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変態と帰り道

 不備な点があるかもしれませんが、ご了承お願いいたします。

 また、一話から目を通してくださいます皆さんに感謝をいたします。



「それじゃあ、響野! すぐに私のゲーム持ってきてねっ!」

 俺の家の前で、風火は屈託の無い嬉しそうな笑顔を浮かべながら言う。

「……渡すのは、明日でもいいか?」

 疲れた声で頼む俺に、眉一つ動かさないそのままの笑顔で、風火は答えをくれる。

「ダメだよ響野! 私の家で山紙さんと待ってるから、すぐに持ってきて!」

「響野……。すぐに水川のゲームを持ってきて……」

 笑顔で俺の頼みを断った風火の隣で、無表情の山紙が催促をする。

「……」

「んっ? どうしたの響野? 何かやつれた表情だけど、具合でも悪いの?」

「なあ、風火? その心配するセリフと、今お前が浮かべているその笑顔が、まったくもって不釣り合いなのだが……」

「そうかな? 私にとってはびっくりするぐらい調和してるんだけどね」

 ……何で心配するセリフと屈託の無い嬉しそうな笑顔が、見事に調和するんだよ。こいつの感性はどうなっているんだ……?

 さっきほどまで変態二人に抱き付かれていた腕はすでに解放され、俺は自由になった腕を優しく撫でながら憂鬱を帯びたため息を、一つ吐く。

「ため息吐いて……どうしたの……?」

 山紙は小首を軽く傾げ、俺がため息を吐いた理由を不思議そうに訊いてくる。

「この後、一体俺の身に何が起こるのか分からないから、ため息を吐いたんだよ」

「頑張って……」

「……」

 応援をしてくれるのは嬉しいが、素直には喜べずに黙る。

「まあ、響野は私の家に来ないと、昼休みの写真を消せないからね。何があっても来る気でしょ」

「当たり前だ」

 俺はそう吐き捨てて、トボトボと目の前の自宅へと歩き出す。

すると、背後から二人の会話が耳に届く。

「私の家に響野が来たら、分け前は半分半分だからね」

「そんなの分かってる……。響野の半分をもらえるなら、ちゃんと約束は守る……」

 ……分け前って、どういう意味でしょうか? 訳が分からない……。

 俺は家まで帰る途中の下校路の出来事を、歩みを止めることなく頭の中で思い出した。


     ※※※※


 先ほどからずっと俺たちに向けられている、視線。

 視線の種類はもちろん、好奇の目と嫉妬の目。何と言っても、二人のかわいらしい女子を両手に抱き付かせて歩いているのだから、そんな目を向けられるのは当たり前だ。

 しかし、そのような目で見られるなんて言うこともキツイが、それよりもキツイのはやはり腕に抱き付く二人の変態だ。

「響野……? 響野の家って、どの辺り……?」

 無表情で訊いてくる山紙に対し、俺は呆れた表情で対応をする。

「……お前は何をすっとぼけているんだ? いつも俺のことをストーキングしているんだから、俺の家の場所ぐらいすでに知ってるだろ……」

 すると、逆方向から変態幼馴染の声が聞こえてくる。

「響野! この前貸してあげたギャルゲーのメインルート、ちゃんと攻略した?」

「貸してあげたんじゃなくて、お前が無理矢理押し付けたんだろ」

 そちらに顔を向け、俺は山紙に対応した表情のまま、ため息交じりの声で言う。

「どうでもいいよ、そんな細かいこと。それで、どうだった?」

「メインヒロインが主人公の幼馴染だったというところに、なぜかお前の人為的な策を感じたのだが……。わざとだよね?」

「うんっ、もちろんそうだよ! で、現実の幼馴染も攻略する気になった?」

「なるかボケ」

「ひどいよ、響野!」

「響野……。帰りに、響野の家に寄ってもいい……?」

「ふざけるなよ山紙。お前が俺の家に来たら、完全に俺の死亡フラグが立つだろ」

 風火に向けていた視線をストーカーの山紙に向け直し、返答を返す。

「大丈夫……。死亡フラグに入るんじゃなくて、エッチルートに入るだけだから……」

「俺にとって、お前とのそれを死亡フラグと呼ぶんだよ」

「女の子との営みを、死亡フラグって呼んだらダメだよ……。響野……」

「それはお前だけだから、安心してくれ」

「……」

 ジト目に不満を込めて俺を見つめる、山紙。

 俺と山紙のやり取りを聞いていた風火が、その会話に首を突っ込む。

「だったら、私とのルートは普通のエッチルートだね!」

「何を言っているんだお前は? 俺はお前と、そんなルートが発生しないから例外なんだよ」

「それってすごくひどいよね⁉」

 振り返って俺がそう答えると、目を見開いて驚きの表情を浮かべる風火。

 俺はその驚きの表情を見てから正面に向き直って立ち止まり、呆れ気味な口調で言う。

「……一つ、言いたいことがある」

「どうしたの、響野?」

「何……響野……」

 二人の許可を得た俺は、胸の中にしまっていた言葉を、喉を通して口から出す。

「さっきから話しづらいから、二人とも俺の腕を開放して、並んで歩いてくれないか?」

 すると、風火と山紙はいつもみたいに声をそろえて即答する。

「「やだ」」

「即答で返事を返すなら、たまには捻りを入れてくれないか? ストレートに即答されるのは、少し心にダメージを受けるから」

 即答で否定の言葉を述べた二人によって、俺の心に精神的ダメージを受けながらそうお願いをしてから、続けて理由を尋ねてみる。

「しかし、どうして二人は俺の腕を離して歩いてくれないんだ?」

 風火と山紙にそのことについて尋ねてみると、風火がその質問を疑問気な表情で繰り返す。

「響野の腕を離して歩かない理由?」

「そうだよ。何かくだらない理由でもあるんだろうが、最低でもその理由だけでも聞いておこうと思ってな」

「何を言ってるの! 女の子が男の子の腕に抱き付く理由に、くだらないものなんて一つも無いんだよっ!」

 俺の発言を聞いた風火は不機嫌に睨み、逆の方向の山紙からも同じような視線を感じる。

 だが、俺もそんな視線に気圧されていたら男として情けないので、答えを催促する。

「なら、そのくだらなくない理由を言ってみろよ」

「分かったよ、響野!」

「分かった……」

 二人は了承の返事をし、風火が先に理由を明確に言い切る。

「響野が大好きだからだよっ!」

「くだらないな」

「くだらなくないよっ⁉ ある意味、女の子からの告白だよ⁉」

「それで、山紙はどんな理由を言うつもりだ?」

「私のことを無視しないでよ!」

 風火がやかましいが、さっさと二人を離れさせるために、話を早く進める。

「私は……」

 俺に疑問をぶつけられた山紙は、ジッと俺を凝視しながら返答する。

「響野をさりげなく、私の家に拉致……じゃなくて連れて行くため……」

「不可能に近い作戦の上、堂々と物騒な単語をこぼしたよね」

「不可能じゃない……。響野を気絶……じゃなくて、眠らせれば実現する……」

「間違いを訂正しなくても、明らかに物騒な提案だよね⁉ 第一、お前が言ったさりげなく、というところを思いっきり無視してるよね⁉」

「……気にしないで」

「気にするよ!」

 無表情で言う山紙に、俺は声を荒げて返す。

 風火と違って、山紙の場合はうまくペースを掴むことができない。しかも、一方的に山紙がツッコミどころ満載の発言をかましてくるので、体力の消費も普通の会話よりも激しい。体力ケージの心配をしなくてはいけない。

「う~。無視しないでよ、響野~」

 頬を膨らませながら唸るような声を漏らし、風火は眉をひそめて文句をぶつける。

「はぁ……。何だよ風火? お前の理由は、もう聞いただろ」

「理由を聞いた関係なく、人の話を無視するのは良くないでしょ!」

「分かったよ、風火……。大人しくお前の話を聞いてやる」

「最初っからそうすれば良かったんだよ」

 風火は膨らませていた頬の空気を追い出し、俺を訴えるような目つきで見つめ言う。

「余計なことは言わなくていいから、さっさと何を言いたいのかだけを教えてくれ」

 訴えかけるような口調で言う風火に用件尋ねると、急に気まずそうな苦笑いを浮かべる。

「えっ⁉ えっ、えっ、えっと……」

「……もしかして、特に言うことは無かった、みたいなことを言うつもりか?」

「……」

 返事が無い。まるで図星のようだ。

 俺は風火を数秒間見つめた後、風火に頭突きを喰らわす。

「痛っ!」

 風火は頭突かれた頭の痛みをなだめるため、俺の腕に抱き付く手を離してから痛む頭をそっと優しく撫でる。

「ううっ、痛いよ響野……」

「だったら何か話す話題だけでも用意しておけ」

「うっ……。でも仕方がないじゃん。響野がさっき、私が言ったことを聞いてくれなかったんだから」

「お前が言うことに一々耳を傾げていたら、俺の身が持たないだろ」

「それは響野がツッコミをやり過ぎるからでしょ」

「なら、お前もツッコミどころ満載の発言を控えてくれないか?」

 俺がそう頼むと、風火は頭に両手を添えながら言い切る。

「丁重に断るよ!」

「断るなよ!」

 風火の発言に、俺は思わずツッコミを入れてしまう。

 ……このパターンは、また最悪な展開になりそうだ。

 ツッコミを入れた俺はそんなことを悟り、じんわりと嫌な汗が額をにじむ。

 できればその悟りが間違いであればいいと思いたかったが、痛む頭に手を添える風火の逆方向から、落ち着いた声が聞こえてくる。

「響野……早く私の家に行こう……」

「俺が帰る家とは違うから嫌だ」

「何を言ってるの響野……? 今度から私たちの家だよ……」

「逆に何をおかしなことを言ってるの⁉」

 声がする方に振り返り、声を乱し言う。

 すると、山紙は俺の腕から離れてポンッと手を打ち、気が付いたように言う。

「……あっ、そうだった。私たちの家は私たちで建てるから、今の私の家は私たちの家じゃない……」

「問題はそこなの⁉」

 そんな問題よりも、一層優先順位が高い問題があるよね⁉

「あっ!」

 その時、変態幼馴染までもが声を上げる。

「お前はどうしたんだよ?」

「私も山紙さんと同じで、私の家だと響野と愛を育む巣じゃない」

「お前ら本当にどうでもいいことばかり気が付くね⁉」

「褒めないでよ響野。照れるじゃん」

「うん……照れる……」

「褒めてないから⁉」

 奇想天外過ぎる二人のトークに、翻弄される俺。

 お願いですから、いいかげんに勘弁してくれませんか……。お前らと関わるのは、かなり疲れるんですよ……。

 唸り声をこぼすと同時に片手で頭を掻き、俺はそんな奇想天外な二人に言う。

「とりあえず、二人が俺の腕にくっつく理由は分かった。だけど、歩きづらいと色々と危ないから、普通に歩いてくれ……」

「響野がそう言うなら、離れてあげてもいいけど……。その代わり、山紙さんも響野から離れてよ」

「何で私も離れないといけないの……? 離れるのはあなただけでいい……」

「んっ……。だったら私も離れない!」

 山紙が無表情で俺の提案を拒否すると、賛同してくれた風火までもが心変わりして提案を拒否する。

 もちろんそんなのは嫌なので、山紙の説得を試みる。

「……山紙。お前は俺のことが好きなんだよな?」

「大好き……。今すぐ犯して結婚したいほど大好き……」

「順序がどうも変だが、そこはスルーしておこう。まあ、お前が俺のことを大好きだと言うことはよく分かった。ならば俺の身の安全と自分の身の安全を確保することは、大事じゃないのか?」

「どうして……?」

 きょとんと小首を傾げる山紙。

 よし、喰い付いたぞ。

「要するに、俺が大好きならお互いがきちんと無事じゃないとダメだろ。俺のことが大好きな山紙がいるから、今の関係があるんだからな」

「……分かった。離れる……」

 説得がうまく行き、山紙は大人しく俺の言うことを聞いてくれる。

「ちゃんと言うことを聞いてくれてよかったよ。じゃあ、風火も俺の言うことを聞いてくれるよな?」

「山紙さんが離れてくれるなら、最初に言った通り離れてあげるよ!」

 風火からも了承の返事を聞き、俺は思わず笑顔でお礼を言う。

「ああ、ありがとうな風火、山紙」

「いくらでもお礼を言ってもいいよ」

「いや、一度しか言わないし」

「遠慮しなくてもいいよ、響野。我慢は身体に毒だよ!」

「我慢ならいつでもしてるから安心しろ」

 偉そうな口調で胸を張る風火に、俺は笑いながら答える。

 二人が腕から離れてくれたことで身軽になり、俺は改めて前に進み出す。

「じゃあ、早く帰ろうぜ。今日は色々あって疲れたから、すぐに休みたいしな」

 軽くなった足を前へと送り、再び帰路を進もうとした瞬間、風火が俺の後ろからスキップ気味な足取りで前に躍り出て、歩みを停止をさせられる。

「んっ? 何だ風火?」

「響野。そう言えば、私の家までゲームを持ってきてくれるんだよね?」

「そうだけど……それがどうした?」

「ならさ、少し私の家で遊ぼうよ!」

「お前の家で?」

「うんっ! 私の家で!」

 嬉しそうな笑顔で言い切る風火。そしてその正面には、俺の疑問気な表情が作られている。

 こいつのテリトリー内に入ったら身の安全が保障できないので、断るという選択肢しかないのだが、少し疑問が残る。

なぜいきなり、そんな誘いをするんだこいつは?

俺は一人疑問に浸っていると、風火が口を開いて催促をする。

「別にいいでしょ、響野! 久しぶりに私の家で遊ぶぐらい!」

 それに関しては答えを考えるまでも無く即答で返す。

「それに対しての返事はノーだ」

「平然と即答はひどいよ……」

 その即答を聞き、ふてくされた顔をする。

「ひどくて結構。それよりも、どうしてお前はそんなことを訊いてくるんだよ?」

「ううっ……。まあ、仕方がないから教えるよ……。カードはこっちにあるし……」

 風火は意味深な発言をこぼしてから、ふてくされたような表情を普段の表情に戻す。

「久しぶりに私の家に来てくれるんだから、昔みたいに一緒に遊んだりしたいなって思ってさ」

「理由は分かった。で、今お前はカードがどうとか言ったが、何のことだ?」

 新たに出てきたその疑問を、深く考える前に答えを求める。

 すると、風火は子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべて、説明をしてくれる。

「別に大したことじゃないよっ! 響野が私の家に来て遊んでくれたら、今日広戸に用意させた写真のデータを消してあげるっていう交換条件のことだから!」

「俺にとっては大したことだよね」

「そう? 響野は私と遊ぶ気が無いんだから関係ないと思ったんだけど!」

「うぐぅ……。つまり、お前が言ったカードとは、こういうことか……」

「はて? 何のことかな?」

 無邪気な笑みでとぼける風火に、俺は唸りながらこぶしを握る。

 風火が俺に行っているのは、明らかに脅し。俺と遊ぶためだけに用意した、形勢を逆転できる強力なジョーカーカードだ。

 そんなカードを見せられてしまえば、俺は素直に飲むしかない。

「……交換条件だ。お前の家で遊んでやるから、俺の写真のデータを消してくれ」

「いいよ!」

 子供のような笑顔のまま、風火は明るく頷く。

 ……何でだろう? 風火のその笑顔に、一瞬悪魔が見えた気がする。

 そんなことを思いながら笑顔の風火を眺めていると、忘れていた存在が声を上げる。

「……私も遊びたい」

「……山紙。いきなり、俺の後ろから話し掛けないでくれ。割と心臓に悪いから」

 注意を受け、背後から声を掛けてきた山紙は俺たちの前に出てくる。

「気を取り直して……。私も遊びたい……」

「私も遊びたいって、私たちと遊びたいっていう意味?」

 疑問に思った風火が口を開くと、山紙は頷いて返事を返す。

「うん……」

「う~ん、どうしよう……」

 腕を組んで風火は悩み出したので、俺はそれに安直な結論をぶつける。

「悩むところなのか? 俺は別に大丈夫だと思うんだけど」

「響野は黙ってて」

 風火は片手の平を俺に向けて黙るように制止させ、山紙に訊く。

「山紙さん。もしも私たちと遊びたいなら、私にちゃんと協力してくれる?」

「する……」

「ならいいよっ!」

 悩んだ意味があるのか分からないが、風火は山紙を遊ぶ仲間にしてから俺に言う。

「じゃあ、早く行こうか響野!」

「はぁ……。ちゃんと消せよ、データ……」

「分かってるよっ!」

 嬉しげな口調でそう言ってから、風火が俺たちの先頭を歩き出し、それに続いて俺と山紙も歩き出した。


     ※※※※


 俺は家のドアをくぐって玄関に入った後、靴を脱いでからため息を吐き、自室のある二階へと上がる。

 今日は本当に、最悪の日だ。

 変態幼馴染である風火に自宅の鍵が渡ってしまうし、クラスメートである山紙がずっとストーカーをしていたことを知ってしまうし、嫌になるくらいに散々だ。

 そして追い打ちを掛けるかのように、帰り道の出来事。

 絶対に何か得体のしれないものが、俺に憑りついている。

 玄関でため息を吐いたというのに、俺は二階の部屋の前で、またため息を吐く。

「何で二回も、ため息を吐かなければならないんだよ……」

 憂鬱な声でそう呟き、俺は自室のドアノブを捻って唯一の安息の地、マイルームに足を踏み入れた。

 もうこの部屋から出て行きたくないというのが、ストレートな本音だ。

 だけどこの部屋に立て込んだとしても、あの変態たちは一筋縄にはいかない。

 普通ならば部屋の鍵さえ閉めてしまえば侵入は容易にはできないが、あの変態二人ならきっと、容赦なくドアを突き破るだろう。

 主に厄介なのは山紙の方で、頑丈である風火を一撃で沈めた時や、男である俺の腕力よりも圧倒的に強いところを考えれば、それを軽くやりそうだ。

 そう思うと、俺に安息の地など存在するのだろうか……?

 安息の地だと思えた場所にいるというのに、俺の身体に悪寒が走る。

 まったくもって、最悪としか言いようがない。しかも、俺がノコノコと二人の元に行けば、死亡フラグが間違いなく立ち上がる。回避ルートは存在しませんか?

 俺は肩に掛けていたカバンを床に放り、自分が現在身に着けている制服から、洋服ダンスにしまってある私服へと着替える。

 気を遣ったのか遣っていないのかは分からないが、二人は俺に着替えてから来るように命令をした。

 俺はどちらでもよかったので、何の躊躇いも無く承諾したが、何か企みでもあるのだろうか?

 まあ、あいつらからの命令だから、拒否をすれば腕一本折られる可能性があるので、拒否という選択肢は無いのだが……。

 制服から私服に着替えた俺は、自室の窓から見える風火の家を眺め、頭を掻く。

 想像はしたくないが、絶対にあいつらは何か良くないことを企んでいるのは、すでに分かっている。回避ルートがないことも、理解している。

 だからこそ、最悪な事態が起こらないように対策だけでも考えなければならない。例えば、身体中に仕込み武器を用意したり、唯一の友達である広戸をここに呼び出したり。

 仕込み武器に関しては知識が疎いのでうまくできる自信はないが、広戸をここに呼び出すという手はありかもしれない。

 俺はその案を採用し、ケータイで広戸に電話を掛ける。頼むから繋がってくれよ。

 プルルルルという電子音が鳴り、それが二回鳴り終わって三回目に突入しようとしたところで音が途切れ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

『もしもし? いきなり電話してきて、どうしたんだ響野?』

「おう、広戸か。実はちょっと、お前に頼みたいことがあるんだ」

『頼みたいこと? できるかどうかは分からないが、一応内容を教えてくれ』


「風火たちから、俺を守ってくれ」


『……』

 プツッという通話が切れる音が寂しく耳元で響き、間延びした電子音が何度も鳴る。

 広戸の奴、友達が真剣に困っているから電話をしたのに、容赦なく通信を切りやがった。何と薄情な奴だ。

 俺は不機嫌に唸ってから、もう一度広戸のケータイにリダイヤル。

 再びプルルルルという電子音が鳴り、今度は一回目が鳴ってからすぐに電話に出てくれる。

『今日はもう、僕に電話を掛けてくるな。それじゃあ切るぞ』

「待て、広戸! お前は何か誤解している!」

 俺は電話を切られまいと、必死な声で電話の向こうの広戸を呼び止める。

 すると、電話の向こうの広戸は呆れた声で俺に文句をぶつける。

『何を言っているんだ、響野。どうせ水川と山紙のことだから、授業中や昼休みみたいにお前にアタックをしているだけだろ。僕に助けを求めるな、別種のリア充』

「お前がどうして現場にいなかった昼休みの情報を手に入れたのかは知らないが、それについては詳しくは訊かない。だが、自分の命が掛かっているこんな状況で、どうして俺がリア充扱い何だよ」

 文句を言ってきた広戸に、俺は間違っている点を反論する。

 こんな状況の俺が、どうしてリア充なんだよ。風火も山紙も、見た目は普通にかわいいが、中身は生粋の変態だぞ。そんなので、本当にリアルに充実しているとでも言うのか?

 しかし、そんな俺の反論など無視して、広戸は呆れた口調のままで言う。

『結局はかわいい女の子たちとイチャイチャしているんだから、リア充扱いでもいいだろ。よかったな、響野。今日から君も、リア充組の一員だ』

「……なあ広戸? お前って、俺のこと嫌いってわけではないだろ?」

『もちろんだ。僕はお前のことは嫌いではない。財布を見つけ出してもらった恩もあるしな』

 先ほどまで呆れた口調で話していた広戸は、急に明るい声色に変わり、俺と風火に財布を探し出してもらった時のことを話す。

「なら、俺に手を貸してくれてもいいだろ?」

 そんなことを俺が言うと、広戸は急に声の色を曇らせる。

『……実はその件についてなのだが、非常に言いづらいことがあるんだ』

 電話越しに聞こえてきたその言葉に、俺は思わず小さな声で呟く。

「それは一体……?」

『それは……』

「……」

『面倒だから』

「薄々気付いていた回答ありがとう!」

 俺は電話先の広戸に、逆にお礼を言う。

 大抵こういう場合、面倒だからというセリフが王道だからな。予想は簡単に付く。

『正直、リア充である響野を助けたくはないのが本心だが、恩もあるからできる限りは助けたい。だけど、本当に面倒くさいんだ』

 謝った広戸は、余計な説明を加えて、申し訳なさそうにそう言い放つ。

「分かった、広戸」

『……』

 俺がそう言うと、広戸は沈黙を返す。

 仕方がない。

広戸は地味に面倒くさがり屋だからな。ここは無理をせずに誘わないという方法が良策だ。

……だが、俺には最悪の場合、自分の貞操が奪われる可能性がある。広戸には悪いが、俺には何とかしてでも生贄(ひろと)が必要なんだ。

「なあ、生贄(ひろと)?」

『響野? 今の発言に、違和感があったと思えるのだが……?』

「気のせいだ、気にするな生贄(ひろと)

『……とりあえず、話を進めよう。それで何だ?』

 話の道を戻してくれた生贄(ひろと)が言う通り、時間もないことなのでおふざけ無しで行こう。

 俺は一度深く息を吸って心を落ち着かせ、冷静な口調で広戸に尋ねる。

「広戸。お前は自分の友達が、大人の階段をスキップで上ったらどう思う?」

 突然の俺の質問に、電話の向こうにいる広戸は気まずそうに息を飲み、数秒経ってから返答が戻ってくる。

『……そこまでではないが、軽くイラッとくる』

「ならば、大人の階段を無理矢理スキップで上らされそうな俺のことを、助けてくれよ」

『面白そうだから、それだったらイラッとしない』

「どこが面白いんだよ……」

 面白そうだからという理由で、俺の助けを求める声を一蹴する広戸。

 こいつ、口では俺のことを嫌いではないとか言っているが、絶対に好きではない分類だよな。友達が助けを求めているのに、面白そうだからという理由で拒否したんだから。

 理解し難い理由で助けの声を流された俺は、ため息を一つ吐いてから頭を掻き、電話の向こう側にいる広戸に、諦めず助けを求める。

「広戸。これは俺の人生が係っているんだ」

『そんなこと分かってるよ。あんな二人とまともに関わったら、正直に言って人生の大半は絶望の色に染まるよ』

 当たり前なことを語るように、広戸は平然と言い切る。あいつは本当に、風火に恩を感じているのか? 迷うことなくひどいことを言ったぞ。

 まあ、今はどうでもいい。

 俺は再び、説得を試みる。

「広戸。風火に対して、お前だって色々と恨みがあるだろ」

『当たり前だよ。正直に言って、水川はトラブルメーカー何だから』

「だったらなおさら、日頃の恨みを晴らすために、俺に手を貸してくれ」

『手を貸す? あんな危険人物の前に、僕なんかか弱い人間が出て行ったら、一瞬で無残な姿になっちゃうよ』

「……」

 弱腰気味の広戸に、俺は情けない気持ちになってため息を吐く。

 何で広戸は、こんなにも弱腰なんだよ。少しは男らしく、あの二人の前に堂々と出て行ってはくれないだろうか。

「広戸……。何が嫌で、俺のことを助けてはくれないんだ?」

『死にたくないからと面倒だから』

「……。大丈夫だ。あの二人でも、さすがに殺人だけは起こさないと思うから。たぶん」

『響野? 最初の沈黙と、最後のたぶんは一体なんだ? そこに不安要素が満載なんだけど』

「細かいことを気にしたら、この世の中生きて行けないぞ」

『逆だよ。細かいことを気にしないと、簡単に騙されるよ』

 俺の言葉に、ことごとく反論を返す広戸。俺も反論を返したいが、普通に正しいところがあるから、あまり反論できない。

 しかし、いい加減に諦めてくれないだろうか。そろそろ俺も、風火たちのところに行かなければならないのに。

 俺はこの会話が最後の交渉だと思い、覚悟を決めて広戸に言う。

「どうしても力を貸してくれないのか?」

『すまない、響野』

「そうなのか……。分かった、広戸。俺は諦めて、一人で行くよ」

『……』

「時間を取らせてすまない。それじゃあ、俺は行くよ」

『……』

「じゃあな。今度は学校で会おうぜ」

『……』

「では、俺はもう行くよ。学校で会ったら、一緒に――」

『とっとと行けよ』

 ずっと黙っていた広戸は、風火の家に向かおうとしない俺に、不機嫌そうに言い捨てる。

「そんなことを言わないでくれよ。俺だって嫌なんだよ。まだ人生を楽しみたいんだよ!」

『……』

俺がこんなことを発言すると、広戸はもう一度黙り、数秒してから尋ねてくる。

『僕ができることなんて何にもないけど、本当にいいんだよね?』

「! 広戸……」

 声に力を込めて、俺は思わず広戸の名を呟いてしまう。

「お前、俺のことを助けてくれるのか⁉」

『響野がしつこく食い下がって来るから、諦めることにしたんだよ』

「ありがとう、広戸!」

『礼なんていらないよ。とりあえず、響野の家の場所を教えて。僕はまだ、響野の家の場所を知らないから』

 その広戸の頼みを聞き、俺は自分でも驚くほど明確に家の場所を教えて、電話を切った。

「……」

 俺はケータイ電話を握りしめながら、興奮の味にじっくりと浸る。

「これで、少しだけ助かる可能性が増えた……」

 興奮に浸りながら、俺は静かに声を漏らす。

 もしも広戸に断られていたら、風火たちの場所へと一人で行くことになっていたが、嬉しいことに、広戸も一緒に付いてきてくれることになった。

 だが、まだ油断はできない上、戦力不足。あと一つ、何か戦力になる武器は無いか?

 顎に手を添えて考えてみるが、良い考えは思い浮かばない。

 一つだけ。一つだけでもいいから、何か良い武器は無いだろうか? できれば、ここぞという時の一発逆転に、期待を掛けられるもの……。

 その時。俺は自室に置かれている、ある棚が視線に映った。

「……これだ。一発逆転の可能性を秘めており、十分な戦力となる武器……」

 顎に添えている手を離し、俺はその棚にゆっくりと近づき、棚からある(・・)もの(・・)を取り出す。

 これさえあれば、万が一の時に利用することができる。問題なのは、自分自身の身を切るような、精神的なダメージを受ける可能性があるということだ。

 しかし、わがままを言ってはいられない。こうするしかないんだ。

 俺は棚から取り出したある(・・)もの(・・)をポケットにしまい、風火のゲーム機を紙袋に入れて家を出ることにした。


 どっぷりと深い大きなため息を一つ吐いて、俺は目の前に建つ、一軒の家を眺める。

 俺の幼馴染である、水川風火の家。

 小学校時代を最後に、俺は目の前に建っている家には入ってはいない。

 その理由は簡単で、小学校卒業と同時に、風火が現在のような性格になったからだ。

 正直、風火が現在のようになったときは驚いた。

 だって小学校の頃の風火はここまで変態じみたことはせず、ただ一緒にゲームをしたり、録画したアニメを見たりと、普通に俺と関わってきたからだ。

 なのに、小学校卒業と同時にギャルゲーを俺にプレイさせたり、割とエロ描写のある深夜アニメを見させたりと、完全に異性を意識させることを間接的に行ってきたからだ。

 それ以降、風火の家に足を踏み入れてはいない。不用意に風火の家に足を踏み入れれば、確実にマズイ展開が繰り広げられると、察知しているからだ。

 そんなことを頭の中で考えていると、俺の背後で自転車のブレーキ音が耳に響く。

「響野、来たよ」

 俺は声の方向に身体ごと振り返り、さっき電話で話をした人物に視線を向ける。

「おお、やっと来てくれたか、広戸!」

「本当は面倒だったけどね」

 喜びのセリフに、面倒くさそうな口調で返事を返す、唯一の男友達である広戸。

 そんな面倒くさそうな広戸に、俺は笑顔をこぼしながら言う。

「面倒でも来てくれたんだろ。やっぱり持つべきものは生贄……じゃなくて、やっぱり友だな」

「今のはボケを取ろうとして、わざとそんなことを言ったんだよね?」

「そうに決まってるだろ。俺が広戸のことを、生贄なんて呼ぶわけがないだろ」

「そうだよね。響野が僕のことを、生贄だなんて呼ばないよね」

「よし、それじゃあそろそろ行くか、生贄(ひろと)

「……」

 黙り込む広戸を放置して、俺はゲーム機を入れた紙袋を片手に、風火の家へと歩き出す。

 数歩ほど足を進め、俺が扉の前まで足を踏み入れた瞬間、まるで待ち伏せをしていたかのようなジャストタイミングで、見知った二人の顔ぶれが扉を開けて出てくる。

「待ってたよっ! 響野っ!」

 嬉しそうな笑顔と声で、俺を歓迎する幼馴染。

「響野……待ってた……」

 そしてその後ろに立つ、物静かなクラスメート。

「ははは……。待たなくてもいいからな……」

 先ほど広戸に向けていた笑顔は苦笑いに変わり、乾いたような声で笑い声を溢す。

「あはは。響野が待っていなくてもいいって言っても、私はちゃんと待つよ!」

 俺が言った言葉に、風火は嬉しそうな笑顔と声の調子を維持したまま言葉を返し、さらに続けて言う。

「まあ、もしも響野が来なかったら、家に押し掛けるだけだけどね」

「それが怖いから、俺は素直に来たんだけどね」

 風火は笑顔で物騒なことを言い切り、俺はそれに苦笑いのままで声を漏らす。

 すると、さっきまで黙り込んでいた広戸が後ろから出てきて、ため息交じりの声で言う。

「……それで、響野? お呼ばれされていない僕は、もう帰ってもいいのか?」

「あれっ⁉ どうしてこんなところに広戸が⁉」

 俺の後ろから登場した広戸に、目を見開いて驚く風火。理由はたぶん、俺一人で来ると思っていたからだろう。

 しかし、一人驚く風火とは違い、一人のストーカーだけは平然と口を開く。

「長江が来ることなんて、大体の予想が付いてた……。だから想定内……」

 山紙は冷静にそう言い捨て、風火の前に出てきて俺を見つめる。

「でも、そんなことはどうでもいい……。何があっても、響野は私に連れ去られるから……」

「そういうことを、平然と言うのはやめようよ……」

 山紙は俺を見つめながら恐ろしい発言を吐き、それに声のトーンを落として俺が返すと、首を少し傾げてから訊いてくる。

「当たり前のことをただ言っただけなのに、どうしてやめなくちゃいけないの……?」

「お前にとっては当たり前のことでも、他にとってそれは当たり前じゃないからだよ」

「じゃあこれからは、その言葉を私たちにとっては当たり前のことにしよう……」

「断る。第一、そんな言葉が当たり前になったら、俺は明らかにマズイ状況になってる」

「マズイ状況……? 響野が私の物になるだけが……?」

「そうだよ」

「安心して……。私の物になった時は、そんなくだらないことは考えられないから」

「全然安心できないし、俺の考えはくだらなく無いからな⁉」

「地球の環境問題に比べたら、くだらない考え……」

「現在の俺にとっては、そっちよりも自分の考えの方が重要なんだよ!」

 さっきまでは冷静に話していたのに、いつのまにか山紙のペースに乗せられてしまい、声を荒げてツッコミを入れてしまっていた。

 俺と山紙の言い合いを見ていた目の前の風火は、「うぐぐっ……」と悔しそうにこぶしと唸り声をなぜか上げ、隣にいる広戸は呆れたため息を吐いてから質問をぶつける。

「……ねぇ、響野? 僕はもう、帰ってもいいかな?」

「ダメに決まってるだろ」

 俺は広戸に顔を向けて、ぶつけられた質問に拒否の言葉を付けて返事する。

 だが、その返事に対して広戸は頭を掻き、さらに質問をぶつける。

「じゃあ、僕に何をしろっていうんだよ? あいにく、僕には水川と山紙を説得するほどの会話術は持っていない」

「別にそんなものは必要ない。万が一の時に、二人から俺のことを守ってくれればいいだけなんだよ」

「……響野? それってすごい難題だよね? 言っておくけど僕、かなり弱いからね」

「俺が逃げられるだけの時間を稼いでくれる。それだけで十分だ」

「……」

 広戸は俺のことをジト目で見つめながら、口を閉ざす。

 ん? 何でそんな目で俺のことを見るんだよ、広戸は?

 ジト目でこちらを見る広戸をあえて放置しておき、正面に向き直って風火に言う。

「とりあえずゲームを返すぞ、風火」

 俺は片手に持つゲームの入った紙袋を、風火に数歩近づいてから差し出す。

 自分の身を真剣に案じるのならば、紙袋を地面に置いて風火に返せばいいのだが、さすがにそれは失礼だからな。一応、身代わりとなる広戸もいるし。

 差し出す紙袋を、風火はジッとまじまじと凝視してから、真顔で俺に訊いてくる。

「この紙袋……。どこに置いてたの?」

「は?」

 訳の分からない質問を突如訊いてきて思わず声を漏らしてしまうが、すぐに立ち直って間を開けずに答える。

「どこにって、俺の部屋に置いてあったやつだけど。それがどうかしたか?」

 そう俺が答えると、いきなり風火は俺の目の前まで来て紙袋を奪い取り、高らかにこぶしを天へと突き上げ、満面の笑顔で絶叫する。


「神袋きたぁあああああああああああああ!」


「神袋⁉ お前何言ってるの⁉」

 反射的に身体を後ろへと後退り、空に向かってこぶしを突き上げる風火を見つめる。

 すると、風火は突き上げるこぶしを降ろし、嬉しそうな笑顔で言う。

「神袋だよっ! 神袋っ!」

「いや、本格的に意味が分からないから! 順を追って説明してくれないか⁉」

「響野の部屋で、響野エネルギーを大量に吸収した紙袋。それが神袋だよ!」

「説明を頼んだ方だけど、そんな説明するのはやめて!」

「何を言ってるの⁉ 神袋が吸収した響野エネルギーがあれば、私はそれだけで数十回は頑張れるよっ!」

「頑張らなくていいから⁉」

「そんなことを言われても、私は頑張るよ!」

「お願いだから頑張らないで!」

 俺は先ほど山紙のペースに乗せられた時同様に声を荒げて、風火にお願いをする。

 風火が何を頑張るのかは大体予想が付いているから何も言わないが、絶対に頑張ってはほしくは無い。

 風火と共にそんなことを騒いでいると、背後にいる山紙が前へと出てきて言う。

「水川がゲームを返してもらったから、今度は私の出番……」

「私の番?」

 山紙の言葉を俺が呟くが、言葉を発した山紙は何の反応も示さず俺たちの隣を横切り、背後にいる広戸の元へと歩き続ける。

 ……広戸の元?

 俺は身体ごと背後に振り返り、歩み続ける山紙と、俺と同じく状況が分からないでいる広戸を眺める。

 ……山紙が発した言葉と、広戸に向かって歩み続ける姿。そして最初の方に言っていたある言葉。

『何があっても、響野は私に連れ去られるから……』

 すべてを繋げれば、出てきてほしくは無い結論が出てくる。


 広戸が、山紙にやられる。


 何があっても俺のことを連れ去ると言い、広戸の元に向かう。これはどう考えても、広戸がやられるオチだ。

 広戸もそれに気が付いた様子で、近づく山紙を睨んで身構える。

だが、山紙の力を知る俺にとっては無駄な行動だと理解するが、それを広戸に伝える前に勝負はつく。

山紙が地面を蹴って走り出し、迷いや躊躇いもなく、容赦のないボディブローを決め、広戸は呆気なく吹き飛ばされて地面へと転がったからだ。

「⁉ 広戸っ⁉」

 呼び掛けるが、返事が無い。まるで気を失っているようだ。

 ……いやいや⁉ ボディブローで普通気絶はありえないよね⁉

 山紙は地面に転がる広戸の襟を掴み、引きずって風火の家の庭へと放置。

「ここに置いておけば、車には轢かれない……」

 車に轢かれる心配よりも、広戸の心配をしろよ。まあ、どっちも重要だけど……。

 しかし、広戸がやられたこの状況。俺が助かる可能性は、ほぼゼロに近い。

 広戸を庭に放置した山紙は、戦場で唯一生き残った熟練兵みたいな気配を醸し出しながらこちらへと戻ってきて、言う。

「邪魔者は片付けた……。響野はどうする……? 自分で歩くか、私に抱っこしてもらうか……」

「前者でお願いします」

 俺はただ正直にお願いする。広戸の二の舞にはなりたくない。

 抵抗せずに俺が承諾してくれたことに、山紙は小さく頷き、風火は満足そうに口を開く。

「それじゃあ、早く私の部屋に行こう!」

「……はっきり言って、行きたくないのが本音だけどな」

「へぇ~、そうなんだ。だけどもう、後戻りはできないからね」

「分かってるよ……」

 風火は嫌々な感じの俺の腕を取り、倒れる広戸の近くに立つ山紙を呼ぶ。

「山紙さんも早く早く!」

「すぐに行く……」

 風火に呼ばれた山紙は倒れる広戸を見て少し考え、結論が出たように広戸のことを再度引きずって来る。

「……山紙? どうしてまた、広戸を引きずってこっちに来たんだ?」

「誰かに見られたら、面倒……」

「……」

 隠ぺい工作に、抜かりないですね……。

 その後、広戸は外から玄関へと放置場所を移され、俺は二人の変態によって二階にある風火の部屋へと連行されていったのであった……。


 このたびもお読みくださいまして、大変ありがとうございます。

 この作品は新人賞に応募した作品ですので、そろそろ物語は中盤に差し掛かり、終盤へと駆けるところまで来ました。

 しかし、もしもこの物語の最終話を掲載し、私に余裕があれば続編、または新作を書きたいと思っております。

 最後に、ここまで付き合って来てくれましたみなさま、本当にありがとうございます。

 次話もすぐに掲載したいと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたします。

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