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last Eden  作者: 久遠夏目
2010年
41/73

シンデレラの誕生日

「さわらないで、ください……っ」


 ぱしん、と乾いた音がした。同時に、わたしの右手がじんじんと痛む。しかし、それ以上に痛いのは、彼のほおだろう。


「――痛いなあ」


 わたしに叩かれたほおを押さえながら、ふ、と困ったように笑い、予想通りの言葉をこぼす彼。

 うっすらと赤く染まったそこを見て、しかしすぐに視線を外した。いくら「あんなこと」をされたとはいえ、やはり暴力はよくないだろう。


「ごめん、なさい」

「おや、意外と素直だね」


 少し驚いたようなカオでわたしを見つめる彼は、二つ年上の幼なじみだ。小さいころからずっと一緒で、いつもやさしくしてくれた人――だった、のに。


「……何で、あんなこと……」

「ん? ああ、キスしたこと?」


 先ほどの出来事をさらりと言われ、自分の顔がかあっと赤くなったのがわかった。この人には、羞恥心というものがないのだろうか。


「だって、すきだから」

「、は……?」


 目を丸くして顔を上げれば、彼は太陽のようににこ、と笑った。


「俺は君がすきだよ」

「う、ウソです!」

「ウソじゃないよ」

「しょ、証拠はあるんですか!?」

「証拠? さっきのキスかな。すきでもないコにキスなんてしないよ」


 あまりにもあっさりとした論破に、わたしの開いた口は塞がらなかった。

 ――だけど、ウソだ。そんなこと、有り得ない。


「君は? 俺のことどう思ってるの?」


 彼にじっと見つめられ、目をそらしたい衝動に駆られたものの、彼の瞳に囚われてそうすることができなかった。

 ただただ視線を交錯させたまま、ごくり、とつばを飲みこみ、わたしは口を開いた。


「わ、たしは……」

「うん?」

「あなたなんか、キライ、です……!」

「……そう」


 震える声でそう告げてうなだれると、彼は短くつぶやいて、すっとわたしから離れた。視線がそらされたのにともなって、ゆるゆるとわたしの頭も下がってゆく。

 ――ああ、言って、しまった。


「……もう、帰ってくださ――」

「君はさ、昔から人見知りで、マイナス思考で、人と上手くしゃべれなかったよね」

「は……?」


 突然何を言い出すんだ、彼は。しかも、それは全部わたしの欠点ではないか。もしかして、フラれた当てつけだろうか。


「何でも自分でやろうとして、人の助けを断って、一人で抱えこんで。だから、孤独だった」


 ちくちくとわたしの胸に突き刺さる言葉。そんなの、言われなくたってわかってる。わたしだってそんな自分が嫌いだ。だから、わたしをすきになってくれる人なんていない。やっぱりさっきの告白はウソだったんだ。


「だけど、俺はそんな君がすきなんだ」

「、え」

「強がりにもほどがあるよ。たまには俺を頼ってくれたっていいじゃないか」

「そんな人の迷惑になるようなこと、したくありません」

「ま、そんな意地っぱりなところもすきなんだけどね」

「――っ!」


 先ほどまでのシリアスな面持ちはどこへやら、彼はにっ、と意地の悪い笑みをよこしたではないか。しかも、何度目かの告白をたずさえて。


「努力家で、思いやりがあって、誰よりもやさしくて。俺はそんな君だからすきになったんだよ」

「わたし、は……」

「ねえ、意地っぱりな君。君は俺のこと、ホントウはどう思ってるの?」


 ささやくように言って顔を近づけてきた彼は、今度はとてもやさしい笑みを浮かべていた。――そんなの、ずるいじゃないですか。


「わたし、は……」

「うん」

「あなたのことが」

「うん」

「……すき、です……」

「はい、よくできました」


 刹那、にこ、と笑った彼の腕に包みこまれる。わたしはもうウソをつくことも、抵抗することもできなかった。


「っ、ううー……」

「そうそう。たまにはこうやって甘えればいいんだよ。淋しくなったらいつでもおいで?」

「はい……っ」

「素直でよろしい」


 くすくすと頭の上から笑い声が聞こえる。ああ、なんてあたたかいのだろう。わたしはずっとこういうのを望んでいたのかもしれない。「おいで」と言って、ぎゅっと抱きしめてくれる人がほしかったんだ。


「すきだよ」

「わたしも、です」


 顔を上げてそうつぶやくと、彼はふわり、とやさしく笑い、もう一度わたしにキスをした。




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