確実なものは何もない
「この世で確かなものって、何だと思う?」
彼女はそうつぶやいた。それは独り言か、それとも。
「ねえ、シカト?」
「ああ、ぼくに言ってたの?」
「当たり前じゃない」
「いや、てっきり独り言かと思ってね」
「失礼ね」
ここにはあなたとわたしの二人しかいないじゃない、と彼女はほおをふくらませた。
「で、もう一度聞くけれど、この世で確かなものって何だと思う?」
「さあ? そもそも、この世に確かなものなんてあるのかな?」
「まずそこからになっちゃうのね、あなたは」
ぼくの答えに苦笑をこぼし、やれやれ、と肩をすくめる彼女。ひねくれている、とでも言いたいのだろうが、彼女はぼくの性格を熟知しているので、それを今さら口にすることはしないだろう。
「この世に確かなものなんて、何一つないよ」
「相変わらずひねくれた――いや、歪んだ考えを持っているのね」
「失礼だな。こういう考えもあるってだけだよ」
「この世に確かなものなんて何一つない、かあ……」
今度こそは独り言だろう。先ほどよりも声が小さかった。
「君はこの世に確かなものがあってほしいの?」
「そうね。できれば」
「どうして?」
「不安だから」
「何が?」
「わからないわ。でも、何か信じられるものがないと、何となく不安にならない?」
人間は弱い生き物だから、と彼女は付け加え、どこ哀しそうな笑みを浮かべた。それを見て、胸が締めつけられるような感覚に陥る。
今までこの世に確かなものなんてないと思っていたはずなのに、ぼくの口はそれとは正反対の言葉を紡ごうとしていた。ああ、我ながら単純だ。
「――もし、この世に確かなものがあるとしたら」
「え?」
「それは、ぼくと君がここに存在しているってことと、ぼくが君を愛してるってことくらいかな」
すると、彼女は瞠目したが、すぐにくすくすと笑い始めたので、慣れないことは言うものじゃないな、と少し後悔した。
「ふふ、そうね。確かにそれは確実なものだわ」
「ああ、でも、『この世に』って言ってる時点で『この世』というものは確実なものになってる気がするけどね」
最後にそう付け加えると、色々台なしね、とため息をつかれた。
けれど、そう言った彼女のカオがどこか嬉しそうだったのは、ぼくの見間違いではないだろう。




