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last Eden  作者: 久遠夏目
2009年
26/73

蒼い夜の幻

 あれは、夏祭りの夜のことだった。友人に誘われて行ったものの、ぼくはあまりノリ気ではなかった。みんな、どうしてわざわざ人ゴミの中に行きたがるのだろう。あんなの、自殺行為だ。

 そんなことを思いつつも、ちゃっかり林檎飴を手に入れて、ぼくは一足早く帰路についていた。すると、


「こんばんは」

「え?」


 ケータイに向けていた顔を上げると、数メートル先に男の人が立っていた。周りには誰もいない。つまり、ぼくが話しかけられているのか。


「……こんばんは」

「線香花火、しませんか?」

「は?」


 その男の人は、にこりと穏やかに微笑んでそう言った。何だ、この人。いきなり線香花火って。

 ぼくは眉をひそめて男の人を見たが、彼はやはりにこにこと微笑んでいるだけ。怪しい、怪しすぎる。が、不思議と恐怖は感じなかった。だから、


「いいよ」


 ぼくがそう答えると、男の人は嬉しそうに笑った。よくわからないけど、変な人だということだけはわかった。

 トナリに並んで近くの公園まで歩く。祭りのせいか、道であったときと同じく、人は誰もいなかった。どこから見つけてきたのか、彼がバケツに水をくんできて、準備は整ったようだ。

 かくしてぼくと彼の線香花火大会が始まったのだった。


「キレイですねえ」

「そうだね」


 ぱちぱちと燃える線香花火を見ながら、彼がしみじみとつぶやく。それに答えたぼくが何でタメ口で、この人が敬語なんだろう。彼のほうが年上に見えるのに。


「ていうか、何で線香花火だけなんですか?」

「キレイだからです」


 あっさりと帰ってきたその答えに、ぼくは脱力した。キレイだからって、そんな単純な……。


「あとは、儚いから」


 そうつぶやいた彼の声は酷く穏やかで、でも、どこか寂しそうだった。


「儚いのに、すきなの?」

「ええ」

「すぐ消えてしまうのに?」

「ええ。あなたは儚いものが嫌いですか?」


 ゆるり、と彼がこちらを振り向く。その目はどこまでも真っ直ぐにぼくをとらえ、すべての見透かしているようで。何だかばつが悪くなり、ぱっと目をそらしてしまった。

 儚いものは、嫌いだ。手に入れたと思ったら、するりとすり抜けて、すぐに消えてしまうから。それなのに、どうして人は儚いものをキレイだと思うのだろうか。


「……儚いものは、嫌いだ」


 ぼくが低い声でそうつぶやくと、少しの沈黙のあと、先に口を開いたのは彼だった。


「私は、儚いものはキレイだからすきです。確かに儚いものはすぐに消えてしまうけれど、その一瞬に全力をかけているんです。それってすごいことだと思いませんか?」


 にこり、彼は笑う。

 一瞬に全力をかける、か。そんなの、ぼくには到底できないことだ。


「――ああ」


 ないものねだり、とはこういうことか。ぼくにはできないことだから嫉妬して、嫌いだと思って。本当は、憧れていたのに。


「あの、」


 そう言って彼のほうを向いたとき、そこには誰もいなかった。

 彼は人間か、はたまたユウレイか。もしくは、今までの出来事すら夢か幻か。

 残っていたのは、二人分の線香花火の燃え滓だけだった。




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