恋愛幻想曲
愛や恋なんて幻想だ。そんな感情、あったって何の意味もなさない。
それなのに、人間はそれをくり返す。何度も何度も、飽きずに、懲りずに。
まったく、人間は愚かで滑稽だ。
「どうして人は、愛する人を殺してしまうのかしら」
ぽつり、彼女は思い出したようにつぶやいた。
「さあ、わからないな」
「あら、どうして?」
「まず、ぼく自身が愛する人を殺したいと思ったことがないし、一般的にも愛する人を殺す場合のほうが少ないと思うからさ。それ以前に、ぼくは恋愛感情というものを理解できないからね」
ぼくがそっけなく答えると、彼女は相変わらず夢がないのね、と苦笑した。彼女にとって愛する人を殺すことは、夢なのだろうか。だとしたら、何とも猟奇的な夢だ。できれば現実になってほしくない。
しかし、ぼくの想像だけで勝手に結論を出してしまうのはよくないだろう。
「じゃあ、君の意見を聞かせてほしいな」
「そうね、愛する人を殺すのは、きっと愛を手に入れるための一つの方法なんだと思うわ」
「へえ?」
彼女は、普段から愛だの恋だのうるさい。だから、そういう人間の本能に忠実に従っているだけだと思っていたのだけれど、彼女なりに何か理性的な考えがあるらしい。ぼくは黙って彼女の話の続きを待った。
「人はね、恋をすると周りが見えなくなってしまうの。『恋は盲目』なんてよく言うでしょう? そうして、そのうち本当に愛する人しか見えなくなって、愛する人がもっとほしくなるの。でも、実際には周りにたくさんの人がいて、その人たちが愛する人と接するわよね。でも、その人たちは自分にとって害でしかない」
だから、愛する人を殺すの。
そこまで話を聞いて、ぼくには一つの疑問が浮かんだ。
「じゃあ、周りの人間を殺せばいいじゃないか。それで愛する人を殺すのは、思考が飛躍しすぎだと思うけれど」
ぼくが自分の意見を述べると、彼女はふふっ、と愉快そうに笑った。まるで子供を相手にしているような、そんな笑みだ。
「そうね、それも一つの方法だわ。でもね、矛盾しているかもしれないけれど、その人には愛する人しか見えていないのよ」
だから何だと言うのだろうか。補足とも言えない説明を聞いても、やっぱり愛する人を殺す意味がぼくにはわからなかった。彼女の考える恋愛観は、とても難しいらしい。
黙りこんだぼくをよそに、彼女は先を続ける。
「愛する人は、自分だけのもの。ずっとそばにいてほしいから、その人のすべてがほしいから、誰にも触れさせないように、誰とも口がきけないように、愛する人を、殺すの」
そう言って妖艶に微笑んだ彼女のカオは、ぞっとするほどキレイだった。
「でも、殺してしまったら、自分も愛する人と話せないじゃないか」
「いいえ、しゃべれるわ。だって、愛する人は自分だけのものなんだから」
ぼくには彼女の言っていることが理解できず、ただ狂っているとしか思えなかった。ああ、やっぱり愛や恋なんて幻想だ。
「わたしにもいるのよ、ほしくてたまらない人が。だから、狂っているとは思わない」
ゆるり、静かに言葉を紡いだ彼女の視線がこちらに向けられる。その瞳は真っ直ぐだが、どこか熱っぽい狂気を孕んでいた。
彼女の言葉に対して、ぼくはそれが誰、とは聞かなかった。そんなの、愚問だからだ。
「やっぱり、ぼくには恋愛感情なんて理解できないな」
「じゃあ、どうしてわたしにキスするの?」
「さあ、ぼくも人間だから、かな」
ああ、どうしてこうも人間は愚かで滑稽なんだ。
そうして、ぼくは彼女にキスをした。




