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last Eden  作者: 久遠夏目
2008年
5/73

狂い咲きは麻薬のカオリ

 その冬は、いつもより寒かった。そんな二月、その男は現れた。『季節外れの転校生』――それが、その男の代名詞だった。

 わたしは、その男が嫌いだった。いや、正確には「気に食わない」という程度だったし、どこがと聞かれれば具体的には答えられないけれど、直感でそう思ったのだ。


 季節外れの転校生は、さわやかな外見と穏やかな物腰ですぐに女子の人気の的となり、転校してきてから一週間もせずに彼女ができていた。――いや、「彼女」と言えるのかどうかはわからない。何故なら、その男はきっちり一週間ごとに彼女を変えていたのだから。

 毎週毎週、違う女子と帰るという、さわやかな風貌とは正反対の行動。さすがモテる男は違うといったところだろうか。女子はそこに自分にも可能性があるという夢を持ち、男子はその軽さを心底嫌っていた。

 わたしも女子ではあったけれど、どちらかといえば男子のような考えで、そこがまたその男の気に食わないところだと思っていた。


 それから二ヶ月が経って進級すると、季節外れの転校生と同じクラスになった。そして、そのころから「『季節外れの転校生』と付き合った女は死ぬ」というが不穏なウワサが流れ始めた。

 といっても、その話で盛り上がっていたのは、もっぱら彼をひがんだ男子たちだったが、そのウワサには明確な根拠もあった。あの男と付き合った女子は、別れたあとに必ず一週間学校を休むのだ。そして、そのあとは転校したり、不登校になったり、中には本当に死んだ子もわずかだがいた。

 しかし、季節外れの転校生はそのウワサを気にするわけでもなく(そもそも、それを知っていたのかどうかもわからない)、言い寄る女子もあとを絶たなかった。


 そして、今もその男は相変わらず一週間ごとに彼女を変えている。

 ただ、以前と少し違うのは、転校生と別れたあとに死ぬ女ノコが増えたこと。あのウワサの真実味がいっそう増したということだ。

 まあ、わたしには関係ないのだけれど。わたしも相変わらずその男が嫌いで、やっぱり気に食わなかった。


       * * *


 その日、日直だったわたしは、教室に残って日誌を書いていた。すると、ガラ、と戸が開く音がしたので反射的に顔を上げると、わたしの嫌いな男――『季節外れの転校生』がそこに立っていた。それを確認し、わたしはすぐに日誌に顔を戻す。


「ねえ」


 季節外れの転校生が言った。教室にはわたしとその男しかいないから、必然的にわたしが声をかけられたことになる。わたしは日誌に顔を向けたまま、何、と短く答えた。


「君、ぼくのこと嫌いだよね」

「正確には気に食わない、かな」

「へえ、残念」


 ちらり、と男の顔を盗み見たが、まったく残念がっているようには見えなかった。やっぱりこいつ、気に食わない。

 でも、わたしがこの男を気に食わない本当の理由、それは――


「ねえ」

「何?」


 今度はわたしが話しかけた。すると、男はさわやかに笑い、こちらに向かって歩いてくる。


「その笑顔で、何人オトしたの?」

「さあ、覚えてないな」


 ふわり、その答えと同時に甘いカオリがして、男の唇が自分のそれと重なった。だからといって驚くわけでもなく、わたしは薄い笑みを浮かべる。


「ねえ、そのキスで何人殺したの?」

「さあ? 君の想像におまかせするよ」


 わたしがこの男を嫌いな本当の理由、それは彼から甘い甘い麻薬のカオリがすること。一度ハマったらやめられないその麻薬は使ったら最後、深く深く堕ちてゆく。彼の瞳が、笑顔が、そしてそのカオリがすべてを物語っていた。


「ねえ、君。ぼくと付き合わない?」


 するり、彼の手がわたしのほおに触れ、視線が交錯する。ああ、そういえば今日は金曜日だった。今週の月曜日から付き合っている女ノコと別れる日。

 そして、わたしもこの男に堕ちて、ゆ く。




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