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last Eden  作者: 久遠夏目
2012年
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笑顔に潜む冷たい刃

 ぼくには、彼女がいる。ぼくは彼女のことがすきだし、彼女ももちろんぼくのことがすきだ。まあ、だから付き合っているのだけれど。

 彼女は、とても純粋だ。子供のように無邪気で、世界のすべてがキレイだと信じている。残念ながら、それはきっと真実ではないけれど、悪いことではないと思う。

 ぼくは、自分にはない彼女の純粋さがすきだった。そして、彼女の純粋さは決して失われない、いや、失われてはいけないと、柄にもなく、そう信じていたんだ。


       * * *


「ふふ、かわいいですね」


 一緒に並んで歩いていた帰り道、彼女はぼくと反対の方向を見ながら微笑んだ。その視線の先をたどれば、そこには公園で遊ぶ子供たちがいた。


「ああ、子供か」

「子供は苦手ですか?」

「いや、そんなことはないよ」

「あら、ちょっと意外です」

「おや、それは心外だね」


 子供は苦手ではない。ただ、自分から近づこうとは思わないだけだ。だから、彼女の先入観もあながち間違いではないのかもしれない。

 くすくすとひとしきり笑ったあと、再び子供たちに視線を向けた彼女。その眼差しはとてもやわらかく、慈愛に満ちていた。それを見て、いつか彼女と将来の夢について語ったことをふと思い出す。


(わたしの将来の夢は、幸せなお嫁さんになることです)

(――できれば、お相手はあなたがいいのですけれど)


 はにかむような笑顔で告げられたその言葉が、どんなに嬉しかったことか。ぼくは恥ずかしくて、「ありがとう」と一言しか返せなかったけれど、心の中は幸福に満ちていて、本当にそうなったらいいなと思っていた。


「君も結婚したら、子供がほしいかい?」


 だから、それは自然な質問で、答えも当然――


「いいえ?」

「、え?」


 何を言っているんだ、とでも言うようなきょとんとしたカオが向けられたときには、ぼくのほうが驚いてしまった。


「あら、何をそんなに驚いているのですか?」

「……だって、君は結婚するのが夢なんだろう? だから、ちょっと意外で」

「子供がいない夫婦なんて、最近では珍しくないですよ」


 確かに、彼女の意見には一理ある。だけど、彼女は違うと思っていた。彼女なら、子供のいる幸せな家庭を築きたいのではないだろうか、と想像していたのに。

 でも、彼女がどんな家庭を思い描いていようとそれは自由だから、ぼくがとやかく言う筋合いはないだろう。ぼくも特に子供がほしいと思っているわけでもないし、それも一つの選択だ。


「もしかして、実は君も子供が苦手とか?」

「いいえ、子供はすきですよ?」


 自分で聞いておいてなんだが、彼女から返ってきた答えには、やっぱり、と思うほかなかった。そうでなければ、あんな慈しむような眼差しはできないだろう。けれど、「子供がすきだ」ということが、「子供がほしい」ということに直結するとは限らないのも事実だ。

 そうやって、わずかに覚えた違和感を拭おうとしていると、彼女がぼくと目を合わせ、にこっ、と笑った。


「確かに、わたしの夢は幸せなお嫁さんになることです。できれば、あなたの。だから、わたしにはあなたさえいてくれればいいのです」


 その笑顔は、いつもの彼女と何一つ変わらない、無邪気で純粋な笑みだった。にもかかわらず、ぞくり、と背筋があわ立つ。ぼくは彼女のその笑顔が、無性にこわくて仕方なかった。

 彼女からぼくへの愛は、とても純粋なものだ。だけど、その愛がぼくに「しか」向いていないとしたら? ――もしそうならば、それはぼく以外の他人を排除する「狂気」だ。


「すきですよ」


 ふふ、と子供のように彼女は笑う。ぼくは、それに対して弱く微笑み返すことしかできなかった。

 さて、彼女の愛は純愛だろうか、あるいは狂気だろうか。




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