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last Eden  作者: 久遠夏目
2009年
30/73

ゆるやかな非常事態

「先輩って、すきな人いるの?」

「はい?」


 そう尋ねてきたのは、わたしのトナリを歩いていた部活の後輩だった。


「何ですか? いきなり」

「んー、ちょっと気になったから」


 一つ年下のくせにタメ口なのは気にしない。だって、わたしも一つ年上のくせに敬語を使っているのだから、お互い様といったところだろう。

 そもそも、彼はわたしよりも背が高く、大人っぽい顔立ちをしているので(彼にはわたしが童顔なだけだと言われたことがあるが)、ハタから見たらわたしのほうが年下だと思われているに違いない。


「で? どうなの、そこんとこ」

「何がですか?」

「だーかーら、すきな人がいるのかどうか」


 ああ、そのことでしたか。すきな人、ね。

 好奇心に満ちたカオでこちらを見つめる彼から目をそらし、わたしはぼそりとつぶやいた。


「……います」

「へえ、そうなんだ。誰?」

「う、えっ!?」

「え?」


 いる、と素直に答えてしまったのが運のつきだろうか。さらに突っ込んだ質問に、わたしは奇声を上げてしまった。


「俺、何か変なこと言った?」


 そのせいで、少し困ったように眉を下げた彼が、ひょい、とわたしの顔をのぞきこんでくる。真剣な表情にほだされそうになってしまうけれど、すきな人が誰か、なんて、この後輩にだけは言えるわけがない。

 そこで、わたしはコホン、と一つ咳払いをした。


「そ、そういうあなたはどうなんですか?」

「え? 何が?」

「すきな人、いるんですか?」


 わたしだけ聞かれるなんて卑怯だ。ここはフェアにいかなくては。

 すると、彼は数秒間をおいたあと、


「いるよ」


 と、あっさり言い放ったではないか。へえ、そうですか。すきな人、いるんですか。


「ちなみに、誰ですか?」


 何だろう。自分から聞いたくせに、どこか気分が落ちている自分がいる。胸がもやもやして、ちくちくする。


「うーん、先輩が教えてくれたらいいよ」

「はい?」

「そしたら俺も教えてあげる」


 首を傾げたわたしに対して、にこっと無邪気な笑みをよこす彼。そんなの、ずるくないですか? どうしてわたしが先なんですか。


「え、と……」


 わたしもわたしだ。どうして彼の言いなりになって、先に言おうとしているんだろう。わたしはまず文句を言いたかったはずなのに。

 ――でも、これはチャンスなのかもしれない。

 そう思って意を決し、ぎゅっと目をつぶって口を開こうとした――そのとき、


「先輩、」


 トナリにいたはずの彼の声が、目の前で聞こえた。びっくりして目を開けると、わたしの唇に何かあたたかいものが触れ――


「!?!?!?」

「あははっ、先輩、顔真っ赤だよ?」

「あ、あなた今、ななな何して……っ」

「何、ってキ」

「いいい言わなくていいですっ!!」


 どうしよう。上手く頭が回らない。今、何でわたしは彼にキスされて――


「俺のすきな人はね、先輩だよ」

「、え」

「先輩のすきな人は誰?」


 とても穏やかな声だが、脅迫めいたニュアンスを感じるのは気のせいだろうか。何もかも見透かしたような余裕の笑みが、とても憎たらしい。


「……わかってるんでしょう?」

「さあ? わかんないなあ」

「――っ」


 しらじらしく肩をすくめ、にこり、と笑う彼に対抗する術を、わたしは知らない。




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