禁断の木の実を食べたのは確信犯
「永遠の愛なんて、ナンセンスだよ」
突然彼はそう言った。それに対して、ぼくはかくり、と首をかしげる。
「どうして?」
「この世に不変なものなんて、何一つないからさ。人の気持ちなんて、なおさらだ。永遠に愛し続けるなんて、不可能だよ。それに、」
「それに?」
「そんなことが有り得るなら、それはもう愛じゃない。狂ってるよ」
彼は蔑むような笑みできっぱりと言い放ち、沈黙した。しかし、それから少し間をおいたあと、
「ああでも、この世で不変なものが一つだけあったかな」
と思い出したようにつぶやいた。何? と聞くと、神様だよ、と言われた。確かに、神様は永遠不変の存在かもしれない。
「君はどうしてそこまで『永遠』を信じないの?」
思い切って聞いてみると、少し驚いたカオをされた。そう、彼は「永遠の愛」だけではなく、「永遠」というものを信じていないのだ。
「少し、昔話をしようか」
それから、彼はそのセリフどおり、自分の昔話をし始めた。
彼が「永遠」を信じなくなったのは幼いころ、彼の祖父が亡くなったときだという。ずっと一緒にいられると、この幸せはずっと続くものだと信じていたのに、それは一瞬にして崩れ去った。
さらに相次いで祖母も亡くなり、彼は幼心に「永遠」なんてものは存在しないと悟ったらしい。
「命あるものはすべて死ぬ。今となっては当たり前のことなんだけどね」
吐き捨てるようにそう言って、皮肉っぽく笑う彼。きっと「永遠」を一番信じていたかったのは、彼だったのだろう。
けれども、現実はいつもそれを裏切る。裏切られるくらいなら、最初から信じないほうがいい。そうして彼は「永遠」を信じなくなったのだ。
「じゃあ、君はどうして『永遠』を信じているの?」
まさかの質問返し――いや、ある程度は予想していた。きっと同じことを聞かれるのではないか、と。
彼が昔話をしてくれた以上、ぼくも答えないわけにはいかないだろう。といっても、別に隠したい理由があるわけでもないし、いいよ、教えてあげる。ぼくが「永遠」を信じているワケを。
「ぼくは、永遠の愛を手に入れたことがあるからだよ」
「どういう、こと?」
怪訝そうなカオをして、彼がそう尋ねてくる。さっきとはまるで立場が逆だ。心の中でほくそ笑み、ぼくは彼が求めるものを与えるために、ゆっくりと口を開いた。
「ぼくはね、この世で一番愛している人を、この手で殺めたんだ」
その衝撃的な発言を聞いた彼は瞠目し、何か信じられないものを見るような目でぼくを見つめ、固まってしまった。もしかしたら、ぼくを頭のおかしい人だと思ったのかもしれない。
しかし、彼は何も言わずにただ黙っているだけ。沈黙は続きを待っているということなのだろうと勝手に解釈し、ぼくは先を続けた。
「そして、彼女はぼくのものになった。もうどこへも行かないし、もう誰ともしゃべらない。ぼくだけの、もの」
自分でも驚くくらい流暢に言葉が紡がれる。このことを人に話したのは初めてだったから、少し熱っぽくなりすぎただろうか。
そして、ぼくは最後に一言、静かにこう言った。
「そうして、ぼくは『永遠』を手に入れたんだ」
話が終わって一息つくと、ずっと黙っていた彼がまた皮肉そうな笑みを浮かべた。
「ほら、やっぱり永遠の愛なんて、ナンセンスじゃないか」
「そう?」
「狂ってるね」
「ああ、狂ってる」
それでも、それがぼくの愛の――「永遠の愛」の形なんだよ。
そんなぼくたちを、部屋に置かれた一輪の薔薇だけが見ていた。




