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last Eden  作者: 久遠夏目
2010年
45/73

お前は神様にはなれない

「ぼく、人を愛することにするよ」

「は? 誰を?」

「ああ、特定の人じゃなくて、人間全部を。全人類を、だよ」


 どうしたらそういう思考になるんだ、というセリフを吐いて、彼は微笑んだ。


「君は人間が嫌いなんじゃなかったっけ?」


 そう、彼はいつも人間なんか嫌いだと言っていた。愚かで滑稽だと、全人類を見下していた。そして、自分もその愚かな人間の一人なのだと自嘲していたのだ。

 だから、どうしてそんなことを言い出したのか、ぼくにはさっぱりわからなかった。まあ、人間が嫌いなよりはすきなほうがいいのかもしれないけれど、その主体が彼であることを考えると、違和感しかない。

 すると、


「ああ、大っ嫌いさ。人間は愚かで滑稽で、自分もその一人だと思うと吐き気がするね」


 吐き捨てるようにそう言って、口元に歪んだ笑みを浮かべる彼。しかし、目は笑っていないどころか、憎悪で静かに燃えているように見えた。

 しかも、ぼくの言葉を肯定するということは、先ほどの彼自身の言葉を否定することになるのだから、ますますわけがわからなくなってきた。


「じゃあ、何でいきなり人間を愛することにするよ、とか言ったの?」

「ぼくは人間が嫌いで、人間である自分も嫌いなんだ。それなら、ぼくは神様になればいいんじゃないかと思ってね」

「はあ?」


 たまに、彼の思考が理解できないと思うことがある。彼の意見に反対するという意味ではなく、意見そのものの意味がわからないという意味だ。今のような意見はとてもいい例だろう。


「何故、人間は愚かで滑稽なんだと思う?」


 急な話題転換は彼の得意技だから気にしないし、ぼくは人間を愚かで滑稽だとは思っていない。だけど、聞かれた以上はそうであるということを前提に、彼の質問に答えなければならないということも、ぼくは知っていた。

 ……こう思うと、ぼくの言動は彼を中心にしているような気がする。まあいいか、今は彼に上手く合わせつつ、その質問に答えることが最優先だ。


「うーん、禁断の木の実を食べたからかな? そうして人間は神様の怒りに触れて、楽園を追放された」

「そうだね。でも、それなら神様は禁断の木の実なんて造らなければよかったんだよ。人間は手を出すなと言われるものほど、手を出したくなるだろう?」

「ああ、確かに」


 その時点ですでに愚かな気もするけれどね。

 ぼくの同意を得て、彼はさらに話を続ける。


「つまり、神様は人間に愚かであってほしかった――いや、愚かになってほしかったんだよ」

「何のために?」

「人間が完璧だったら、神様なんて必要ないだろう? バベルの塔なんていい例だね。彼らは天に近づこうとして神様の怒りに触れ、言語をバラバラにされてしまった」


 くすくす、彼は愉快そうに、そして無邪気に笑った。そんなに人間が愚かなことが可笑しいのだろうか。


「人間が愚かでどうしようもなかったら、神様に助けを求めてくる。神様はそれを望んでいるんだよ」

「そうかもね。でも、それがどうして君が人間を愛することにつながるっていうのさ」

「そう思ったら、何だか人間が愛おしくなってきたんだよ」

「はあ?」

「愚かで、滑稽で、哀れで。神様の気持ちになったら、人間はこんなに面白い生き物なんだってことに気が付いたんだ」


 彼は手を広げ、何かの講演会のように熱弁した。なるほど、それが「神様になればいい」という意味と、「人を愛することにする」理由か。


「ま、いいんじゃないの? 何にせよ、君の人間嫌いが直るのはいいことだよ。これで自分のこともすきになれそう?」


 小さく息を吐いてから質問を口にした途端、彼の顔から笑顔がすっと消えた。え、何で――


「残念ながら、ぼくは自分をすきになることはできないよ」

「……どうして?」

「だって、ぼくは所詮人間だ。結局、神様になんてなれないんだよ」


 いやいや、そんなの仮定の話じゃないか。ぼくだって、君が神になれるなんて思ってないよ――とは、言えなかった。だって、強気な彼がいつも以上に自嘲の笑みを浮かべていたのだから。


「こういうふうに考えるのも、すべて神様の思惑通りなのさ。だってぼくは、神様が望んだ愚かで滑稽な人間、なんだからね」


 そして、その笑みはどこか哀しげで、やっぱりぼくは何も言うことができなかった。




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