王子様はここにいる
「シンデレラの誕生日」の続きです。
「俺は今、怒っていないし、君がこれから何を言おうと怒るつもりもない」
ウソだ。彼は今、確実に怒っている。確かに表情には出ていないけれど、目の奥が笑っていない。
それに、この状況。彼は自室のイスに座って机に肘をつき、頬杖までついてこちらを見下ろしているというのに、わたしは彼の足元で正座をしてうつむいているのだ。ハタから見れば、わたしがお説教されていると思われるだろう。まあ、実際それが正解なのだけれど。
そんなことを考えていると、彼は長い脚を組みかえて、先を続けた。
「だから、正直に答えてほしいんだ。どうして今日の昼休み、待ち合わせ場所に来なかったんだい? どうして今日の放課後、先に帰ろうとしたんだい?」
声は穏やかだけれど、鋭い言葉がわたしに突き刺さる。わたしより二つ年上の幼なじみで、わたしの、かっ、彼氏、でもある彼の言葉が。
わたしと彼はいつも昼ご飯を一緒に食べていて、家もトナリ同士だから一緒に帰るのだが、わたしは今日、それをどちらもすっぽかしてしまった。いや、後者は途中で見つかってしまったから未遂ということになるのだけれど、そのまま彼の部屋に連れてこられ、今に至るというわけだ。
「黙っていてもわからないよ。用事があったとか、たまには一人で帰りたかったとか、そういう日だってあると思うし、それなら仕方ないよね。でも、それならそれで一言連絡がほしかったかな」
「……ごめん、なさい」
「俺が聞きたいのは謝罪の言葉じゃなくて、理由なんだ。どうして君はそんなことをしたの?」
「それ、は……」
うつむいたまま唇を噛みしめ、ひざの上でぎゅっと拳を握っていると、ふわり、とあたたかいものが頭に降ってきた。ぱっと顔を上げれば、さっきまでイスに座っていた彼がわたしと目線を合わせるように屈んで、頭を撫でている。
「大丈夫。ゆっくりでいいから話してごらん?」
にこ、と微笑んだ彼のカオは、とてもやさしくて。その甘いささやきに、わたしが勝てるはずがなかった。
「……わたし、本当は行ったんです、待ち合わせ場所に。でも、少し早く着いちゃって。しばらくしてあなたが来るのが見えたんですけど、キレイな人とか、かわいいコに囲まれて笑顔でいるあなたを見たら、いつの間にか逃げ出していました……」
「……そう」
寒々しく響いた彼の声。呆れられてしまっただろうか。頭を垂れるわたしは惨めで、穴があったら入りたい、いや、もういっそ消えてしまいたいくらいだった。
彼はやさしくて人当たりもいいから、モテるということは昔から知っていた。それに対して、わたしは人見知りで上手くしゃべれないし、とにかく自分に自信がない。
だけど、彼はそんなわたしがすきだと言ってくれた。だから、わたしはわたしでいいのだと少し自信を持てたのに――
「かわいいなあ」
「え?」
予想外のセリフに再び顔を上げれば、彼は何がおかしいのか、くすくすと笑みをこぼしているではないか。
「な、何がおかしいんですか?」
「いや、嬉しくてさ。だって君、ヤキモチやいてくれたんでしょ?」
「……へ?」
ヤキモチ? ……いやいや、わたしは、彼とは住む世界が違うのだと痛感しただけだ。わたしはそっちの世界にはいけないし、彼と並んで歩けない。
あとは、周りの女の人たちと楽しそうに話していた彼を見て、何だかもやもやしただけ――あれ? 人はこれを嫉妬と呼ぶのだろうか?
自分の感情がわからず混乱していると、彼が口を開いた。
「でも、少し残念でもあるかな」
「え?」
「君は、こうやって今、目の前で直接話している俺よりも、遠くからほんの一瞬だけ見えた俺を信じるのかい?」
真っ直ぐにわたしを見据えて放たれた言葉で、わたしは思い出す。そうだ、彼がどんなにモテていても、彼がすきだと言ってくれたのは、紛れもない、この「わたし」ではないか。わたしがそれを信じなくて、どうするというのだろう。
でも、
「……わたしのこと、すきですか?」
わたしはやっぱり自分に自信がないから、言葉で言ってくれなきゃわからないのだ。ワガママだと思われてもいい。何度でもその言葉を聞かせてほしい。
「ああ、もちろん。俺がすきなのは、君だよ」
にこ、とやさしく微笑んで、穏やかに答えた彼。たった一言だけど、それだけで心が満たされる。
わたしが信じるのは、今、目の前にいる彼だけ。可笑しな話だけれど、彼がいて、彼がささやいてくれることで、わたしは自分の存在を肯定できるのだ。
嬉しくて自然にへらりとほおをゆるめていると、唇にあたたかいものが重なった。
「すきだよ」
「……わたしも、です」
だから、どうか離さないで。ずっとそばにいてください。




