シンデレラの誕生日
「さわらないで、ください……っ」
ぱしん、と乾いた音がした。同時に、わたしの右手がじんじんと痛む。しかし、それ以上に痛いのは、彼のほおだろう。
「――痛いなあ」
わたしに叩かれたほおを押さえながら、ふ、と困ったように笑い、予想通りの言葉をこぼす彼。
うっすらと赤く染まったそこを見て、しかしすぐに視線を外した。いくら「あんなこと」をされたとはいえ、やはり暴力はよくないだろう。
「ごめん、なさい」
「おや、意外と素直だね」
少し驚いたようなカオでわたしを見つめる彼は、二つ年上の幼なじみだ。小さいころからずっと一緒で、いつもやさしくしてくれた人――だった、のに。
「……何で、あんなこと……」
「ん? ああ、キスしたこと?」
先ほどの出来事をさらりと言われ、自分の顔がかあっと赤くなったのがわかった。この人には、羞恥心というものがないのだろうか。
「だって、すきだから」
「、は……?」
目を丸くして顔を上げれば、彼は太陽のようににこ、と笑った。
「俺は君がすきだよ」
「う、ウソです!」
「ウソじゃないよ」
「しょ、証拠はあるんですか!?」
「証拠? さっきのキスかな。すきでもないコにキスなんてしないよ」
あまりにもあっさりとした論破に、わたしの開いた口は塞がらなかった。
――だけど、ウソだ。そんなこと、有り得ない。
「君は? 俺のことどう思ってるの?」
彼にじっと見つめられ、目をそらしたい衝動に駆られたものの、彼の瞳に囚われてそうすることができなかった。
ただただ視線を交錯させたまま、ごくり、とつばを飲みこみ、わたしは口を開いた。
「わ、たしは……」
「うん?」
「あなたなんか、キライ、です……!」
「……そう」
震える声でそう告げてうなだれると、彼は短くつぶやいて、すっとわたしから離れた。視線がそらされたのにともなって、ゆるゆるとわたしの頭も下がってゆく。
――ああ、言って、しまった。
「……もう、帰ってくださ――」
「君はさ、昔から人見知りで、マイナス思考で、人と上手くしゃべれなかったよね」
「は……?」
突然何を言い出すんだ、彼は。しかも、それは全部わたしの欠点ではないか。もしかして、フラれた当てつけだろうか。
「何でも自分でやろうとして、人の助けを断って、一人で抱えこんで。だから、孤独だった」
ちくちくとわたしの胸に突き刺さる言葉。そんなの、言われなくたってわかってる。わたしだってそんな自分が嫌いだ。だから、わたしをすきになってくれる人なんていない。やっぱりさっきの告白はウソだったんだ。
「だけど、俺はそんな君がすきなんだ」
「、え」
「強がりにもほどがあるよ。たまには俺を頼ってくれたっていいじゃないか」
「そんな人の迷惑になるようなこと、したくありません」
「ま、そんな意地っぱりなところもすきなんだけどね」
「――っ!」
先ほどまでのシリアスな面持ちはどこへやら、彼はにっ、と意地の悪い笑みをよこしたではないか。しかも、何度目かの告白をたずさえて。
「努力家で、思いやりがあって、誰よりもやさしくて。俺はそんな君だからすきになったんだよ」
「わたし、は……」
「ねえ、意地っぱりな君。君は俺のこと、ホントウはどう思ってるの?」
ささやくように言って顔を近づけてきた彼は、今度はとてもやさしい笑みを浮かべていた。――そんなの、ずるいじゃないですか。
「わたし、は……」
「うん」
「あなたのことが」
「うん」
「……すき、です……」
「はい、よくできました」
刹那、にこ、と笑った彼の腕に包みこまれる。わたしはもうウソをつくことも、抵抗することもできなかった。
「っ、ううー……」
「そうそう。たまにはこうやって甘えればいいんだよ。淋しくなったらいつでもおいで?」
「はい……っ」
「素直でよろしい」
くすくすと頭の上から笑い声が聞こえる。ああ、なんてあたたかいのだろう。わたしはずっとこういうのを望んでいたのかもしれない。「おいで」と言って、ぎゅっと抱きしめてくれる人がほしかったんだ。
「すきだよ」
「わたしも、です」
顔を上げてそうつぶやくと、彼はふわり、とやさしく笑い、もう一度わたしにキスをした。




