それは確かに存在した
不可能で有り得ないと思っていたものが存在したときほど、恐ろしい瞬間はないだろう。
* * *
彼女と最初に逢ったのは、いつのことだっただろうか。
あの日、彼女は大学のメインストリートに面したベンチに座って泣いていた。いくら薄暗くなった夕暮れ時とはいえ、人目もはばからず涙を流すなんて、恥ずかしくないのだろうか。
そんなことを考えながら、ぼくもほかの人と同様に無視しようとした――のだが、それは叶わなかった。何故なら、
「泣いている女ノコを放っておくんですか?」
ぼくが彼女の前を通り過ぎようとしたとき、そう声をかけられたからだ。今思えば、これが運の尽き、あるいはぼく人生の終わりだったのだろう。
何故知り合いでもない自分にだけ声をかけられたのか、と不思議には思ったが、ぼくは律儀にもそれに答えてやった。
「ぼくには関係のないことだからね。そんなことに時間を費やすほどヒマじゃない」
「ひどいっ、こんなに泣いてるのに……っ!」
手で顔を覆い、芝居がかった演技でおいおいと泣き始める彼女。ああ、面倒くさいことこの上ない。うんざりしながら、ぼくはため息をついた。
「君はぼくにどうしてほしいわけ?」
「どうしてほしくもありません」
「はあ?」
もうわけがわからない。どうもしてほしくないのなら、引き止めないでほしい。しかも、赤の他人を巻きこむなんて、迷惑にもほどがあるだろう。
いい加減彼女に関わることをあきらめて、歩き出そうとした――そのとき、くい、と服の裾を引っぱられた。眉間にシワを寄せながら振り向けば、
「ただ、トナリにいてくれませんか?」
うつむいたまま、彼女がそうつぶやく。遠慮気味に服の裾を掴んでいる手は、カタカタと震えていた。――まったく、女という生き物はどうしてこうも面倒くさいのだろうか。
そう思いつつも、ぼくは言われたとおりに彼女のトナリに腰を下ろした。無視してもよかったのだが、余計に面倒くさくなりそうなのでやめた。無駄なことはしない主義だ。
そんなことを考えていると、トナリですすり泣く声が聞こえた。どうやら今度は本当に泣いているようだ。ああ、本当に女は面倒くさい。ばくはこれ以上面倒事が増えないように祈りながら、ただ黙っていた。
* * *
その次の日から、彼女はぼくの周りによく現れるようになった。最初は鬱陶しかったけど、慣れとはこわいもので、しばらくすると特に何も思わなくなった。逆に、そう思うことが面倒になったのかもしれないけど。
そんな彼女はいつもこう言っていた。
「永遠の愛ってあると思う?」
「わたしはあると思うわ」
「だってわたしはそれがほしいもの」
そして、最後に必ず甘ったるい声でこうささやくのだ。
「わたしはあなたを永遠に愛してる」
「有り得ない」
そうやって、ぼくがそれをばっさりと切り捨てるのがお決まりのパターンだった。しかし、ぼくが何度有り得ないと言おうと、彼女はそれを何度もくり返す。そんなことは有り得ない。有り得るはずがない。
「君は、この前彼氏と別れたばかりなんだろう? だから、あの日泣いていた。それなのにぼくのことを愛してるなんて有り得ないし、その彼と別れた時点で永遠の愛なんてないじゃないか。それなのに永遠の愛を信じてるなんて、ぼくには理解できない」
そう、ぼくが永遠の愛を「有り得ない」と言う理由はそこにある。
だけど、彼女はこう反論した。
「それは彼が運命の人じゃなかっただけの話よ」
「今度は運命? 君の話にはついていけないよ」
「ひどいっ。またそうやっていたいけな女ノコを泣かすんですね……っ」
「下手な演技はやめてくれないかな」
「残念です」
にこ、と子供のような笑みを浮かべ、ころころと表情を変える彼女。情緒不安定なのだろうか、よくわからない女だ。やっぱり面倒くさい。
* * *
彼女は、くだらない女だった。永遠の愛はある、とか、私は永遠にあなたを愛している、とか、そんなことばかり言っていた。
だけど、永遠なんて有り得ない。有り得るわけがないんだ。だから、ぼくは言ってやった。
「本当にぼくのことを永遠に愛せるの?」
と。
そしたら彼女は即答した。
「もちろん」
と。
だから、ぼくは嗤って再び問いかけた。
「じゃあ、死んでもぼくのことを愛してる、よね?」
と。
そうしてぼくは彼女に拳銃を向けた。しかし、彼女は表情を少しも変えずにぼくの目を真っ直ぐ見ていた。怯えるわけでもなく、哀しむわけでもなく、ただ真っ直ぐと――。
ぼくはその瞳が、
「さよなら、ぼくは愛してなかったよ」
そうして引き金を引いた瞬間、何と彼女は笑ったのだ。それは、今まで見た中で一番キレイな微笑みだったが、ぼくはその笑顔に底知れぬ恐怖を抱いた。その微笑みは、ぼくの最後の問いに対する肯定なのだろうか――?
永遠の愛なんてない、そう思っていた。
だけど、それは確かに存在していた。




