親愛なる君たちへ
「すきだ」と言われたから、付き合った。「別れよう」と言われたから、別れた。ただそれだけの、ごく自然なことだった。
* * *
「あのね、あの人と付き合うことになったの」
数日後、別れた彼女から聞かされたのは、彼女が「あの人」――つまり、ぼくの友人と付き合うことになった、という報告だった。
だからといって、ぼくはそれで怒るわけでもなく、そもそもそんな資格はない。ぼくはただ微笑んで、「そう、よかったね」と祝福の言葉を口にした。
それを彼女がどう受け取ったのかわからないけれど、彼女は少し哀しそうなカオをして「ありがとう」と言った。
* * *
「お前は、それでいいのか」
さらに数日後、今度は彼女の彼氏――つまり、ぼくの友人からそんなことを尋ねられた。ぼくはわけがわからず、かくり、と首をかしげる。
「何がだい?」
「あいつのことだよ」
「あいつ? ああ、彼女のことかな」
「あいつは、お前のことが本当にすきだったんだぞ」
「でも、君だって彼女のことが前からすきだったじゃないか」
「それは、そうだけど……おい、まさかお前、俺のためにあいつと別れたとか、そんなふざけたことをぬかすんじゃないよな」
ずいっとこちらをのぞきこんできた彼の目は、とても真っ直ぐで。自分の心を見透かされているようで苦手だという人もいるようだけど、彼の性格をそのまま表しているようなその目が、ぼくはすきだった。
それに、どんなに彼がその目でぼくを射抜いても、ぼくの本心は決して見抜けない。仮に見抜かれていたのだとしても、やましいことは何も考えていないのだから、別に構わないのだけれど。
「まさか。だって、別れを切り出してきたのは、彼女のほうなんだよ」
「……そうか? それならいいんだけどさ」
少しの間はあったものの、単純な彼はその答えで納得したようだった。単純さは彼の短所でもあるけれど、「素直さ」と受け取るならば、それは長所となる。
もちろん、彼女から別れを切り出されたことは事実だし、彼のためを思って別れたわけでもない。だけど、少なからず、「誰かのために」別れたことも事実だった。それはきっと、彼と彼女と、そして、ぼく自身のために。
そんな選択をしたぼくは、これからも良好な人間関係を続けるために、彼と彼女に謝らなければいけないのだ。彼らは、こんなぼくを赦してくれるだろうか。
* * *
数日後、ぼくは彼と彼女を呼び出し、まず彼女に向かって口を開いた。
「ぼくは、君に謝らなくちゃいけないことがある。ぼくは、別に君のことがすきじゃなかった。異性として、だけどね。友人としては、すごくすきだよ。中途半端に期待を持たせるようなことをして、本当にごめんね」
すると、彼女はいつか見たような哀しげなカオで微笑んで、やっぱりね、とつぶやいた。女性の勘は鋭いと言うが、彼女も例に漏れず、何かを感じ取っていたらしい。
ぼくは苦笑して、今にもこちらに殴りかかってきそうな表情をしている彼に顔を向けた。
「それから、ぼくは君にも謝らなくちゃならない。君の気持ちを知っておきながら、軽い気持ちで彼女と付き合ってしまって、本当にごめん。でも、そのおかげで気付いたことがあるんだ」
「……何だよ」
「ぼくはね、君たち二人がすきなんだよ。ぼくは、君たちが二人で幸せになってくれたらいいと思っているんだ。だから、二人が付き合うことになってくれて、ぼくはとても嬉しいんだ」
そうしてぼくがにこ、と浮かべた笑みは、本心からのものだった。
「だから、幸せになってね。君たちの幸せが、ぼくの幸せでもあるんだから」
そう言い終えると、彼は怒ったような表情から困ったような表情に変わり、ついには照れくさそうにぽりぽりとほおをかきながら口を開いた。
「よく、わかんねぇけど……お前が俺たちのことをすごくすきなんだってことだけはわかった、かな」
「うん、大体そういうことだよ」
「絶対幸せにするから。俺も、幸せになるから」
「うん、頼んだよ」
ぼくの言葉に応えるように、にっと歯を見せて笑った彼。
そして、今度はそのトナリにいた彼女が穏やかに言葉を紡いだ。
「あなたも、いつか一緒に幸せになりたいと思う人ができるといいね」
「できるかな」
「ええ、きっと」
「ありがとう」
そうしてふっとやわらかな笑みを浮かべた彼女は、彼と一緒にその場をあとにしたのだった。
一緒に幸せになりたいと思う人――そんな人が、いつかぼくにもできるのだろうか。今のところそれは、きっと彼と彼女だ。ただ、厳密な意味で「一緒に」幸せになることはできないけれど、それでも、あの二人が幸せならぼくも幸せだ、と言い切ることはできる。
どうかあの二人がいつまでも幸せでありますように、と願いながら、ぼくもその場をあとにした。




