生に絶望、死を希望。
生は希望で、死は絶望?
否、彼にとってはまったくの逆なのだろう。
だって、彼は生に絶望し、死を希望しているのだから。
* * *
「ねえ、ぼくたちに生きる意味なんてあるのかな?」
にやり、意地の悪い笑みを浮かべて彼は言った。
「さあ、あるかもしれないし、ないかもしれない」
「ほほう、人それぞれってことかい? まあ、それが安易で妥当な、普通の意見だよね」
トゲのある言葉だったが、彼は素でそう言っているのだから直しようがないし、こんなのはいつものことだからいちいち気にしていられない。
そんなことを考えながらずずっ、とコーヒーをすすり、今度はぼくが口を開く。
「じゃあ、君は?」
「うん?」
「君は、ぼくたちに生きる意味があると思っているの?」
「ははっ、まさか。『ぼくたちの生きる意味って、何だろうね』と聞かない時点で、ぼくはそんなものはないと思っているんだよ」
わかるかい? と今度は小バカにしたような口調だったが、これもいつものことで。もうこれが彼の性格だから仕方ない、と半ばあきらめて受け入れているぼくがいた。
それでも、はあ、と自然にこぼれたため息を受けて、彼は愉快そうに口角を上げる。
「ぼくたちに、いや、人間に生きる意味なんてない。しいて言うなら、ぼくたちは死ぬために生きているんだ」
「それはまた、可笑しな話だね」
「そう、まったくもって滑稽な話さ。生が死によって意味づけられている、なんてね」
彼の言葉にだんだん熱がこもってくると同時に、ぼくには嫌な予感が押し寄せてきた。饒舌になった彼は、自分が満足するまで誰にも止められないからだ。そう、まるで坂を転がり落ちる石のように。
そんな不安を抱えるぼくをよそに、彼は先を続ける。
「でも、やっぱり人間に生きる意味なんてない。いつかは必ず死んでしまうのだから。なのに、生きる意味をさがしている人間は、とても滑稽だよ」
「じゃあ、君は全人類に死ねとでも?」
「ああ、それがいいと思うよ。人間の最終目的は『死』なんだからね」
「でも、死ぬのはこわいし、哀しいよ」
「どうして?」
「どうして?」
心底不思議だというようなカオでそう聞いてくる彼と、その質問の意味がわからず、眉間にシワを寄せておうむ返しをするぼく。
「どうして君は、死がこわくて哀しいものだと思うんだい?」
「いや、普通そう思うでしょ。自分が死ぬのはこわいし、誰かが死んだら哀しいよ」
「どうして誰かが死んだら哀しいの?」
「それは、もう二度と会えなくなるから、かな」
「どうして?」
「……どうして?」
いよいよ本格的に彼の質問の意味が、いや、彼自身が理解できなくなってきた。
生と死は完全に違うもので、誰かが死んだらその人が生き返ることは決してない。だから、もう会うことも話すこともできなくなるから哀しいのに、彼は何を「どうして?」と聞くのだろうか。
ぼくが黙りこくっていると、彼はふ、と薄い笑みをこぼした。
「死んだら会えなくなるなんて、誰が言ったんだい? 自分も死んだら会えるかもしれないだろう?」
「君、どれだけ自殺を勧めるの?」
「それに、死の向こう側を見た人は誰一人としていないんだから、もしかしたらそっちのほうが楽園かもしれないじゃないか。それなら、死に恐怖ではなく、希望を持つことも可能だ」
恍惚とも言える表情で語った彼は、もしかすると死に希望を持ち、自殺に焦がれているのかもしれない。
だけど、
「だったら、君はどうして死なないの?」
「だって、これは神様からもらった命だから」
「、え?」
神様、だって?
唐突に出てきた彼らしくない単語に瞠目したぼくを見て、彼はこれまた彼らしくない、困ったような笑みを浮かべた。
「意外かい? ぼくは神様を信じている。何故なら、神様はこの世で一番残酷だからさ」
「えーと、つながりがよくわからないんだけど」
「だってそうだろう? 神様は、死に向かって生きるだけの人間を、自分が創ったからという理由だけで縛りつけて、この世にとどめているんだ。でも、生きる意味がない人間に『生きろ』と言うことは、死刑宣告でしかない」
生きることは死刑宣告で、しかし死によって生が意味づけられる。
生は死で、死は生で。さて、ぼくたち人間は、どうすればいいのだろうか。




