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last Eden  作者: 久遠夏目
2012年
65/73

孤高の天使の孤独

「すきです、付き合ってください!」

「わたし、独りで生きていくって決めているの。だから、ごめんなさい」


 ぼくの人生初の告白は、あっさりと玉砕に終わった。当たって砕けろとはこのことか。


「じゃあ、わたしはこれで失礼します」

「え、ちょっ……ちょっと待って!」

「何?」


 あっさりとその場を去ろうとした彼女に向かって、あきらめきれずにそう叫ぶと、彼女はこれまたあっさりと振り返った。あまりにもあっさりとしすぎて、ぼくのほうが戸惑ってしまったくらいだ。


「あの、その……ひ、独りで生きていくって、どういうこと?」

「そのままの意味よ」

「一生独身でいたいってこと?」

「ええ、それもあるけれど、もっと広い意味で、かしら」

「もっと、広い……?」

「そう。あなた、わたしのことがすきだって言うのなら、それなりにわたしのことを見ていたんでしょう?」


 だったら、わたしの言っていることの意味、わかるわよね?

 妖艶な笑みを浮かべ、彼女はそうささやいた。しかし、ぼくは振られたショックのせいか頭が回らず、うつろな目で呆然と彼女を見つめることしかできなかった。


「ねえ、大丈夫?」

「うえっ、あっ、はいっ!?」


 目の前でひらひらと彼女が手を振っていたことで、ぼくははっと我に返る。それを見て、彼女は少し呆れたようにふう、とため息をついた。


「質問の答え、わかったかしら」

「え、あ、いや……」

「そう。別にわからなくてもいいのだけれど、――もし。もし、わかったらのなら、それがわたしの人生の目標なの。それだけは覚えておいてね」

「は?」

「だから、さようなら」

「あ、え、ちょっ、待っ……!」


 さっきと同じように叫んでも、彼女はもう振り向いてはくれず、わけのわからない言葉と、物理的にもぽつんと残されたぼくは、ただ呆然と立ちつくすだけだった。


「人生の、目標……?」


 彼女は言っていた。「それ」が「人生の目標」なのだと。では、「それ」とは何のことだろうか。

 ぼくの質問は「独りで生きていくってどういうこと?」で、それに対する彼女の答えは「独身も含めてもっと広い意味で」ということだった。つまり、もっと広い意味での「独り」が「それ」ということになる。


(それなりにわたしのことを見ていたんでしょう?)


 そう、彼女は言った。それならば、ぼくにはわかる、と。

 確かにぼくは彼女に一目ぼれしてから彼女をずっと見てきた。でも、それでさっきの答えなんかわかるわけが――


(わたし、独りで生きていくって決めているの)

(それがわたしの人生の目標なの)


 彼女のセリフが頭をよぎる。それと同時に、ぼくは駆け出していた。


       * * *


「――み、君! ちょっと待って!」

「何かしら」


 そう応えながらも、彼女は足を止めない。全力疾走をしたせいで息を切らせながら、ぼくは言葉を紡いだ。


「さっきの答え、わかったよ!」


 ぴたり、ぼくの言葉に反応した彼女は、さっきまでの早足がウソだったかのように足を止めた。ぼくも安堵してそこで止まり、乱れた呼吸を整えていると、彼女はくるりと振り向き、微笑をこちらに向けた。


「じゃあ、正解をどうぞ?」


 「答え」ではなく「正解」という単語を選んだということは、間違えたらすぐ終わり、チャンスは一度しかないということだ。でも、ぼくにはその一回で十分だった。今のぼくには、それだけの自信がある。

 ぼくは膝に手をついて折り曲げていた身体を起こし、背筋を伸ばしてゆっくりと口を開いた。


「君は、独りで生きていくと言った。それは、ただ一生独身でいるっていう意味だけではなく、一生独りでいるって意味だったんだ。そう、――今みたいに、ね」


 彼女の目を真っ直ぐに見てそう告げれば、彼女は長いまつげを一度伏せてから、にこり、と満面の笑みを浮かべた。


「アタリ。さすが、わたしのことをちゃんと見ていてくれたのね」


 くつくつ、とのどを鳴らして愉快そうに彼女は笑う。

 そう、彼女は今も、いつも独りだった。もちろん誰かから話しかけられれば応えるけれど、ただそれだけ。ぼくが見てきた限りでは、彼女に「友人」と呼べるような存在は皆無で、ずっと独りで行動していた。だけど、別にいじめられているわけでもなく、むしろ尊敬されていた。

 何故なら、彼女は「天才」だから。


「天才って、便利よね。みんなわたしのことを『ヒト』として見ていないもの。言うなれば『珍獣扱い』ってところかしら」

「みんな君を畏怖してるんだよ」

「どうかしら。まあ、そのおかげで独りになれるからいいのだけれど」

「淋しく、ないの?」

「どうして? わたしは『独り』だけれど、『孤独』ではないわ。あなたなら、わかるでしょう?」


 彼女はぼくを試すように、しかし何かを確信しているかのような目でそう尋ねてきた。

 そう、ぼくはわかっていた。彼女は淋しくなんかないことを。だって、彼女は「孤独」ではなく、「孤高」の人だったのだから。独りでいることによって、彼女には気高さがあり、ぼくはそれがすきでもあったのだ。

 でも、


「人間は、独りじゃ生きていけないよ」

「そうね、それは絶対不変の真理。神の言葉は絶対だもの」

「じゃあ」

「でも、それと、わたしとあなたが付き合うということは別の話よ」

「うっ」


 くすり、ぼくの浅ましい考えを見透かしたかのように笑う彼女。

 それでも、ぼくはあきらめない。


「じゃあ、友達は? それでもダメかな」

「それもごめんなさい。友人なんて作ったら、独りでなくなってしまうでしょう?」

「じゃあ、どうして?」

「え?」

「どうしてそこまで独りでいようとするの? さっき人間は独りじゃ生きていけないって認めたのに、どうして独りでいることが人生の目標だって言うの?」


 ぼくには、理解できない。

 少し熱くなって矢継ぎ早に言葉を紡いでしまい、乱れた呼吸で肩を震わせていると、彼女はわずかな間を置いて静かに語り出した。


「わたしは、天才なの。天才には、ひねくれ者が多いでしょう?」

「は、あ?」

「そして、天才に不可能はない。だから、わたしは独りで生きていくって決めたの。わたしの人生そのものが実験なのよ。わかるかしら?」

「……」

「ふふ、正直ね。でも、わかってくれなくていいのよ。凡人に、天才は理解できないでしょう?」


 それは、「天才」という彼女のプライドを賭けた実験か、それとも彼女という「天才」を生んでしまった神への反逆か。

 そうして微笑んだ彼女の笑顔はどこまでもキレイで、そして、どこか哀しそうだった。それは、ぼくが初めて見た、彼女の「孤独」だった。




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