毒林檎に口づけを
ある日の昼下がり、学校の屋上。彼は、学校一の美少女と言われる女ノコから告白されていた。
「見ーちゃった」
「!? テ、メェ……いつから見てやがった」
「え、もう最初から最後まで一部始終全部?」
「最っ悪……」
心底嫌そうなカオでため息をつく彼を見て、あたしは愉快でたまらなかった。そのテンションのまま、弾むような声で質問する。
「何でフっちゃったの? もったいない。あのコ、学校一の美人さんでしょ?」
「……美人は苦手なんだよ」
苦虫を噛み潰したようなカオで低くつぶやく彼。本当に美人が苦手のようだが、そんなの初耳だ。
「モテる男はつらいねえ」
「ホントホント。超困る」
「自分で言うか?」
軽い応酬を交わして互いに顔を見合わせれば、どちらからともなくぷっと吹き出した。
「ねえ、何で美人が嫌いなの?」
「嫌いじゃなくて苦手」
「だいたい一緒でしょ?」
あたしの言葉で眉間にシワを寄せ、彼はまたため息をついてから、しぶしぶといった様子で口を開いた。
「キレイな薔薇にはトゲがあるって言うだろ? だから、美人とかめちゃくちゃかわいいヤツには裏がありそうで苦手なんだよ」
そう答えてぷいっと横を向く彼は何だか子供みたいで、不覚にも少しかわいいとか思ってしまった。
「それが理由? それ、ホントに裏がない子に失礼じゃない?」
「まあ、そのときはそのときだろ」
「わお、悪気ゼロ」
「む、じゃあお前はリンゴだな」
「リンゴ?」
意味がわからずその言葉を反復すると、彼は口角を上げて、にっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「どこにでもいて、誰にでも好かれそうだから」
「つまり、平凡な顔してるってことね。ここは喜ぶべきなのか、それとも怒るべきなのか……」
「素直に喜んどいたら? 誰にでも好かれるなんていいことじゃん」
「誰にでも」――? 何故だかその言葉が頭に引っかかった。
確かにそれは、喜ばしいことなのかもしれない。だけど、自分が嫌いな人にすきになられるのはちょっと複雑だし、誰からもまんべんなく好かれるよりも、むしろあたしは――
「じゃあ、あんたもあたしのこと、すきなの?」
誰にでも、ということは、必然的に彼もそれに含まれることになる。彼は驚いたようなカオであたしのほうを振り向くと、おかしそうにぷっと吹き出した。
「何で笑うのよ」
「いや、悪い悪い。あー、でもそうだよな。誰にでもってことは、俺も入るよな」
うんうん、と一人で納得したようにうなずく彼。ダメだ、こいつの思考は読めない。
そんなことを考えていると、何かあたたかいものが自分の唇に触れた。今の、は。
「――うん、俺、お前のこと、すきだよ」
「――は、」
呆然とするあたしを見て、彼は照れくさそうに笑った。ダメだ、やっぱりこいつの思考は読めない。
でも、あたしだってやられっぱなしでいるわけにはいかない。
「あんたはあたしのことリンゴって言ったけど、残念、毒リンゴ、だったね」
そう彼の耳元でささやいてやった。




