笑顔に潜む冷たい刃
ぼくには、彼女がいる。ぼくは彼女のことがすきだし、彼女ももちろんぼくのことがすきだ。まあ、だから付き合っているのだけれど。
彼女は、とても純粋だ。子供のように無邪気で、世界のすべてがキレイだと信じている。残念ながら、それはきっと真実ではないけれど、悪いことではないと思う。
ぼくは、自分にはない彼女の純粋さがすきだった。そして、彼女の純粋さは決して失われない、いや、失われてはいけないと、柄にもなく、そう信じていたんだ。
* * *
「ふふ、かわいいですね」
一緒に並んで歩いていた帰り道、彼女はぼくと反対の方向を見ながら微笑んだ。その視線の先をたどれば、そこには公園で遊ぶ子供たちがいた。
「ああ、子供か」
「子供は苦手ですか?」
「いや、そんなことはないよ」
「あら、ちょっと意外です」
「おや、それは心外だね」
子供は苦手ではない。ただ、自分から近づこうとは思わないだけだ。だから、彼女の先入観もあながち間違いではないのかもしれない。
くすくすとひとしきり笑ったあと、再び子供たちに視線を向けた彼女。その眼差しはとてもやわらかく、慈愛に満ちていた。それを見て、いつか彼女と将来の夢について語ったことをふと思い出す。
(わたしの将来の夢は、幸せなお嫁さんになることです)
(――できれば、お相手はあなたがいいのですけれど)
はにかむような笑顔で告げられたその言葉が、どんなに嬉しかったことか。ぼくは恥ずかしくて、「ありがとう」と一言しか返せなかったけれど、心の中は幸福に満ちていて、本当にそうなったらいいなと思っていた。
「君も結婚したら、子供がほしいかい?」
だから、それは自然な質問で、答えも当然――
「いいえ?」
「、え?」
何を言っているんだ、とでも言うようなきょとんとしたカオが向けられたときには、ぼくのほうが驚いてしまった。
「あら、何をそんなに驚いているのですか?」
「……だって、君は結婚するのが夢なんだろう? だから、ちょっと意外で」
「子供がいない夫婦なんて、最近では珍しくないですよ」
確かに、彼女の意見には一理ある。だけど、彼女は違うと思っていた。彼女なら、子供のいる幸せな家庭を築きたいのではないだろうか、と想像していたのに。
でも、彼女がどんな家庭を思い描いていようとそれは自由だから、ぼくがとやかく言う筋合いはないだろう。ぼくも特に子供がほしいと思っているわけでもないし、それも一つの選択だ。
「もしかして、実は君も子供が苦手とか?」
「いいえ、子供はすきですよ?」
自分で聞いておいてなんだが、彼女から返ってきた答えには、やっぱり、と思うほかなかった。そうでなければ、あんな慈しむような眼差しはできないだろう。けれど、「子供がすきだ」ということが、「子供がほしい」ということに直結するとは限らないのも事実だ。
そうやって、わずかに覚えた違和感を拭おうとしていると、彼女がぼくと目を合わせ、にこっ、と笑った。
「確かに、わたしの夢は幸せなお嫁さんになることです。できれば、あなたの。だから、わたしにはあなたさえいてくれればいいのです」
その笑顔は、いつもの彼女と何一つ変わらない、無邪気で純粋な笑みだった。にもかかわらず、ぞくり、と背筋があわ立つ。ぼくは彼女のその笑顔が、無性にこわくて仕方なかった。
彼女からぼくへの愛は、とても純粋なものだ。だけど、その愛がぼくに「しか」向いていないとしたら? ――もしそうならば、それはぼく以外の他人を排除する「狂気」だ。
「すきですよ」
ふふ、と子供のように彼女は笑う。ぼくは、それに対して弱く微笑み返すことしかできなかった。
さて、彼女の愛は純愛だろうか、あるいは狂気だろうか。




