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last Eden  作者: 久遠夏目
2011年
53/73

歪んだ愛の言葉

「あいしてるよ」


 わたしは信じていた。彼のその言葉を。彼のやさしい笑顔を。


       * * *


「ねえねえ」

「何だい?」


 くるり、やさしい笑みを浮かべながらこちらを振り向いたのは、わたしの大すきな彼だ。二週間くらい前にわたしから告白して、嬉しいことにそれを受け入れてもらえた。

 そのとき、彼は「愛してるよ」と言ってくれた。わたしはそれだけで幸せだった。だから、彼のウラの顔――いや、「本性」と言うべきだろうか――に気付くことができなかったのだ。


「あのね、もしわたしが死んだら、どうする?」

「え?」

「あ、いや、別に深い意味はなくって、もしわたしが死んだら、あなたは哀しんでくれるのかなーって、ふと思ってさ」


 そう、この質問に深い意味なんてない。この人とずっと一緒にいられたなら、いつかは結婚して、子供ができて――そして、いつかはどちらかが先に死んでしまうのだろう。そんなふうに妄想が変な方向に暴走してしまっただけなのだ。

 両手の指を合わせて遊びながら、ちらりと彼を見上げると、彼はにこりと笑った。


「もちろん哀しいよ。でも、」

「でも?」


 おうむ返しをして彼をじっと見つめ、その続きを期待する。やさしい彼は、きっとこう言ってくれるはずだ。「そんなこと――」


「死体になっても愛でてあげるから、安心してね」

「、え?」


 わたしは一瞬自分の耳を疑った。当然だろう、彼は先ほどと何一つ変わらない穏やかな笑みを浮かべているのだから。

 しかし、では、やさしい彼は今、何と言った?


「し、死体って何? どういう、意味?」

「そのままの意味だよ。もし君が死んでも、ぼくはずっと君を愛してあげる。そのキレイな死体ごと、ね」


 するり、彼の手がわたしのほおを撫ぜる。その手はあたたかくて、やさしい彼そのものなのに、その口から出てくる言葉はとても冷たくて、その温度差が気持ち悪かった。

 わたしが何も言えずに固まっていると、彼は困ったように眉を下げた。


「ああ、それともこう言ってほしかったのかい? 『大丈夫だよ、ぼくもすぐにあとを追って死んであげるね』とか。いや、ロマンチストな君はこうかな? 『そんなこと言わないで。もしもの話でも、君が死んじゃうなんて想像するだけで、哀しくなってしまうから』なんてね」


 くすくすと愉快そうに笑う彼。何がそんなにおかしいのだろうか。いつもなら「君はロマンチストなんだね」と言って、やさしく頭を撫でてくれるはずなのに。こんなの、彼じゃない。


「でも、ごめんね。ぼくはまだ死にたくないし、生きたまま君の死体を愛でたいからさ、死ぬなら君が先に死んでほしいんだよね」

「なっ……」

「それとも、ぼくが殺してあげようか?」


 かくん、と首をかしげ、穏やかな声で囁いた彼は、もういつもの彼ではなかった。口元は愉快そうに歪み、眼には静かな狂気が宿っている。そう、――狂って、いる。

 そう実感した途端、全身ががくがくと震え出した。


「違う、違うよ……わたし、そんな意味で言ったんじゃない。わたしは、死にたくない」

「ああ、もちろんこれは仮定の話さ。君の話も、ぼくの話も、全部『もしも』の話。『もしも』君が死ぬのなら、先に死んでほしいってね」

「そ、んなの、ウソでも言わないでよ……死んでほしい、とか、殺す、とか」

「うん。ごめんね。でも、君が驚かすようなことを言うからさ、少し意地悪したくなったんだ」


 ふわり、彼は震えるわたしの身体を包みこみ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。ああ、これはいつもの彼だ。ようやく戻ってきてくれた――と思った、そのとき。


「でも、」


 頭上から降ってきた彼の鋭い声に、肩がびくっと震える。おそるおそる顔を上げれば、わたしと目が合った彼はにこり、と笑った。


「さっき言ったことは、全部本心だよ。ぼくは君が死んでも、ずっと愛しているよ。ずっと、愛してあげる」


 刹那、ぽろりとこぼれた涙を隠すように彼の胸に顔を埋めれば、彼はまたやさしく抱きしめてくれた。きっとわたしが嬉しくて泣いたと思ったのだろう。だけど、それは違う。わたしは哀しくて、いや、こわくて泣いたのだ。

 わたしは信じていた。彼はとてもやさしから、あの質問に対して「そんなこと、もしもの話でも言わないでよ」と答えてくれる、と。


(死体になっても愛でてあげるから、安心してね)

(死ぬなら君が先に死んでほしいんだよね)

(それとも、ぼくが殺してあげようか?)


 でも、彼からの返事はまったくの予想外で。わたしは、いつか彼に殺されてしまうのではないだろうか、という有り得るはずのない恐怖が頭をよぎる。


「あいしてるよ」


 耳元で彼が再び囁く。それは、甘い愛の言葉などではなく、醜く歪んだ呪いの言葉に聞こえた。




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