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last Eden  作者: 久遠夏目
2009年
36/73

それは確かに存在した

 不可能で有り得ないと思っていたものが存在したときほど、恐ろしい瞬間はないだろう。


       * * *


 彼女と最初に逢ったのは、いつのことだっただろうか。

 あの日、彼女は大学のメインストリートに面したベンチに座って泣いていた。いくら薄暗くなった夕暮れ時とはいえ、人目もはばからず涙を流すなんて、恥ずかしくないのだろうか。

 そんなことを考えながら、ぼくもほかの人と同様に無視しようとした――のだが、それは叶わなかった。何故なら、


「泣いている女ノコを放っておくんですか?」


 ぼくが彼女の前を通り過ぎようとしたとき、そう声をかけられたからだ。今思えば、これが運の尽き、あるいはぼく人生の終わりだったのだろう。

 何故知り合いでもない自分にだけ声をかけられたのか、と不思議には思ったが、ぼくは律儀にもそれに答えてやった。


「ぼくには関係のないことだからね。そんなことに時間を費やすほどヒマじゃない」

「ひどいっ、こんなに泣いてるのに……っ!」


 手で顔を覆い、芝居がかった演技でおいおいと泣き始める彼女。ああ、面倒くさいことこの上ない。うんざりしながら、ぼくはため息をついた。


「君はぼくにどうしてほしいわけ?」

「どうしてほしくもありません」

「はあ?」


 もうわけがわからない。どうもしてほしくないのなら、引き止めないでほしい。しかも、赤の他人を巻きこむなんて、迷惑にもほどがあるだろう。

 いい加減彼女に関わることをあきらめて、歩き出そうとした――そのとき、くい、と服の裾を引っぱられた。眉間にシワを寄せながら振り向けば、


「ただ、トナリにいてくれませんか?」


 うつむいたまま、彼女がそうつぶやく。遠慮気味に服の裾を掴んでいる手は、カタカタと震えていた。――まったく、女という生き物はどうしてこうも面倒くさいのだろうか。

 そう思いつつも、ぼくは言われたとおりに彼女のトナリに腰を下ろした。無視してもよかったのだが、余計に面倒くさくなりそうなのでやめた。無駄なことはしない主義だ。

 そんなことを考えていると、トナリですすり泣く声が聞こえた。どうやら今度は本当に泣いているようだ。ああ、本当に女は面倒くさい。ばくはこれ以上面倒事が増えないように祈りながら、ただ黙っていた。


       * * *


 その次の日から、彼女はぼくの周りによく現れるようになった。最初は鬱陶しかったけど、慣れとはこわいもので、しばらくすると特に何も思わなくなった。逆に、そう思うことが面倒になったのかもしれないけど。

 そんな彼女はいつもこう言っていた。


「永遠の愛ってあると思う?」

「わたしはあると思うわ」

「だってわたしはそれがほしいもの」


 そして、最後に必ず甘ったるい声でこうささやくのだ。


「わたしはあなたを永遠に愛してる」

「有り得ない」


 そうやって、ぼくがそれをばっさりと切り捨てるのがお決まりのパターンだった。しかし、ぼくが何度有り得ないと言おうと、彼女はそれを何度もくり返す。そんなことは有り得ない。有り得るはずがない。


「君は、この前彼氏と別れたばかりなんだろう? だから、あの日泣いていた。それなのにぼくのことを愛してるなんて有り得ないし、その彼と別れた時点で永遠の愛なんてないじゃないか。それなのに永遠の愛を信じてるなんて、ぼくには理解できない」


 そう、ぼくが永遠の愛を「有り得ない」と言う理由はそこにある。

 だけど、彼女はこう反論した。


「それは彼が運命の人じゃなかっただけの話よ」

「今度は運命? 君の話にはついていけないよ」

「ひどいっ。またそうやっていたいけな女ノコを泣かすんですね……っ」

「下手な演技はやめてくれないかな」

「残念です」


 にこ、と子供のような笑みを浮かべ、ころころと表情を変える彼女。情緒不安定なのだろうか、よくわからない女だ。やっぱり面倒くさい。


       * * *


 彼女は、くだらない女だった。永遠の愛はある、とか、私は永遠にあなたを愛している、とか、そんなことばかり言っていた。

 だけど、永遠なんて有り得ない。有り得るわけがないんだ。だから、ぼくは言ってやった。


「本当にぼくのことを永遠に愛せるの?」


 と。

 そしたら彼女は即答した。


「もちろん」


 と。

 だから、ぼくは嗤って再び問いかけた。


「じゃあ、死んでもぼくのことを愛してる、よね?」


 と。

 そうしてぼくは彼女に拳銃を向けた。しかし、彼女は表情を少しも変えずにぼくの目を真っ直ぐ見ていた。怯えるわけでもなく、哀しむわけでもなく、ただ真っ直ぐと――。

 ぼくはその瞳が、


「さよなら、ぼくは愛してなかったよ」


 そうして引き金を引いた瞬間、何と彼女は笑ったのだ。それは、今まで見た中で一番キレイな微笑みだったが、ぼくはその笑顔に底知れぬ恐怖を抱いた。その微笑みは、ぼくの最後の問いに対する肯定なのだろうか――?

 永遠の愛なんてない、そう思っていた。

 だけど、それは確かに存在していた。




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