早咲き、ひとひら。
体育館から歌声が聞こえる。「仰げば尊し」――今では少し古いかもしれないけれど、卒業式の定番だ。
「あーあ、卒業式サボっちゃったよ」
「有り得ねー」
わたしと彼は今日、この学校を卒業する。にもかかわらず、わたしたちが今いるのは屋上だった。朝のホームルームには出席したので、先生はさぞかし焦っていることだろう。
「あとで怒られるかな」
「中学生活最後の日まで説教かよ。マジで有り得ねー」
「ま、それもいい想い出じゃない?」
これまでのことを思い返せば、ふふっと自然に笑みがこぼれた。
わたしとこの男は同じクラスだったのだが、面倒くさがりな担任の方針で一度も席替えがなかったので、ずっとトナリ同士だった。一番後ろの窓際、から一つ右。退屈な授業のときは、彼の後頭部や頭頂部とともに、外を眺めていた。つまり、彼も窓の外を見ていたり、寝ていたりしたということだ。彼は一年間、一番良い席を満喫していたと言えるだろう。
しかし、それだけならまだいいのだが、わたしと彼にはサボリぐせまであり、屋上や空き教室で顔を合わせては、そのあと毎日のように説教を食らっていた。先生には申し訳ない気持ちもあったけれど、そんな毎日が楽しかった。
そんなことを考えていると、体育館から拍手が聞こえてきた。ああ、退場か。本当にサボってしまったんだな、なんて今さらか。
「退場してるなー」
「何、あそこにいたかった?」
「別に。お前こそそうなんじゃないの?」
「まさか。こんなにいい天気なんだから、サボらなきゃもったいないよ」
そう、むしろ最後の日だからこそサボりたかったのだ。
わたしが得意気に言うと、彼はふっとやさしい笑みをこぼした。
「へえ、お前らしいな」
彼がそんなカオでそんなことを言うなんて思ってもみなかったので、何だか少し名残惜しくなった。
「……高校、どこ行くんだっけ」
「お前とは違うところ」
「あっそう」
ぶっきらぼうな答えにムスッとしていると、「あ」とマヌケな声が聞こえた。それに続いて、がやがやと騒がしい声も聞こえてくる。どうやら生徒たちが校庭に出てきたようだ。
「よし、じゃあそろそろ行く――、え?」
行くなら今しかないと思って彼のほうを振り向くと、さっきまでトナリにいたはずの彼の姿がなかった。きょろきょろと周りを見渡してみても、どこにもいない。
まさかとは思いつつ、ガシャン、と音を立てて目の前にあるフェンスから下をのぞくと、何と彼は校庭からこちらに向かってひらひらと手を振っているではないか。ウソだ、いつの間に?
それを追うようにして全力で階段を駆け下り、校庭へ出ると、わたしを見つけた友人が声をかけてきた。
「ちょっとあんた、どこ行ってたのよ。先生、キレながら泣いてたわよ?」
「い、いつもの、ところ……」
全力疾走のせいで呼吸が乱れ、途切れ途切れに言葉が口からこぼれる。それにしても、キレながら泣くなんて、先生器用だな。ていうか泣いてたんだ。少し、いや結構悪いことしたな。
心の中で先生に謝りつつ、息がようやく落ち着いたところで周りを見渡す。
「ねえ、あいつは?」
「は? あいつって?」
「いや、わたしのトナリの席の……」
すると、友人は怪訝そうに眉間にシワを寄せ、こう返してきた。
「あんたのトナリ、誰もいなくない?」
「え、何言って……」
そんなはずがない、と言いかけた刹那、ひらり、と花びらが舞った。
「桜……?」
それが飛んできた方向を見ると、校庭に植えられた桜の木のうちの一本だけが満開に咲いていた。まるでわたしたちを祝福するかのように、やさしく、キレイに。
「早咲き……? ――ああ、」
彼はせっかちだった。早弁は当たり前、サボるときはいつも彼のほうが先にいた。今日だって、先に屋上にいたのは彼のほう。
「そこにいたんだね」
わたしの言葉に応えるようにして枝が揺れ、思わずのばした手のひらにひらりと花びらが舞い降りる。それをぎゅ、と握りしめ、わたしは早咲きの桜を見つめた。
ありがとう。そして、さようなら。君のこと、忘れないよ。




