神様と死なない化け物(前編)
「ねえ、君は神が存在すると思うかい?」
薄暗い部屋の中で響いたぼくの声。この部屋の蛍光灯のいくつかは役目を終えているにもかかわらずそのままで、残っているうちの一つもちかちかと点滅し、もうすぐ寿命を終えそうになっていた。あれもそのうちきっと放置されてしまうのだろう。
「どうでしょうね。いるんじゃないですか」
そんな投げやりな答えが返ってきたほうに目をやれば、声の主はお湯を沸かしていた。何に使ったのかわからないビーカーで。
「コーヒーでいいですか?」
「ああ、よろしく」
ぼくの返答を受けた彼はそのビーカーの中にインスタントコーヒーを入れ、これまた何に使ったのかわからないガラス棒でかき混ぜてから、コト、とそれをぼくの目の前に置いた。
「どうぞ」
「どうも」
ぼくは慣れた手つきでビーカーの上を持ち、コーヒーを口に運ぶ。道具はさておき、味はなかなかのものだった。最初はもちろん抵抗があったものの、道具はぼくの前で洗うようにしてもらっているので、今では特に何とも思わない。まったく、慣れとは恐ろしいものだ。
「それで、神様がどうかしましたか?」
「いや、君の意見を聞いてみたくなっただけさ。さっきの返答からすると、君は神が存在すると思っているってことでいいのかな?」
「ええ、まあ一応」
「一応? 曖昧だなあ。じゃあ、君は何故神が存在すると思っているんだい?」
「おやおや、それをあなたが聞きますか?」
「どういう意味かな?」
怪訝そうに尋ねると、彼はくすくすとおかしそうに笑ったあと、ちらりとこちらに視線をよこした。
「だって、あなたは神様なのでしょう?」
ああ、そうだ。ぼくは神様――「だった」。何故なら、人の命を操ることができるのだから。
しかし、それはとある「化け物」によって間違いだと証明されたのだった。
* * *
「――チェックメイト」
たった一言そう言い放てば、今までぼくの胸ぐらを掴んでいた、いかにも不良といったような男が突然ドサリと倒れた。すっと屈んで首筋に手を当てても脈はなく、胸に耳を押し当ててみても鼓動は感じられない。つまり、彼は死んでいるということだ。
しかし、立ち上がったぼくは救急車や警察を呼ぶわけでもなく、その死体を見下ろしてにやりと笑みを浮かべるだけ。そして、そのまま帰ろうときびすを返すと、路地の入り口に男が立っていた。そして、それがぼくと『彼』の出逢いだった。
交錯する視線。その視線がゆっくりと下がってゆき、ぼくの足元にあった死体を見つけたのだろう、彼は瞠目し、こちらに向かって駆け出してきた。こんな奥まった場所だから、誰も来ないと油断したのがいけなかったか――面倒だけど仕方ない。彼も「殺して」しまおう。
そう考えて、彼との距離が一メートルほどになったとき、ぼくは指で銃の形を作り、銃口に見立てた人差し指の先を彼に向け、口を開いた。
「――チェックメイト」
さあ、これで終わりだ――このときのぼくは何の疑いもなく、自分の勝利を確信していた。
しかし、彼がぼくの横をすり抜けた次の瞬間、聞こえてきたのはドサリ、と彼が倒れる音ではなく、
「ちょっとあなた、大丈夫ですか?」
と、死体に話しかける彼の声だった。
――ウソだ、ろ? ぼくは今、彼を「殺した」はずだ。なのに、どうして彼は生きている?
呆然と頭だけが後ろを向いた状態で立ち尽くしていると、彼がばっと振り向いた。
「この人、どうしたんですか? どうやら亡くなっているようですが」
「……わかりません。ぼくはこの人とぶつかってしまってここに連れてこられたんですけど、さっき急に倒れてしまったんです」
「急に、ですか……発作か何かでしょうか」
うーん、とあごに手を当てて考えこむ男に、ぼくは先ほどから気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、白衣を着ているってことは、もしかしてあなたは医者ですか?」
「ああ、はい。この近くの病院で働いています」
「へえ、そうだったんですか」
くそ、見られた上に医者だったとは。この死体を不審がっているみたいだし、少しまずいだろうか。――いや、そんなことはない。この死体をいくら調べても、心不全という結果にしかならないのだから。
すると、ぱちり、と男と目が合った。そして、男はにこり、と笑う。
「それで? あなたはどうやってこの人を『殺した』のですか?」




