった」
「目撃者を殺すのは当然の判断でしょうね。しかし、あなたの能力が心臓にしか効かないのなら、私が死なないのもまた当然の事実です」
「どういう、意味だい?」
ぼくにしては慎重に、恐る恐るそう尋ねれば、彼はふっ、とどこか自虐的な笑みを浮かべ、とんでもないことを言い放った。
「私、心臓がないんですよ」
「……は?」
彼と初めて目が合ったとき以上の驚きで、ぼくはそんなマヌケな声を出すことしかできなかった。心臓がない、だと?
「じゃあ、君はどうやって生きてるって言うのさ?」
「それが私にもよくわからないんですよねえ。わかっているのは、人より多く血液が流れているということだけですが、一応私が独自に造った機械を埋めこんでいます。それに、」
するり、彼はぼくの手をとって、無理やり握手するような形にした。
「私の手、ちゃんとあたたかいでしょう? 生きている証拠ですよ」
にこ、と微笑む彼の手は本当にあたたかくて。この手のぬくもりと、ぼくの能力か効かなかったということから、彼は本当に心臓がなくても生きているのだと実感した。そしてその途端、可笑しさがこみあげてきた。
「……くくくくっ」
「おや、どうかしましたか?」
「いや、どう考えたって面白いのは君のほうじゃないか。ぼく、君ともう少し話がしてみたくなったよ」
「それは奇遇ですね。私もですよ。では、私の住処にご案内いたしましょう」
「ああ、よろしく」
* * *
そうして、この薄暗い部屋に連れてこられたのが一ヶ月ほど前のこと。彼は確かに医者ではあったものの、どうやらいわゆる「闇医者」というものだったようだ。最初は呆れてため息がこぼれたものの、これもこれでまた一興だな、と今では自然とほおがゆるむ。
「おや、何か面白いことでも思い出しましたか?」
「ああ、君と初めて出逢った日のことをちょっとね」
「ああ、あの日は色々と衝撃的でしたからねえ」
「まったくだよ」
くすくすと笑いながら、お互いコーヒーを口に運ぶ。すると、彼が何かを思い出したように「あ」とつぶやいた。
「そういえば、あなたは神様が存在すると思っているんですか?」
「まさか。そんなものは存在しないよ」
「でも、あなたは神様なんでしょう?」
「そうだね、正しくは『存在していた』かな。一人のとある人間が現れて、ぼくは神ではなくなったんだから」
ぼくが皮肉をこめたセリフを吐いても、彼はただにこりと微笑んで、
「私はただのバケモノですよ」
と返すだけだった。
ぼくは、神様だった。いや、今でもこの能力を使っているから、それは現在進行形なのかもしれない。だけど、彼は殺せなかった。全能でないのなら、神ではないのだ。
ぼくはただの快楽殺人者、そして彼はただではない人間――そう、ただのバケモノだった。




