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last Eden  作者: 久遠夏目
2011年
51/73

タナトフォビアの憂鬱

「先生、わたしは死がこわいのです」


 ――死がこわい、とは?


「はい。現代は医療技術の進歩や核家族の増加に伴って、人間は死から遠ざかっていますし、死をタブー視している傾向があります。だから、誰でもいいから殺してみたかったなどという理由で人を殺し、命を軽んじる人が増えてきたのでしょう」


 ――ええ、それは一理ありますね。


「でも、わたしは違いました。わたしの周りには『死』があふれていたのです」


 ――と、言いますと?


「はい。わたしは地方の田舎生まれで、両親と祖父母、曾祖父母と暮らしていました。わたしが生まれてすぐに曾祖父は亡くなってしまいましたけれど……でも、そのときはまだ『死』について考えたことはありませんでした」


 ――どうぞ続けてください。


「はい。わたしの記憶にある限り、一番古い『死』の記憶は曾祖母の死です。わたしが小学校に上がる前に亡くなったのですが、とても哀しくて泣きはらした覚えがあります。また、同じころに母方の曾祖母も亡くなりました」


 ――ふむふむ、それで?


「それからは順風満帆――と言えるのかはわかりませんが、とりあえず『死』とは無縁の生活を送りました。ああ、いつだったか近所のおばあさんが二人ほど亡くなりましたね。そのときは少し哀しかったくらいで、涙は流れませんでした。そして、中学三年生のとき、小さいころにわたしを育ててくれた人が亡くなりました」


 ――小さいころ? その人とはどういった知り合いなのですか?


「はい。わたしは三才くらいまで祖父母とは別々に暮らしていたのですが、両親は共働きだったので、近所に住んでいた老夫婦に面倒を見てもらっていたのです。亡くなったのは、その奥さんのほうでした」


 ――そういうことでしたか。では、続きをどうぞ。


「はい。わたしは声を上げて泣きました。今まで遭遇したどんな哀しい出来事よりも、肉親を含めたほかの人の『死』よりも、それが一番哀しかったのです。旦那さんのほうは今も健在なので、時々遊びにお邪魔しています。そのときに必ず仏壇に手を合わせるのですが、もう六年も経つというのに未だに涙がこみ上げてきます。それからはまた『死』とは無縁の生活を送って、現在に至ります」


 ――今までの話はよくわかりました。では、「死がこわい」というのはどういうことなのでしょうか?


「はい。わたしは今、実家から離れた大学に通っているため、一人暮らしをしているのですが、最初のほうは祖母から電話がかかってくるたびに泣きそうになっていました。いえ、実際に涙声になっていたと思います。でも、それは淋しかったからではなく、安心したからなのです」


 ――安心、ですか?


「はい。『祖母がまだ生きている』という安心です。わたしは、わたしの大切な誰かが死んでいなくなってしまうことが、とてつもなくこわいのです」


 ――でも、例えばその奥さんのように、あなたがその人のことを覚えていれば、その人はあなたの中で生き続けるのではないでしょうか。


「そうかもしれません。でも、その人とはもう会うこともできないし、話すこともできないのです。『人間』という『物質』としての『その人』がいないのです。先生がおっしゃっているのは、ただの『記憶』でしかありません」


 ――それは……ええ、そうかもしれませんね。


「すみません、生意気なことを言ってしまって。わたしも、本当はわかっているのです。『人間』という『物質』である限り、いつか終わりが来るのだと。人は皆、必ず死んでしまうのだと。でも、今までにいくつもの『死』を見てきたにもかかわらず、やっぱりこわいのです。いいえ、たくさんの『死』に触れてきたからこそ、余計にこわいと思うのかもしれません」


 ――でも、あの世に行ったらその方々と再会できるかもしれませんよ?


「何をおっしゃっているのですか、先生。あの世に行くには死ななければならないでしょう? わたしは、死ぬのがこわいのですよ」


 ……そう、でしたね。


「ねえ先生、わたしはどうしたらよいのでしょうか?」




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