月下氷人
彼女は月を見て笑い、静かにこう言った。
「あなたは月に似ているのね」
どういうこと、と尋ねると、だって月は裏側が見えないじゃない、と言われた。彼女曰く、月はきれいだけど、地球からはいつも同じ面しか見えないから、人間にたとえると本心がわからない、ということらしい。
確かにぼくは誰にも心を見せない。本心なんて言ってやらない。だって、ぼくの心は偽りでできているのだから。
――でも、ぼくは月みたいにきれいではない。
ぼくが何を考えているのかを察したのか、彼女はこちらを見て困ったような笑みを浮かべた。しかし、彼女はその表情とは裏腹に、もう一度こう言った。
「やっぱり、あなたは月に似ているわ」
ぼくは月みたいにきれいじゃない、とさっき心の中で思っていたことを、今度は口に出してみる。
「そうね」
「じゃあどうして、」
「だって、月は近くで見るとクレーターだらけで、傷がたくさんあるでしょう? それに、月は太陽がいないと自分では輝けないわ。だから、あなた自身はきれいじゃなくてもいいのよ。太陽がいて、初めて月は輝けるんだから」
穏やかに言葉を紡ぎ、やわらかな笑みを浮かべる彼女。ぼくには、その笑顔がまぶしくて仕方なかった。
そして、ぼくは気付いてしまった。ぼくが月ならば、ぼくを輝かせる太陽は、きっと彼女だということを。
それは少し寒い秋の、月がきれいな夜のことだった。