狂愛サディスト、純愛マゾヒスト
「わたし、あなたになら殺されてもいいわ」
「何、いきなりマゾヒスト発言かい?」
違うわよ、と彼女はすぐに否定したが、マゾヒストではないにしても、その発言には問題があるのではないだろうか。
「それ、本気?」
「もちろん」
「今、正気?」
「アタリマエ」
「ふぅん。じゃあ、君はやっぱりマゾヒストだね」
「そういうあなたはサディストね」
そう? と聞くと、そうよ、と返された。そんなに彼女を虐げているつもりはないんだけどな。むしろ、ぼくがいつも責められているような気がするんだけど。
まあ、それはさておき。
「君、ぼくに殺されたいの?」
「そういうわけじゃないけれど、ただ、あなたになら殺されてもいいかなって思っただけ」
そんなことをさらりと言ってのける彼女は、本当に正気だろうか。どう考えても、その精神状態、あるいは思考を疑わざるをえない。
「どうしてそんなことを思ったの?」
ぼくがそう尋ねると、彼女は何かを確信したようににこり、と微笑み、
「だって、あなたはわたしが死んでも、わたしを愛してくれるでしょう?」
と答えた。その揺るぎない自信は、一体どこから来るのだろうか。それはある意味ぼくへの信頼とも取れるだろう。
だけど、
「……さあ、それはどうかな」
「――っ!?」
隠し持っていたナイフを素早く取り出して彼女の首に突きつければ、そのカオがさっとこわばった彼女に対して、ぼくはにっと口角を上げた。
「殺してみないと、わからないよ?」
その言葉を聞いて、はっと目を見開く彼女。今、まさに彼女が望んでいたこと――つまり、ぼくに殺されるということが実現し、自分が死んでもぼくが愛してくれるということが証明されようとしているはずなのに、どうして彼女はそんなカオをするのだろう。死を目の前にして、怖気づいてしまったのだろうか。
しかし、次の瞬間、彼女はその考えを打ち消すような不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐにぼくを見据えた。
「あなたになら、いいわ」
まるで挑むような視線が、彼女を見下ろすぼくの視線と交錯する。それが彼女の覚悟、そして答えなのだろうか。
しばしの沈黙のあと、ぼくはナイフを下ろした。
「……殺さないの?」
「抵抗しない人間を殺したって面白くないよ。それに、」
「それに?」
「生きている人間をいたぶるほうがよっぽど楽しいからね。だから、生きている君を目一杯愛してあげる」
ささやくようにそう言うと、彼女はやっぱりあなたはサディストね、と言って苦笑した。うん、そうかもしれないね。
死んだ人間を愛せるか、なんてわからない。だけど、今、君は生きている。だから、ぼくは生きている君を愛してあげるよ。
(そして君が死ぬときは、ぼくが殺してあげる)




