自由という名の鳥籠
「自由って、何かな」
窓の外を見つめる彼の口から出たのは、疑問符のついていないセリフ。つまり、それは独り言なのか、それとも。
「ねえ、君はどう思う?」
視線はそのままに、再び投げかけられたのは、完全な疑問文だった。
それを受けたぼくは窓の外を見つめる彼を見て、ゆっくりと口を開く。
「そうだね、自分のすきなことができるってことじゃない?」
「ふむ。まあそれが普通の答えだろうね」
どこか失礼ともとれるセリフを吐いて、彼はようやく視線をこちらに向けた。
「じゃあ、次の質問。人間は完全に自由だと思う?」
「いや、思わないかな」
「何故?」
「この世界にはいろんな掟があるから。人間は自由だって思ってるけど、意外と制限されてるんだよね」
「そう。完全に自由だったら、殺人も許されてしまうからね」
さらりと物騒なことを口にして、彼は満足そうににこり、と笑った。その笑顔に呼応するようにして、彼の背にある窓から射しこむ太陽の光が強くなる。
「君は人間が完全に自由だと思うの?」
「まさか。ぼくはね、人間の――いや、すべての生物の自由は、鳥籠のようなものだって思うんだ」
「鳥籠?」
彼の言おうとしていることは、何となくわかっていた。しかし、こうやって反射的に聞き返してしまったのは、そうすることによって、彼の口から直接答えを聞きたかったからかもしれない。
「君は言ったよね、この世界にはいろんな掟があるって」
「うん」
「そう、結局ぼくたちは小さな鳥籠の中で、ほんの少し羽ばたいているだけにすぎないんだ」
伏し目がちに彼が微笑むと、窓からの光が少し翳ったような気がした。
「確かにそうかもね。でも、鳥籠は少し小さくない? ぼくはせめて檻だと思うけど」
「ううん、鳥籠だよ。檻は広くて飛べてしまうから、そのせいで自分たちは自由だって勘違いしてしまうだろう? でも、さっき言ったように、自由には制限がある。――いや、ホントウは自由なんて、ないのかもしれない」
先ほどまであんなに晴れていた窓の外はいつの間にか雲に覆われて、水色だった空が灰色に変わっていた。
「ぼくたちは所詮鳥籠の中。二度と飛ぶことなどできない」
「何、言って……」
「かの有名なサルトルは言った。生れてくることさえも自由だ、と。ふざけないでほしいね。こっちは生まれてきたくもなかったっていうのに」
彼がそう吐き捨てると同時に、その背後が激しく光った。雷だ。窓の外は驚くほど彼の言動に従順だった。
「だから、人間は泣きながら生まれてくるんだよ。生まれてなんかきたくなかった、ってね」
にやり、彼の口元が歪む。窓の外では雨が降り出していた。ぼくは何も言えず、窓の外も、この部屋も、それらはすべて彼の独壇場と化していた。
「サルトルは、人間は完全に自由だとも言っていた。確かにそれは人間の望んでいることかもしれない。でも、人間は可笑しな生き物でね、完全に自由だと、逆に何をしていいのかわからなくなってしまうんだよ」
くつくつとのどを鳴らし、彼は心底愉快そうに笑う。
「だから、ぼくたちには鳥籠くらいがちょうどいいのさ。ホントウの自由なんて、どこにもないんだよ」
そう言った彼が満足げな表情で顔を上げたとき、窓の外にはウソみたいな青空が広がっていた。
再び窓の外に目を向けた彼を見て、ぼくは思う。もしもぼくたちが鳥籠の中の鳥だとして、ぼくたちは――彼は、あの青空に飛んでいきたいのだろうか、と。
けれど、ああ、残念だ。その青空に、ぼくたちは飛べない。




