ぼくらの生きるリアル
部屋に響くのは、カタカタとキーボードを叩く音と、ぺらりと本のページをめくる音。ほとんど無音と言ってもいいような静けさを、ぼくは破る。
「ねえ」
「何?」
「ぼくたち、もう三年じゃん?」
「そうだな」
「そろそろ進路決めなきゃだよね」
「ああ」
「ぼくはもう決めたよ」
「へえ、何だ?」
「二次元に行く」
「……は?」
ゆるり、本に向けられていた視線がこちらを向く。それを横目で確認したぼくもパソコンの画面から目を離し、彼のほうを向いた。
「すまん、もう一度言ってくれるか?」
「え? だから、ぼくの将来の夢、二次元に行く」
はきはきと宣言して、にこりと微笑んでみせれば、彼の眉間に濃いシワが刻まれた。
「あー……どうしたらそういう考えになるんだ?」
そう尋ねながらも、彼は自分を落ち着けるためか再び本に視線を戻していたので、ぼくもパソコンに向き直りながら口を開いた。
「だってさーあ? リアルの人間付き合いとかメンドくさいだけでしょ?」
「そうか?」
「そうだよ。まあ、ぼくにはそんなことを言えるほど、リアルに大した人間関係はないんだけどね」
「具体的には、どういうところが面倒くさいんだ?」
ぺらり、本をめくるかすかな音が聞こえた。どうやら彼は、この状況で本当に本を読み進めているようだ。器用だなと思いつつ、ぼくは彼の質問の答えを考える。
「んー、ぼくは基本的に学校の人たちは『友達』じゃなくて『クラスメイト』だと思ってるんだけど、そうすると上辺だけの付き合いになって、すごく疲れるんだよね」
「じゃあ、友達になればいいじゃないか」
「ムリだね、話が合わないし。それだったら、趣味をわかち合えるネットの人たちだけでいいよ。いさかいとかほとんどないから楽だし」
そう、今だってリアルにいる彼よりも、触っているパソコン(の中の人)を優先している。まあ、それに関しては彼も本を読んでいるからおあいこか。
「それは、逃げじゃないのか?」
「え?」
少し低めの声に再びくるりと振り向くと、彼は真剣な眼でこちらを見ていた。その真っ直ぐさにばつが悪くなり、ぼくはさっと目をそらしてまたパソコンのほうを向く。
「どーゆー意味?」
「ネットでは同じ趣味の人が集まるから、喧嘩がないのは当然だろ。でも、リアルではそうはいかない」
「そりゃそうだ。それこそ当然でしょ。ぼくはそれが嫌だから、二次元に行きたいって言ってるんだよ」
「でも、君が生きているのはリアルだろう?」
「それはそうだけど、リアルはつまんないんだもん」
「それは君が心を開いていないから、つまらなく感じているだけかもしれない」
「ぐぬぬ」
彼の言うことは基本的に正論だから、いつもヘリクツばかり言っているぼくは反論できなかった。
それでも意地になって、ぼくはパソコンとにらめっこを続ける。すると、
「それに」
「何?」
「ぼくは、君の『友人』じゃないのか?」
そのセリフに勢いよく振り返れば、すでにこちらを向いていた彼は、にっと不敵な笑みを浮かべた。
「……だったら、本ばっかり読んでないで構ってよ」
「じゃあ、君もパソコンばかりしていないで、何か話したらどうだ?」
しばしの間を置いて聞こえてきたのは、パソコンの電源を切る音と、パタンと本を閉じる音。
「まったく、だからリアルは面倒なんだよね」
「それがリアルだからな」
「――うん、そうだね」
さて、今日は何の話をしようか。メンドくさいリアルの友人?




