彼はキレイに微笑んで
(サヨナラと言った)
彼は不治の病だった。でも、そんなことを思わせないくらい、いつも楽しそうに笑っていた。
「ねえ」
「何?」
「ぼくが死んだら、君は泣いてくれる?」
花びんに花をいけていると、彼はそう尋ねてきた。とても深刻で悲観的な質問だが、彼の声も口調もそんな雰囲気とはまったくの正反対で、冗談で聞いているのかと思ってしまうくらいだ。
しかも、それはわたしにとっては聞き飽きた質問でもあるため、自然とため息がこぼれた。
「いつも言ってるけど、そのときにならないとわからないよ」
「ええー? 薄情だなあ、君は。昔は『当たり前じゃない!』って即答して、涙まで浮かべてくれたのに」
「いつの話よ、それ」
「んー、小学生のころ?」
小学生のころ、って。わたしはもう高校三年生だ。六年以上も経っていれば、人は変わるものだろう。
「もう君も高三か。早いもんだねえ」
「あんたはわたしの親戚か何かですか」
「え、何言ってんの。幼なじみでしょ?」
けろりとした態度で答える彼。はいはい、そうでした。そんなことくらいわかってるわよ。ていうか、あんただって同い年じゃない。
「君は変わったね」
「あんたは全然変わらないね」
「あははっ、そうだね。ずっとこの病室にいたし」
「そのわりには病人って感じがしないけどね」
特に、不治の病だなんて。
ちら、と横目で彼を見れば、それに気付いた彼がにこ、とやわらかな笑みを浮かべる。
「君は変わったね。前より笑わなくなった。ううん、正確には作り笑いが増えた、かな」
「あんたはずっと笑ってるよね」
不治の病で、いつ死ぬかわからないっていうのに、どうしてそんな風に笑えるの? 健康なわたしは、ちっとも笑えないっていうのに。
「うん。だっていつ死ぬかわからないし、人生楽しまなきゃ損だよ」
そう言って彼はまた笑うので、わたしは何だかばつが悪くなってしまった。そこで申し訳なさそうなカオをしてくれればわたしもまだ謝れたのに、まるで「これは自分の問題だから、君は気にしないで」とでも言うように明るい笑みを浮かべるから、余計に嫌になる。気にしないで、なんて言われて(言われてないけれど)気にしない人間がいるわけがないのに。
「……わたし、そろそろ帰るね」
「うん。毎日毎日ありがとね」
「別に。いつものことだよ。じゃあ、また明日」
「うん。またね」
そうしてこちらに手を振る彼に背を向け、病室を出ていこうとすると、
「ねえ」
「何?」
ドアに手をかけたところで声をかけられたので、わたしは素直に振り向いた。彼の向こうにある窓の外には、夕焼けで真っ赤に染まった空が広がっていた。
「ぼくが死んだら、君は笑ってくれる?」
それは初めての質問だった。人が死んで笑う、というのはどういう状況なのだろうと思ったけれど、結局わたしの答えはいつもと同じだった。
「いつも言ってるでしょ。そのときにならないとわからないよ」
「そう……」
小さくつぶやいた彼の表情は、逆光でよく見えなかった。
* * *
次の日、彼の病状が悪化したと聞いて、急いで病院に向かった。ベッドに横たわる彼の顔は蒼白で、不吉にも「死」という文字が頭をよぎる。
けれど、彼の顔にはやっぱり笑みが浮かんでいた。いつもよりは弱々しいけれど、笑顔に変わりはない。どうしてあなたはこんなときまでそんなカオをするの?
「あはは……ぼく、ついに死んじゃうかも……」
「っ、そんな縁起でもないこと言わないでよ!」
「ごめんごめん……でも、今回はほんとにムリ、かな……」
そんなこと言わないでよ。死んじゃ嫌だよ。
ねえ、どうしてあなたは不治の病なの? どうしてあなたは死ななくちゃいけないの? どうしてほかの人じゃなくて、あなただったの?
最低なことを考えながら、わたしは無意識のうちに彼の手を握っていた。
「……泣いてるの?」
「っ、泣いてなんか……」
「ぼくが死んだら、哀しい?」
「っ、当たり前じゃない……っ!」
震える声でそう言うと、彼は満足そうににこ、と笑った。
「ぼくが死んだら、笑ってね」
「な……?」
「君の哀しむカオは見たくないからさ。ね? 笑ってよ」
「そんなの……」
「ああ、どうやらお別れの時間がきたみたいだね……」
彼の手がするりと抜け落ちそうになるのを必死で止める。しかし、彼は今までで一番キレイな笑みをこちらに向けて、静かに言葉を紡いだ。
「さよなら」
刹那、機械が彼の心臓の停止を告げた。同時に、わたしの思考も止まった気がした。
ねえ、どうしてあなたは笑ったの? どうしてわたしにあんな言葉を遺して――
(ぼくが死んだら、笑ってね)
そんなの、できるわけないでしょう? わたしが本当は泣き虫だって知っているくせに。最期の最後まで笑うなんて、卑怯だ。
「ごめんね……」
あなたが死んだら、わたしは笑えそうにない。
わたしは冷たくなってゆく彼の手を握りながら、涙が涸れるまで泣いた。




