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last Eden  作者: 久遠夏目
2012年
59/73

てのひらの使い方

「ん」

「は?」


 短い声とともに差し出されたてのひら。しかし、そこには何も乗っていなかった。

 季節は冬。二月半ば。しかも、今日は結構寒い。しかし、だからと言って、これは「手をつなごう」という意味ではない。だって、あたしとこの男――性格は悪いしムカつくけれど、ムダに顔は良いクラスメイト――は、恋人なんていう甘ったるい関係ではないのだから。

 じゃあ、どうして一緒に帰ってるのかって? ただ玄関でばったり出くわして、帰る方向が一緒だったという、ただそれだけの話だ。


「何、その手」

「お前、今日何日だと思ってんの?」

「は? 十四日だけど」

「つまり?」

「つまり?」


 わけがわからずおうむ返しをしたあたしをジト目でにらみ、男は呆れたようにため息をついた。いやいや、ため息をつきたいのはこっちなんですけど。二月十四日が何だっていうのさ。今日は何の日かって――


「――あ」

「バカだろ、お前」


 はあ、とまた一つ、盛大なため息をこぼす男。その言動、いちいちムカつくな。

 しかし、そうか。今日は世に言う「バレンタインデー」だった。どうりで教室が、いや、学校全体が浮ついた空気だったわけだ。


「いや、ちょっと待て。今日がバレンタインなのはわかったけど、あんたのその手は何?」

「何って、くれるんだろ? チョコレート」

「はあ? うぬぼれないでくれませんかね。誰があんたなんかにあげるって言った?」

「照れんなって。ほかのやつはもっと顔を赤くしてくれたぜ?」

「ほほう、さりげなくモテ自慢ですか。それと、あたしの顔が赤いのは寒さのせいですが何か」

「ちっ、ケチくせぇ女だな」

「はあ!?」


 そう毒づいて、男は不機嫌そうにふい、と前を向いた。何であたしがケチ呼ばわりされなきゃならんのだ。恋人でもない男に用意するチョコなんてないっつーの。

 ――でも、「すきな人」へのチョコなら用意していた。あんまり認めたくないけれど、あたしはこの男のことがすきらしい。

 本当は、今日が何の日かなんて知っていた。だから、一日中チャンスをうかがっていたのだけれど、ムダに顔が良いこいつのところにはたくさんのチョコがあった。下駄箱、机の上、もちろん直接渡しにくる女ノコもいたわけで。そんな状況で、渡せるわけがない。

 だから、もう半分あきらめていたというのに、何で最後の最後でばったり出くわしちゃうんだよ。しかも、何でそんなピンポイントなこと言ってくるんだよ。そして何でチャンスを逃したんだ、あたし!

 確かにこれはチャンスだ。だけど、ピンチはチャンスであるように、逆に言えばチャンスはピンチなわけで、結局ピンチはピンチでしかないわけで……えーと、落ち着け、あたし。とりあえず何か会話をしなければ、不審に思われてしまう。


「ていうか、ほかのコからもらったなら、それで十分だろ」

「十分すぎるくらいだな。むしろ多すぎ」

「少しは否定しろよ」

「でも、すきなコからもらったものじゃないと、何の意味もないんだよね」

「……さすが、モテる男は言うことが違うね」


 「すきなコ」。その言葉が胸に重くのしかかる。そうだよね、こいつにだってすきな人くらいいるんだ。何だ、あたし。チャンスとか言っちゃってバカみたい。うぬぼれてたのは、あたしのほう――


「あのさあ、もっかい言うんだけど」

「何?」

「バカだろ、お前」

「……はあ?」

「お前がバカだから俺からキッカケを作ってやったっていうのに、ホンっトにバカだな、お前」

「いや、意味わかんないんですけど」

「だから!」


 大声を出してぐるん、とこちらを向いた男のカオがほんのりと赤いのは、寒さのせいだろうか?


「俺は、お前からのチョコがほしいって言ってんだよ!」

「………………へ?」

「バカだろ、お前。ホンっトーにバカだろ」

「……すいません」


 何であたしが怒られているのかはわからないけれど、つまりは、うん、あたしはうぬぼれてもいいってこと?


「で?」

「え?」


 そう言われて男を見れば、彼はまた何も乗っていないてのひらを差し出していた。


「え? じゃねぇよ。何かあんだろ、渡すものが」

「……うぬぼれんなよ、アホ」

「じゃあ、今カバンの中に突っ込んでる手は何だよ」

「うっさい」


 目的を果たせたチョコが男の手に渡り、そのまま相手のカバンにしまわれる。

 そして、あたしの前に差し出されたのは、これで三度目の彼のてのひら。


「ん」

「は? もう何もな……」

「お前の手があんだろ」

「……ちっ」

「何で舌打ちなんだよ、かわいくねぇな」

「ツンデレだよ、ツンデレ」

「自分で言うな、キモイ」

「んだとコラ」

「……ほら」

「……うん」


 どうやら、この手はつなぐためにあったらしい。




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