不機嫌な彼女の嫌いな人
「子供が、キライ?」
「は? 何だ、急に」
ぼくの突然の質問に、こちらを振り向いた彼女のキレイな顔が歪む。もったいないな、と思う反面、しかめっ面でもキレイだと思えるからすごいな、とも思った。
そんなことを考えながら、ぼくは彼女の質問に答える。
「だって、すごいカオであの子供のこと見てたから」
「どんなカオ?」
「こんなカオ」
「……そんなに酷かったか?」
少し離れたところにいた子供(おそらく三、四才くらいだろうか)をちら、と一瞥してから、先ほどの彼女のカオを実演してみせると、それ見た彼女のキレイな顔がますます歪んだ。うーん、やっぱりもったいない。
「なーんてね。ここまで酷くはなかったよ」
「オイ」
低くツッコミを入れた今のほうがもっと酷いカオをしていたので、ぼくは我慢できずに吹き出してしまった。
「あはは、ごめんごめん。でも、子供はキライでしょう?」
「……すきではない」
「どうして?」
ぼくが彼女の顔をのぞきこむと、彼女はふい、と目をそらしてしまった。しかし、それは答えたくないという拒絶ではなかったらしく、
「うるさいから。人の迷惑も考えずに泣き叫んで、人の迷惑も考えずに騒ぐ」
と、すぐに答えてくれた。その声からは、確かにイラついた感情がうかがえる。
でも、
「あのくらいの子供は人の迷惑なんて考えられないと思うけどなあ。それに、君にもそんな時期があったわけだし」
「当たり前だ。でも、今、ここにいるわたしは泣き叫んでもいないし、騒いでもいない」
「うーん、一見正論のようだけど、それってつまりはヘリクツだよね?」
「わたしは事実を述べたまでだ」
「ふぅん?」
「確かにわたしは子供が嫌いだ。だけど、」
彼女は一度そこで言葉を切ってから、ぐるり、と顔をこちらに向けた。真っ直ぐな瞳がぼくを捉えた次の瞬間、その口から放たれたのは、
「お前のほうが、もっと嫌いだ」
あまりにストレートな言葉に、ぼくは思わず目をぱちくりと瞬かせてしまった。
「うわあ、直球ぅ」
「うるさい」
ぶっきらぼうに吐き捨てて、またふいっとそっぽを向いてしまった彼女。うーん、そんなに嫌われてたなんて、心外だなあ。というか、すごく哀しい。
だから、普通ならここで落ちこむはずなのだが(いや、今でも一応落ちこんではいるのだけれど)、ぼくの中には少し違う感情が生まれていた。
「ねえ」
「今度は何――」
声をかけられた彼女がこちらを向くと同時に、すっと自分の顔を彼女の顔に近づける。目の前には、彼女のキレイな顔。刹那、その目が大きく見開かれた。それもそのはず、ぼくと彼女の距離は、ほぼゼロなのだから。つまり、ぼくは今、彼女にキスをしているのだ。
瞬間的な、軽く触れるようなキスだったけれど、その感触は確かにあった。それを彼女もしっかりと感じていたらしく、ぼくが離れてからも固まっていた彼女に向かって、ぼくはにっと笑って見せた。
「ごちそーさま」
「……な、に、をやっているんだ、お前は!」
「だってさ、ぼくはこんなに君のことがすきなのに、君がぼくのことを嫌いなんて言うから哀しくなっちゃって」
「哀しくなったらキスしていいのか?」
「ヘリクツかな?」
そう聞くと、今日一番の歪んだカオが返ってきた。まあ、たまにはそんなカオも良いと思うんだけど。
「知るか」
彼女がそう吐き捨てたと同時にちょうど駅に着いたらしく、彼女はさっさと電車を降りていってしまった。もちろん、ぼくはそれについていく。
そのとき、彼女の耳が赤く染まっていたのを、ぼくは見逃さなかった。




