ぼくの存在証明
「神様ってさ、いるんだよ」
独り言なのか、話しかけているのか、どちらともとれるようなつぶやきが聞こえた。そちらに顔を向ければ、そうつぶやいた人物もこちらを向いて、にこ、と微笑みを浮かべる。
「君は、神様って信じてる?」
「さあ、どっちかっていうと、信じてないかな。君は信じてるの?」
「もちろん。ただし、それは『信仰している』っていう意味じゃなくて、『存在している』ことを『信じている』っていう意味なんだけれどね」
なるほど、そういう「信じている」もあるのか、と少し感心しつつ、今度はぼくが彼に質問をしてみた。
「じゃあ、どうして神様が存在してるって言いきれるんだい?」
「だって、神様は存在そのものだから」
「存在そのもの?」
「そう。例えば、君は自分の存在を認めるかい?」
「当たり前じゃないか。『胡蝶の夢』みたいにすべてが夢だって考える人もいるかもしれないけど、ぼくがここに存在していることは事実だ」
「うん、それにはぼくも賛成だよ。じゃあ、君自身の中に君の存在を根拠づけるものはあるかな?」
「ぼくの存在を根拠づけるもの?」
「そう」
さっきも言ったように、ぼくは今ここに、確かに存在している。そして、存在しているものは存在しているのであって、それ以外の何ものでもないのだから、存在の「根拠」なんて考えたことがなかった。
ぼくがあごに手を当てて考えていると、すでに自分の答えを持っているらしい彼が先に口を開いた。
「ぼくにはないね。確かに、ぼくを『ぼく』として維持しているのはぼくだけど、ぼくを存在させているものは、きっとぼくじゃないんだ。だって、両親がいなければぼくは生まれなかったし、両親だって祖父母がいなければ存在しなかった。そうやってずーっとたどっていくとさ、自分の中に自分の存在を根拠づける存在が存在しなくちゃいけないんだよ」
「存在」という言葉がくり返されて混乱してきたけれど、それはつまり、
「それが、神様だって言いたいの?」
「そう。アリストテレスの言葉を借りるなら、『第一原因』とか『不動の動者』ってところかな。それに、ぼくたちは確かに存在しているけど、存在する必然性はないんだよね」
「生まれてこなくてもよかったってこと?」
「ううん、そういう意味じゃなくて、生まれてこなくても問題はなかった、って言えばいいのかな。ここにぼくが絶対存在しなくちゃならない理由はないんだよ。本当は今、ここにいてもいなくても問題はないっていうかさ。でも、そんなぼくに存在を与えてくれたのは両親で、その両親に存在を与えてくれたのは祖父母で――そうやってまたたどっていくと、最後は結局『存在者』にたどりつくんだ」
彼の言うことを理解できないわけではないけれど、それは少し哀しい考えではないだろうか、と思った。だって、そんなのやっぱり自分なんて生まれてこなければよかった、ここにいなくてもよかった、って言っているのと同じだから。
そんなぼくの複雑な思いをよそに、彼は流暢に先を続ける。
「それにね、自分の中に自分の存在の根拠があったら、『生まれる』ということ自体有り得ないんだよ。存在するものには始めも終わりもなく、常に存在しているはずだからね」
そして、彼はすべてを語り終えたのか、にこり、と満足げに微笑んだ。
「ね、神様はいるんだよ」
「つまり、神様が君の存在を支えているってこと?」
「そうだね」
「神様が存在しているってことは、君がここに存在していることの証明にもなるってこと?」
「そういうことになるかな」
「君は、ここに存在していてもいいんだよね?」
「多分」
「ぼくも、ここに存在していいんだよね?」
「もちろん。そうやってみんな神様に支えられて生きているんだよ」
「そっか、じゃあ」
ぼくも、神様を信じてみようかな。
ぼくの中にはない、ぼくの存在を支えてくれている「何か」。それを「神様」と呼ぶのなら、ぼくはその存在を信じたっていい。だって、ぼくはこうしてここに存在しているのだから。




