蒼い夜の幻
あれは、夏祭りの夜のことだった。友人に誘われて行ったものの、ぼくはあまりノリ気ではなかった。みんな、どうしてわざわざ人ゴミの中に行きたがるのだろう。あんなの、自殺行為だ。
そんなことを思いつつも、ちゃっかり林檎飴を手に入れて、ぼくは一足早く帰路についていた。すると、
「こんばんは」
「え?」
ケータイに向けていた顔を上げると、数メートル先に男の人が立っていた。周りには誰もいない。つまり、ぼくが話しかけられているのか。
「……こんばんは」
「線香花火、しませんか?」
「は?」
その男の人は、にこりと穏やかに微笑んでそう言った。何だ、この人。いきなり線香花火って。
ぼくは眉をひそめて男の人を見たが、彼はやはりにこにこと微笑んでいるだけ。怪しい、怪しすぎる。が、不思議と恐怖は感じなかった。だから、
「いいよ」
ぼくがそう答えると、男の人は嬉しそうに笑った。よくわからないけど、変な人だということだけはわかった。
トナリに並んで近くの公園まで歩く。祭りのせいか、道であったときと同じく、人は誰もいなかった。どこから見つけてきたのか、彼がバケツに水をくんできて、準備は整ったようだ。
かくしてぼくと彼の線香花火大会が始まったのだった。
「キレイですねえ」
「そうだね」
ぱちぱちと燃える線香花火を見ながら、彼がしみじみとつぶやく。それに答えたぼくが何でタメ口で、この人が敬語なんだろう。彼のほうが年上に見えるのに。
「ていうか、何で線香花火だけなんですか?」
「キレイだからです」
あっさりと帰ってきたその答えに、ぼくは脱力した。キレイだからって、そんな単純な……。
「あとは、儚いから」
そうつぶやいた彼の声は酷く穏やかで、でも、どこか寂しそうだった。
「儚いのに、すきなの?」
「ええ」
「すぐ消えてしまうのに?」
「ええ。あなたは儚いものが嫌いですか?」
ゆるり、と彼がこちらを振り向く。その目はどこまでも真っ直ぐにぼくをとらえ、すべての見透かしているようで。何だかばつが悪くなり、ぱっと目をそらしてしまった。
儚いものは、嫌いだ。手に入れたと思ったら、するりとすり抜けて、すぐに消えてしまうから。それなのに、どうして人は儚いものをキレイだと思うのだろうか。
「……儚いものは、嫌いだ」
ぼくが低い声でそうつぶやくと、少しの沈黙のあと、先に口を開いたのは彼だった。
「私は、儚いものはキレイだからすきです。確かに儚いものはすぐに消えてしまうけれど、その一瞬に全力をかけているんです。それってすごいことだと思いませんか?」
にこり、彼は笑う。
一瞬に全力をかける、か。そんなの、ぼくには到底できないことだ。
「――ああ」
ないものねだり、とはこういうことか。ぼくにはできないことだから嫉妬して、嫌いだと思って。本当は、憧れていたのに。
「あの、」
そう言って彼のほうを向いたとき、そこには誰もいなかった。
彼は人間か、はたまたユウレイか。もしくは、今までの出来事すら夢か幻か。
残っていたのは、二人分の線香花火の燃え滓だけだった。




