真理は幻想の中
「君は人間関係における真理って何だと思う?」
その質問を聞いての最初の感想は、またか、だった。それは、この質問を何度も聞かれているという意味ではなく、わけのわからない質問を日常的にされているという意味で、またか、ということだ。最終的に、彼は変人だという結論に落ち着くのかもしれない。
「うーん、人は独りでは生きていけない、とか?」
ぼくがそう答えると、彼は満足そうににこ、と微笑みを浮かべる。しかし、
「それも一理あるね。でも、ぼくは『人と人はわかり合えない』ってことだと思うんだ」
「……」
「おいおい、そんなに露骨に嫌なカオをしないでくれるかい? 理由を話す気が失せるじゃないか」
「そんな哀しい真理の理由なんて、どうせろくなものじゃないんだろう?」
まったく、人がせっかくいい答えを出したっていうのに、それをぶち壊すようなことを言わないでほしい。そりゃあ自然と眉間にシワが寄るってもんだ。
彼は自分からこういうことを尋ねてくるくせに、ぼくの答えにはまるで興味がない。それどころか、こうやってぼくの意見を否定はしないものの、さらっと流してしまうのだ。あの満足そうな微笑みは、ぼくが彼と違う意見を言ったがために、これから持論を展開できる、ということから来るものなのかもしれない。
「まあいいよ。君の意見をどうぞ」
「どうもありがとう」
しかし、それもいつものことなので、ぼくはため息をこぼしつつも先を促してやると、彼は再びにこり、と満面の笑みを浮かべた。そして次の瞬間、彼のカオが変わる。真剣みを帯びたその表情が、持論に入る合図だった。
「じゃあ、例えば誰かが自殺したとしよう。そして、わかりやすく遺書が残されていた場合、原因や動機が解明される。そうだね、内容は『隠していたけれど、実はリストラされていて、それをごまかすために借金をしていたけれど、それを返済できなくなったから自殺する』とか、そんな感じかな。つまり、原因はいわゆる経済的理由になるわけだ。だけど、それは本当かな?」
「はあ?」
「だってそうだろう? それは表面的にそう言っているだけで、実は多くの理由の一つに過ぎなかったのかもしれないし、もしかしたらこれはそれっぽく思わせるための、つまり家族を納得させるためのニセモノの理由で、実はもっとくだらない理由で死んだのかもしれないじゃないか」
遺書もあるし、借金という事実があるのなら、自殺自体は受け入れがたいことかもしれないけれど、理由としては納得できるのだから、それ以上疑う必要はないのではないだろうか。それに、もうその人は死んでいるのだから、本当の理由なんて確かめようがない――あ。
はた、と気付いたことが彼の言いたいことなのだろう。そう気付いてそちらをちらり、と視線を向ければ、彼は勝ち誇ったように、にやりと口角を上げた。
「つまりね、何が言いたいかっていうとさ、結局その自殺の動機は本人以外、誰にもわからないってことなんだ。そして、これは人間関係だけに限らない。例えば、科学の世界だってそうだろう? 原子は目には見えないし、それ以上に小さいモノだってある。見えているものがすべてじゃないし、それだけが現実じゃないんだ。そんな世界で何が信じられる? 何が真実だって言える? 結局、人間が唯一知り得るのは、『人間は何も知りえない』ってことなんだ。矛盾しているけどね。だから、きっとぼくと君もわかり合えないんだよ」
ふう、と一息ついて、恭しくお辞儀をする彼。それは彼の持論の終了の合図だ。つまり、彼が言いたかったことは、とりあえずすべて言い切ったということになる。
毎回長い持論を聞かされるぼくの身にもなってほしいけれど、何だかんだ言って彼の主張にはうなずけるところがたくさんある。今回だってそうだ。ぼくが彼と同じ考えに達したように、彼の考えは正しいのだ。
だけど、
「でもさ、だからこそ、人間は知ろうとするんじゃないの? すべては知れなくても、そこには相手が存在するんだから」
ぼくはその考えに反論することができる。彼は正しいけれど、その主張全部が正しいわけではないし、それがすべての人間に当てはまる「真理」だとは言えないのだ。
すると、何がおかしかったのか、彼がくすり、と嫌味っぽい笑みをこぼしてこう言った。
「もしかしたら、ぼくはホログラムかもしれないよ」
「はっきりしすぎでしょ、このホログラム。少なくとも、ぼくにとって君は存在しているんだよ」
「そうか、それならそれでいいと思うよ」
「何で君って最後のほうは投げやりになるわけ?」
多分、それは彼が持論の展開に全力を尽くしているからだろう。そして、多分、彼は結局自分の考え以外はどうでもいいのだ。だから、結局ぼくが反論したところで何の意味もない。
それはきっと、彼が「自分の真理」に基づいているから。彼はぼくを理解できないし、ぼくは彼を理解できないと思っているのだ。
だけど、それでもいい。それなら、ぼくは『ぼくの真理』に基づいて、これからも彼を理解しようと努力し、彼の持論に付き合ってやろうじゃないか。




