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last Eden  作者: 久遠夏目
2013年
67/73

大人と子供の境界線

 わたしがすきになった人は、すきになってはいけない人でした。


「すきです」


 それなのに、どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。年に一、二度現れる大胆さには自分でもビックリしているし、直したい部分でもあった。普段は引っ込み思案だから、その反動なのかもしれないけれど、その大胆さが度を越しているのだ。もう少しバランスのとれた性格にならないものだろうか。

 後悔で悶々としていると、おそらくわたしよりも驚いたであろう目の前の人物は、眉を下げて微笑んだ。それは、気付かないふりですか。


「ありがとう。君のような良い生徒に好かれて嬉しいです」


 見過ごされたわたしの気持ち。それとも、これは「言うな」という牽制なのだろうか。

 でも、


「ち、違います」

「え?」


 声が震えている。それはきっと相手からもわかったことだろう。

 わたしは、決して「良い生徒」なんかじゃない。物分かりもよくないし、あきらめだって悪い。だから、はっきり言われなければわからないのだ。

 「言うな」とは言われていない。だから、わたしは言うよ。いや、違う。言わせてください、だ。


「わたしは、恋愛対象として、先生のことがすきなんです」


 すると、目の前の人物は、今度は隠しもせずに驚きの表情を浮かべ、あからさまに困ったように眉根を寄せた。そして、クセなのだろうか、少しだけ首を傾げ、静かに口を開く。


「君のそれは『人としてすき』という意味なんじゃないかな? 恋愛と勘違いしてはいけないよ」


 諭すような言い方に、子供扱いされている気がしてムッとした。だけど同時に、それが教師である彼の本分なのだと思い出して、少し恥ずかしくもなった。この場で間違っているのは、わたしのほうなのだ。彼はそれを教えてくれているだけにすぎない。

 だけど、


「そうかもしれません。でも、わたしは自分のこの気持ちを『すき』という言葉以外で名付けることができません」


 男性が一回りも二回りも離れた女性と付き合ったり結婚したりしているのに、どうして十代の女性をすきになるだけでロリコンと言われるのだろうか。確かに、その年代だけをすきになるとしたら、それは少し問題かもしれないけれど、その年齢から付き合って、年を重ねていけば、結局前者と同じことになるはずなのに、そんなの理不尽ではないだろうか。

 誰かをすきになるのに年齢は関係ない。その人だからすきになるはずだ。だから、わたしもきっと同じなのだ。子供だから、生徒だから。そんな言い訳はいらない。わたしはただ純粋に、目の前にいる彼がすきなだけ。


「別に付き合ってほしいとかじゃないんです。この気持ちを知ってほしいと思っただけですから。でも、それが一番のわがままで、先生にとっては一番迷惑なことなんでしょうね」


 望みがないことは、わたしが誰よりも知っていた。彼は訳あって結婚できない立場の人だから。でも、結婚できないことと、すきになってはいけないことは違うはずだ。

 同様に、すきになってもらえないからすきにならない、というのも間違っていると思う。自分をすきになってくれる人だけすきになるなんて、不純だ。

 もちろん、そういう順番ですきになることはよくあるだろう。だけど、すきになってくれるから、すきになるんじゃない。その人だから、すきになるのだ。その人自身がとても素敵だから、すきになる。それが理由であるはずだ。


「気持ちは嬉しいよ。でも、」

「ごめんなさい」

「え?」

「すきになって、ごめんなさい。気持ちを伝えて、ごめんなさい。でも、わたしは――」


 それでもわたしは、泣きたくなるくらい、あなたのことがすきだった。

 きっとこの気持ちは、一生伝えないほうがよかったのだろう。だけど、秘めておくことはできなかった。自己満足かもしれないけれど、相手を一番に思いやれるほど、わたしは大人ではない。

 こういうときだけ都合よく「子供」という言い訳を引っ張り出して自分を守るなんて、ずるいにもほどがある。わたしは結局、自分のことしか考えていないのだ。自分の浅ましさに嫌気がさす。

 こぼれそうになる涙をこらえるために、ぎゅ、と拳を握りしめていると、彼がこほん、と一つ咳払いをした。ゆっくりと見上げれば、その顔ににこ、とやさしい微笑みが浮かぶ。


「人をすきになることは素晴らしいことです。だから、その気持ちを大切にしてほしい。だけど、ぼくは君の気持ちに応えることはできません。ごめんなさい」

「……はい」

「だけど、君が大事な生徒であることに変わりはありません。だから、何かあったらいつでも来てくださいね」

「……はい!」


 すきになって、ごめんなさい。気持ちを伝えて、ごめんなさい。自分勝手な自己満足で、きっとあなたを傷つけてしまったことでしょう。

 わたしは間違っています。でも、間違った生徒を正しい方向に導くのが、教師であるあなたの役目ではないでしょうか。だから、どうかわたしを導いてください。わたしが本当の「良い生徒」になれるように。




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