スローじゃないスローライフ
やっと、畑に足を踏み入れられます…。
二階の部屋のウォークインクローゼットにはたくさんの服が並んでいた。
女神様の趣味なのか、はたまた文化的にこれが普通なのかは分からないが、スカートやブラウスなぜかあるドレスの装飾はフリルやレース、ドレープが多かった。
全部の服が、特に農作業するための作業着までがヒラヒラだったらどうしようかと思ったけれど、シンプルな物も奥には存在していたのでその辺りを捜索する。中から赤のギンガムチェックのシャツと濃いめのブルーのオーバーオールを見つけ出す。生成り色のソックスとダークグリーンの作業用ブーツも発見する。
しかし、明らかに大きかった・・・。おそらく元の20歳の私が身につけたらいい感じのサイズである。
オーバーオールを諦めて、シャツとカーゴパンツを探し無理矢理に着るしかないかな・・・。
軽くため息をついて、ネグリジェを脱ぎ近くにあった籐籠の中に畳んでしまう。
趣味ではないとはいえ、眠る時にまたお世話になるのだ。唯一サイズがぴったりなので、雑に扱う訳にはいかない。
ショーツとタンクトップ姿になった自分の姿を、改めて姿見に写した。ほぅ、と感嘆のため息が漏れる。
「確かにこの容姿であのフリル増し増しネグリジェは似合うんだよね。天使みたいに可愛らしい。それが現在の自分の姿なのだから、信じがたいのだけれど」
赤のギンガムチェックのシャツを羽織る。
当たり前だがブカブカだ。腰を紐か何かで結んで、袖を折りまくれば何とかなるかもしれない。まさかネグリジェで農作業をするわけにもいかない。
前のボタンを一つ留めると、クンッと何かに引っ張られるような、軽い感覚がする。次に鏡を見た時には、ブカブカだったチェックのシャツが5歳の私の体にジャストフィットしていた。
「なんて素敵な女神様仕様・・・!」
選び出した服を身に着ける度に、軽く引っ張られる感覚と共にピッタリになる服達。そうして姿見には可愛らしいカントリースタイルの私が出来上がって写っていた。
私はクローゼットいっぱいの大人サイズの服達を見上げる。多分脱いだら元のサイズに戻るんだろう。
基準が元の私になってるんだろうね。・・・着られるように自動化されてるんだから、いいか。
深く考えたら負けだ、多分この世界は何でもアリなのよ!
手近の棚から麦わら帽子をとりだして被ると、サイズをフィットさせつつ玄関に向かった。
「ん~~~~っ!」
大きく伸びをして、深呼吸をする。空気がおいしい♪
植物の緑はおばあちゃんの家を思い出させる。花壇の草花の柔らかい色を見て癒される。
大学のために出てきたけれど、やっぱり私は山育ち!緑に囲まれる方が安心するね。
玄関から石畳を横にそれて畑の方に足を向けると、家と畑の間に物置があってその中に農作業の道具が納められていた。
鍬、鋤、鎌、ジョウロ、移植ゴテ、熊手に竹箒。みんな大人サイズだが、私サイズに変化してくれるんだろう。
物置の並びには屋根つきの棚があり、そこには収穫用の籠や剪定ばさみ、軍手や何故かゴム手袋まである。
素直にガーデニング用の手袋と鍬を手にすると、シュルシュルとサイズダウンさせた鍬は、私の手にしっかりと馴染んでいた。ひょいと担いで畑に向かう。なんだか懐かしい。
物置の横、畑側には大きなたらいサイズの石鉢があって、そこからは絶えず水が豊富に溢れ出し、先の畑に向かって1m幅の小川ができていた。
水の音の正体はこれだったらしい。多分石鉢の中に大きめの青い石が入ってるんだろう。
この水が流れ流れて、エンデワースの河の一本になってたりしてね♪
さらにその小川の先に目を向けると、カラカラと回る水車小屋があった。水車もあるのなら、製粉できるね。至れり尽くせりだなぁ・・・。
まず先に野菜らしきものが実っている手前の畑に向かう。
微妙に形は違うような気もするが、見慣れた野菜達。奥には2㎡サイズで同じ畑に稲と麦が実っていた。
野菜は別にいいんだけど、こんな小規模サイズでお米と麦作って採算合うんだろうか? っていうか田んぼと麦畑が同居っておかしくない??
常識が通じないミラクルワールド。植物の世界にも派生しているのか、はたまたこのエリアだけが異常なのか・・・。エンデワースにこんな仕様を施した覚えはない。という事はやっぱり、女神様仕様なのね・・・。
気を取り直して、野菜を見る。美味しそうなトマトが赤く色づいていた。完熟な実が太陽の光を浴びてキラキラ光っている。
クーーー。
お腹が鳴った。
考えてみれば朝起きてからステータスをチェックして自宅を探索したのだから、朝食抜きである。
私は迷わずトマトの実をもいで、そのまま齧り付いた。柔らかく歯に当たる弾力と、かじりついたそばから溢れる果汁。酸味がほとんどなくて、まるでフルーツトマトのような甘さだった。
シャクシャクと咀嚼しながら、思わず笑みがこぼれる。喉を通って胃に落ちる感覚まで分かるような、食べ応えだった。
5歳の体にトマト1個は結構な量だったが、時間をかけて食べ終わるともう一つと思い手を伸ばして、首を傾げる。
さっきもいだの、この位置のトマトだったよね?
取って食べたはずのトマトが、同じ場所にまだある。
もう一度もいでから食べずに見守っていると、かすかに揺れたトマトの木?がもいだ場所から花芽を出し、花が咲き五分もたたないうちにまた実をつけた。見る見るうちに赤くなる。念のために、隣のピーマンやナスももいでみる。やっぱりそれほど時間がたたないうちに実が生る。
ならばジャガイモは?と上にある茎葉ごと掘ってみると、ゴロゴロと大きくておいしそうなジャガイモが10個ほど採れた。基の茎や葉がないせいか、さすがにいくら待ってもジャガイモは生えてこない。
そこで掘り返して荒れた畝を鍬でならしたあと、収穫したジャガイモの一つを穴を開けて埋めてみた。本当は半分に切って埋めるんだけど、まぁ実験だし。
しばらくして、ジャガイモを植えたあたりから小さな緑の芽が顔を出す。瞬きしているうちにぐんぐんと成長し、あっという間に元のジャガイモ畑に戻った。
これで、野菜に関して食糧難に陥らない事は分かった・・・。
麦や米の場所がそれほど大きくなかったのは、再生稼働率があまりにも速いからだろう。
もしかして、パッシブスキルのスキップってこの事なの?! でも時間短縮30%だったから、こんなに速くなるはずはない。
緑の手の+50%かな・・・? 50+30=80%、100%が瞬間に再生するのなら、見る見るうちに・・・っていうのは80%の表現なのかもね・・・。
スローライフがスローになっていない気もするけれど、エンデワースを育成するっていう創造主のお仕事もあるわけだし。何となくだけど、野菜はこのまま放置でも枯れたり腐らないような気もするし・・・。小さな事よね?(多分・・・)
開き直った後、私の行動は早かった。
一応全部の種類の野菜を収穫し(ジャガイモのように植え直さなければならない玉ねぎなんかも、種や球根を埋め直し)キッチンに運んだ。
あとから気づいたのだが、キッチンから直接畑側に行ける勝手口を発見し、次回はそこから出入りする事に決める。
さらに収穫した麦やお米は、水車小屋に運んで製粉・精米するべく石臼に入れる。
トン、トン、とリズムよく水車に合わせて棒状の杵が麦と米を搗いていく。それほど待たずに、こちらもできるだろう。
畑は合計4枚あって、植えてあったのは野菜の畑だけだった。残りの3枚は草も生えずに畝だけがきれいに並んでいる。
リアルだったら草取が大変だっただろうけど、便利だね~。
そのうち、外から此処にはない薬草とか、物置にあった種からの植物を植えることになるんだろうと思う。全部を有効に使えるかは謎だけど、連作とか転作を気にしなくて良さそうだから楽といえば楽なのだ。
不思議といえば、野菜達はお水も肥料も上げていないのに、元気に育っている。もしかしたら、土もチート仕様でお水は小川から何らかの方法で循環されているのかもしれない。
人型の地に下りた時にそのギャップに混乱しそうだけど、此処だけの仕様だと受け入れよう。女神様もおっしゃっていたじゃない、私はエンデワースの創造主なのだと。小さな手間が省ければ、エンデワースに目をかける時間も増えるだろう。そうしたらもっと発展させて、みんながより住みやすい世界にできるかもしれないし。
キッチンに運び終えてもう一度庭に出る。
先ほど野菜を運びながら見つけたのだが、物置の奥ログハウスの裏手にはベリー系の茂みと果物が実る果樹園になっていたのだ。
鍬と手袋を片づけてから、棚にあった収穫用の籠と剪定ばさみを手に果樹園に向かう。
ブルーベリーやラズベリー、ワイルドストロベリーも魅力的だったが、私の大好きな白桃を見つけた時は思わず叫んでしまった。
手近な白桃を、手を伸ばして傷つけないようにそっともぐ(一度手が届かない事に気づいて脚立を取りに行ったのは内緒・・・)。
細かい産毛に包まれた、白くてうっすら赤い白桃の柔らかい実が私の手の中にあった。
冷蔵庫で冷やしておいて、デザートで食べよっと♪
この果樹園もさっきの野菜畑にもれず、採っても採っても実が生る。
リンゴや梨やオレンジもあったが、スイカやメロンはさすがになかった。
よく誤解されるが、果物とは木に生る果実の事を言い、この分類で行くとスイカやメロンは果物ではないのだ。でもスイカもメロンも好きなので、あとで種がないか探しておこう。
調子に乗って収穫しすぎてしまい、地下室の木箱を持ってくるべきかと思案していると(重さに関してはミノタウロス級なので全く問題はない・・・20歳の女性の発言じゃないけど・・・)、家外壁の脇の辺りにドアが置いてあった。しかしやっぱり取っ手はない。これもあれかしら?
コンコンとノックするとドアが開き、石の階段が現れる。
降りてみると思った通り、地下室への外階段だった。木箱を二つ持つと外に運び出し、早速収穫した果物を入れて地下室に運び込む。白桃やベリーなどの果肉が軟らかそうな果物はキッチンへ運んだ。うきうきしながらシンクで洗ってから冷蔵庫にしまう。
気がつけば、もう夕方だった。
畑や家の周りをくまなく見て回り、女神様が私に下さった場所を把握し終えた時には、もう太陽は右手の森の中に沈もうとしていた。
慌てて水車小屋の小麦粉と精米したてのお米を集めて、袋に入れ運ぶ。
おかしい、もう少し少なかったはずなのに、増えてる気がする・・・。
小さな体に倍以上もある麻袋と布袋を背負う幼女の姿は、はたから見れば異常なのだろうが、ここには私しかいないので無問題である。
使う量だけキッチンに取り置き、残りは地下室に運ぶ。野菜などで使わない分も、こちらに運び直した。空っぽだった棚が少し充実しているのを見て、思わず笑みがこぼれる。(チートで再生するものを)収穫しただけなんだけど、チョッとした満足感でニマニマする。
今はチート野菜や果物ばかりだけど、新しいものの種を蒔いたり苗を植えたり、収穫もしなきゃだし料理もいっぱいしたい。外に出て薬草も採取して、もしかしたら狩りなんかも出来るかもしれない!!
夢は溢れんばかりだが、とりあえず満足のため息をついて立ち上がる。
「さてと、お風呂に入ってご飯食べよう~♪」
私はスキップを踏みながら、お風呂で汗を流すべく一階へと戻るのであった。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。