幼馴染が変態で、クラスメートはストーカー
初めての投稿です。
修正は加えましたが、ストーリーの不備や誤字脱字などがあるかもしれませんが、その点に関してはご了承お願いいたします。
また、大変つまらない作品かもしれませんが、なにとぞお願いいたします。
ピコピコという、ゲームの入力音が寝ている俺の耳に聞こえてくる。
……おかしいな? 俺の部屋には寝ている俺しかいないはずだから、そんな音が聞こえてくるわけがないのだが……。
俺は閉じていた寝ぼけ瞼を開き、布団から起き上がって音が聞こえる方に顔を向けてみると……。
「……何やってんの、お前は……?」
自然とそう、口から声をこぼしてしまった。
なぜなら、俺が顔を向けた方向に見知った制服姿の女の子が一人、体育座りでテレビゲームをしていたからだ。
「あれっ? 起きちゃったの、響野?」
そいつは俺の名を呼び、ショートカットの髪を揺らしながら振り返って、布団から起きたばかりの俺のことをきょとんと見つめる。
「『あれっ? 起きちゃったの、響野?』じゃないからな……。お前は朝から人の家で、何をやってる……」
俺の質問に、待っていましたと言わんばかりの偉そうな表情を浮かべ、コントローラーを手に持ったまま答える。
「よくぞ訊いてくれた! 光丘響野くん。これはこの前発売された、新作の乙ゲーだよ」
「別に俺は、今お前がやっている乙ゲーなどには興味なんてないから。というか人の家に勝手に入ってきて、テレビで乙ゲーするなよ」
すると、残念そうな顔で「え~」と漏らす。
「幼馴染なんだから、別にやっててもいいじゃん」
「よくないから」
同じような表情で、また声を漏らす。
その姿を見て俺はため息を吐き、床に置いてある『一年A組 水川風火』と横に書かれたカバンにチラリと目を向けてから訊き直す。
「風火……。どうしてお前は、カバンを持って俺の家に来てるんだよ。しかも俺の了承も得ずに」
「それは私たちが、幼馴染だからだよ!」
ビシッと、俺のことを指差して、決め台詞のように言い切る風火。
さっきからこいつが言っている通り、俺と風火は幼少からの付き合い、いわゆる幼馴染という関係だ。
現在、俺の部屋で許可なくテレビゲームをしているこいつは、水川風火。
女子高校生としては、標準より小さな体型に、かわいらしいショートカットの髪型。
そして俺の部屋でお構いなしに乙ゲーをやっているこいつは、見ての通りオタクっ子だ。
小学校低学年の時から、風火と同じくオタク質のあるこいつの父母と一緒に、録画した深夜アニメを見たり、アニメキャラのコスプレをしたりとかしていたので、それの影響だと俺は思っている。
「幼馴染関係なく、いきなり人の家に侵入するのは、さすがにおかしいだろ」
「いいじゃん、いつもお互いの家に遊びに行ったりしてたんだから」
「それは昔の話だろ。俺は今の話をしているんだよ、今の話を。第一、高校生にもなって人の家に勝手に上がるのは変だろ」
俺の言葉を聞き、風火は膨れ面になって文句を言う。
「昔の話じゃないよ! 中学校を卒業する前に、何回か私が響野の家に来てるよ!」
「それはお前が勝手に俺の家に遊びに来てただけだろ。俺は小学校を卒業してから、一度もお前の家なんかに遊びに行っていない」
反論を受け、風火は小さく「うぐゅ……」と唸り、手に持っていたコントローラーを床に置いてから、少し戸惑った様子で俺に向かって言い返す。
「べ、別に、響野が私の家に遊びに来てなくても、か、関係ないから!」
「いや、普通に関係あるからな、風火……」
「そ、そんなこと関係ないよ! 幼馴染は絶対なんだよ!」
「幼馴染は絶対じゃないから、少し冷静になれよ」
何で幼馴染=絶対、という発想が出てきたのか、俺にはまったく分からない。
俺はそんな風火を見て、思わずため息を吐いてしまう。
なぜ朝起きたばかりなのに、二度もため息を吐かなくてはならない。今日はまだ始まったばかりだぞ……。少しでもいいから、俺に落ち着いた朝を提供してくれないか?
しかし、風火はそんな俺の気持ちを理解してくれずに、再び膨れ面を作って、親におもちゃを買ってもらえない小さな子供のように、不満を瞳に込めて俺をジッと見つめてくる。
本当に……。お前は子供か……?
「……分かったから。そんな目で俺を見るな、風火。別に俺の家に入って来てもいいが、今度からちゃんと俺に許可を取ってから家に来い。あと、俺の部屋で乙ゲーはするな」
俺のこれを聞いた風火は、ジッと不満そうに向けていた瞳を段々と輝かせ、嬉しそうな笑顔に切り替えて言う。
「さすが響野! 物分かりがいいよ!」
「どういたしまして……」
これ以上こいつと関わっていたら、もっと疲れそうだから、面倒なところはツッコミを入れないでおこう。朝から無駄な体力は使いたくない。
嬉しそうにそんなことを言う風火を、俺は呆れた目で捉えて、軽く手を挙げて口を開く。
「とりあえず、俺の部屋にカバンを持ってきているっていうことは、一緒に高校まで行きたいのか?」
「そうだよ! だって幼馴染だもん!」
こいつは何でもかんでも、幼馴染で片づける気か? 確かに、ギャルゲーやラノベに出てくる幼馴染は、勝手に部屋に上がり込んだり、一緒に学校まで行ったりするが……。
俺は風火から目を逸らして頭を掻き、呆れた口調で言う。
「分かった風火……。お前の望み通り、一緒に学校に行ってやる。だから一旦、お前は俺の部屋から出て行ってくれ」
「どうして、響野?」
嬉しそうな笑顔を疑問そうな表情に変えて、首を傾げて俺に理由を訊いてくる。
こいつは少しでもいいから、俺の気持ちを読み取ってはくれないだろうか。
起きてから、今日三度目のため息をこぼし、俺は風火に短く説明してやる。
「寝ていた布団を畳んで、着替えるからだよ」
「それなら、私がいてもできるでしょ? 私が出て行かなくても大丈夫じゃん」
こいつは何をほざいているんだ?
意味の分からないことを言い出した風火を、俺は少し不機嫌な声色で言う。
「お前がいたら、俺が着替えられないだろ……」
「何で? 私、響野の着替え姿見たいよ」
「……」
自分の頭を片手で抱え、俺は心の中でお願いをする。
誰かこいつを、黙らせてください。
俺のお願いは、おかしくないよね? 幼馴染が突然、俺の着替え姿を見たいと言い出したんだけど、俺のお願いは、まったくおかしくないよね?
まあ、幼馴染ファンの皆さんや、幼馴染は兄妹同然だろという意見をお持ちの方々には分からないと思うが、例えるとしたら、自分の親に「着替えるところを見せてよ」と頼まれたら、快く了承するだろうか?
現在の俺の感覚は、それに近いものだ。身内が自分の着替えを見たいと言い出したら、誰であろうと引くだろう。
俺と風火は生まれた時からの付き合いだから、ほとんど兄妹に近い関係だ。
そんな関係の奴に、着替え姿を見せてと言われれば、誰だって引く。
それに、一応こいつは異性だ。
二人っきりの部屋で俺が裸だったら、変な誤解が生まれてもおかしくはない。変な勘違いをする奴なんて、たぶんいないだろうけど……。
「? 響野、いきなり頭抱えて、どうしたの? 頭痛いの?」
「ああ、ある意味頭が痛い状況だよ。だからお前は、とっとと俺の部屋から出て行け」
「嫌だよ。だって、響野の裸見たいもん」
真顔でそんなことを言い切る、俺の目の前の変態。
さっきは着替えと言っていたのに、なぜか裸にランクアップしているのだが、俺の聞き間違いだろうか?
とりあえず、今度からこいつが変な行動をしないよう、動きを封じる何か縛るものでも部屋に用意しておくか。
俺は抱えていた片手を頭から離し、目の前の変態に質問する。
「風火は、どうして俺の裸を見たいんだ?」
自分でそんなことを、異性の幼馴染に訊くのは明らかに変態じみているが、向こうが変態なのだから、俺は別に正常だろう。
すると、風火は俺のこんな馬鹿げている質問に対し、変わらぬ真顔で迷いも無しに堂々と答える。
「響野の裸を見れば、私が興奮できるからだよ」
「……」
もう俺の部屋からじゃなくて、俺の家から出て行けよ。
変だよこいつ。変態だから変なのは分かるけど、さすがに変だよこいつ。
なぜ迷いも無く、堂々と真顔でそんなことを言える。男の俺でも、そんなこと堂々と言えないよ。
しかもさっき言った通り、一応こいつは異性だ。なのに、それを本人の目の前で堂々と言ったのだ。
俺は向き合って座る風火に、恐怖を覚え、さっと立ち上がって身構える。
「風火、頼むから俺の家から出て行ってくれ」
真顔だった風火は、かわいらしく笑いながら、俺の意見に首を横に振る。
「だから嫌だよ。私は響野の裸を見て、興奮したいし」
「一生のお願いです……。二度と俺の目の前に現れないでください……」
必死に、俺はそんなことを風火にお願いした。まあ、答えなど聞かずとも大体察している。
「響野のお願いでも、それだけは聞けないよ。まあ、私は基本的、響野のお願いなんてあんまり聞いたことなんてないけど」
そうだよ。お前は俺のお願いなんて、特定のあることをしない限り聞いていないよ。
だが、風火が俺に対してそういう態度をとるなら、俺も実力行使に出るしかない。
俺はその特定のあることをするために、自分に掛けていた布団を拾い上げて、それを風火に放り投げる。
「えっ⁉」
風火は驚きの表情を浮かべ、宙に浮かぶ布団を見上げる。
俺の放り投げた布団は宙で大きく広がり、それは都合よく風火にかぶさって、姿を覆い隠す。
「えっ、えっ⁉」
その隙に、俺は風火がプレイしていたゲーム機の元へと駆け出し、それの電源ボタンに手を添える。
「風火。お前の負けだ」
もぞもぞと風火は俺の布団から抜け出して俺の方に振り返り、息を飲んで俺を見つめる。
「きょ、響野⁉ な、何をしようとしてるの⁉」
「見ての通りだ、風火」
俺はゲーム機の電源に添えている指に力を込め、いつでも電源のボタンを押せるようにする。
「下手な行動をすれば、お前のゲームがどうなるか……。分かっているな」
「くっ……響野……」
風火はゆっくりと立ち上がり、悔しそうに歯を食いしばって声を漏らす。
「ひ、卑怯だよ……響野……。人質なんて……」
「人質じゃなくて、ゲー質だ風火」
俺はにやりと微笑みを作り、悔しそうに歯を食いしばる風火を眺める。
風火の動きを封じる、効果的な策。
それは風火の所有するゲームを、ゲー質にすること。
これが俺の言った、あることだ。
この作戦を使えば、ほとんどの可能性で風火の動きを封じることができる。風火のゲームに対する愛を利用した、効果的な手段だ。
「風火。お前がもしも俺の言うことに逆らえば、お前のゲームがどうなるか、分かっているな」
「……」
黙って俺を見つめる風火。
この様子を見る限り、風火は俺に逆らえばゲームがどうなるか、すでに分かっているようだ。
俺は静かに鼻で笑い、風火に命令する。
「お前のゲームをひどい目に遭わせたくないなら、自分のカバンを持って、今すぐ俺の部屋から出て行くんだ」
「……分かった響野。だから絶対に、絶対にその子には手を出さないで」
「ふっ、そんなこと分かっている」
風火は俺とゲーム機を注意深く見つめながら後退り、床に置いてあるカバンを拾う。
「絶対に、絶対にその子には……」
「分かったから、風火。手を出さないから早く部屋を出ろ。できれば家から出て行ってほしいけど……」
「それは嫌だよ」
即答。
こいつ、ゲー質がいること分かっているんだよな? 俺も最悪の場合以外、そう簡単にゲー質には手を出さないけど。
風火は扉を開けて部屋の前の廊下に出て、そこから扉を開けたまま言う。
「部屋を出たら、私のゲームは返してね。あと、片づける時はちゃんとセーブデータにセーブしてから電源を切ってね。データ、飛んじゃうから」
何だ、こいつ。
地味に注文が多いぞ。
まあ、風火のゲームが俺の部屋にあったら普通に邪魔な上、風火がゲームをする時に一々俺の部屋に来る可能性があるから、ちゃんとセーブして返すけど。
部屋を風火が出て行ったことを確認した俺は部屋に鍵を掛け、今日朝起きてから記念すべき四回目のため息を吐く。たぶんこれは、自己新記録更新なのではないだろうか。
「……それじゃあ、あいつも出て行ったことだし、俺も早く着替えるか」
俺は部屋に掛かっている時計を見上げて時間を確認してから、床に敷いている布団を畳んでから制服へと着替えた。
しかし、どうして朝から無駄に疲れなくてはならないのだろうか。
着替え終わった俺は、風火と約束した通りテレビゲームをセーブしてから片づけ、それとカバンを手に、一階で待つ風火の元へと向う。
俺が住むこの家は、住宅街に建つ二階建ての一軒家で、俺はその家の二階に自分の部屋を持っている。
因みに俺の部屋の隣には、一応俺の母さんと父さんの寝室がある。
だけど現在、父さんは仕事で地方へと出張しており、それに母さんが一緒に付き添っているので、どちらもいない。
昔から父さんが仕事で地方に行くことはあったのだが、まだ小さい俺がいたため、母さんは父さんに付いて行かず、俺の面倒をちゃんと見ていてくれた。
だが、今の俺は高校生になり家事などを一人でできるようになったので、母さんも安心して出張する父さんに付いて行くことができるようになったのだ。
まあ、夫の出張何かに妻が付いて行くことなどは、一般的なら少数だと思うのだが、うちの両親二人は、息子の俺が見ていても恥ずかしいほど仲が良いので、それを見ていれば母さんが父さんに付いて行くのは、大体理解することができる。
結果的に、俺の両親が二人とも家にいないので、俺は世間でいう一人暮らし状態だ。
だからと言って、俺の自由時間が多いというわけではない。
「遅いよ響野! ゲーム、ちゃんとセーブしてくれた?」
かわいげな顔を不機嫌そうにし、風火がリビングのソファに座りながら俺に問い掛けてくる。
……この変態が、ほぼ毎日家に迎えに来てるからだ。
俺は片手に持つゲーム機を風火に見せて、返事をする。
「安心しろ、ちゃんとセーブしたよ……」
俺のやる気のないその答えに、不機嫌な表情から笑顔に変わる。
「さすが響野! やっぱり幼馴染は最高だね!」
「分かったから。早く俺から、このゲームを受け取ってくれ。手が疲れてきた……」
笑顔の風火と引き換え、俺はきっと疲れた表情を浮かべているだろう。
ソファからウキウキと嬉しそうに立ち上がり、風火は笑顔のまま俺の持つゲーム機を両手で受け取る。
「ありがとう、響野!」
「あ、ああ」
風火が俺からゲームを受け取る際に、ひまわりのように鮮やかでかわいらしい笑顔を、すぐ目の前の俺に向けて、風火はお礼を言う。
……くそっ。
頭の中で俺は悔しげにそう呟き、ひまわりのような笑顔を向ける風火から顔をそむけて、適当に返事を返す。
実は言うと、ほぼ毎日見ている俺から見たとしても、風火は幼い子供のようにかなりかわいい。
小柄な体型と雰囲気に合ったショートカットの髪型に、わがままで自分の思い通りに行かないとすぐに拗ねたりする子供みたいな性格。
まあ、かわいく見えても、こいつに恋愛感情みたいなものは叩いても出てこない。昔から付き合ってきた仲もあるし、その前にこいつは変態だからだ。
俺が顔を逸らしていることに気が付いた風火は、にやりとイタズラそうににやけてからちょんちょんと俺のことを指でつつく。
「どうしたの響野? もしかして、私に照れてた?」
その風火の言葉に、俺はそむけていた顔を戻して慌てて今の言葉を否定する。
「そ、そんなわけないだろ⁉ 何で俺がお前に照れなくちゃ……」
「そうやって、むきになって否定するところが怪しいな~。諦めて素直に言っちゃいなよ。私は別に気にしないし、むしろ嬉しがってあげるから」
「黙れ、風火……」
その答えに、にやにやとにやけ顔を溢す風火。いつか覚えておけよ。この恨み、絶対に返してやる……。
そんな風火を無視して、俺はリビングの隣にある台所に入って、冷蔵庫から牛乳、食器棚からコップを取り出し、コップに牛乳を注ぐ。
「あっ、私にもちょうだい、響野!」
ゲーム機をリビングのテーブルに置いた風火は、トコトコと床を鳴らして台所にいる俺の元に寄り、食器棚からコップを取って俺に差し出す。
こいつのお願いを聞かなければ、また口論になってさらに疲れると思ったので、俺は素直にコップを受け取って牛乳を注ぐ。
「ほらよ、風火」
俺から牛乳が入ったコップを笑顔で受け取り、腰に片手を添えて牛乳をゴクゴクと、一気に飲み干す。
「もう少しゆっくり飲めよ……」
コップを口から離し、「ぷはぁ」と息を吐いて、口元に白いひげを作って子供のような笑顔で俺を指差す。
「朝と風呂上がりの牛乳は、一気飲みじゃないとダメなんだよ!」
「そんなルールなど、存在しない」
「こうした方が、おいしく牛乳を飲めるんだよ!」
「普通に飲んでも変わらないだろ」
牛乳の白いひげを作って自分の持論を言う風火を否定してから、俺は牛乳を持って食卓に歩き、食卓にコップを置いてから席に座って時間を確認する。
「七時半か。ここから学校まで、歩いて二十分だから、七時五十分頃に家を出れば間に合うな」
この前から俺と風火が通うことになった高校、私立野乃白学園。
良くも悪くもない私立の普通科高校で、この学校に入学した理由は、第一希望の学校に落ち……。
……まあ、あまりそのことは訊かないでほしい。人生、優しさが重要だ。
因みに、風火は俺より学力が少し低いのに、学力が合っていない俺と同じ学校を第一希望で受験し、案の定見事に落ちた。むしろ、俺が落ちた学校にこいつが入っていたら、確実に俺は風火の尻を蹴っ飛ばしていた。女の子関係なく。
そして滑り止めまで俺と一緒の学校を選んでいた風火は、俺と同じ学校に入学したわけだ。
しかし、本当に風火とは腐れ縁だと思う。
小学校、中学校、高校まで同じ上、クラスまでも同じ。これを腐れ縁と呼ばずに、何と呼ぶ?
そんなことを考えるより、今は朝食を食べることが重要だ。目覚ましごはんは脳を活発にさせる効果があるからな。本当はただお腹が空いているだけだけど。
食卓の中心に置いてある市販で売られている六枚切りの食パンを袋から取り出し、俺はそれを調理せずに「はむっ」と噛り付く。
その光景を見ながら風火は口元を拭ってから笑い声をこぼし、俺の正面の席に座って袋から食パンを出して噛り付く。
「何で響野は食パンを焼かずに食べるの? 焼いてジャムとか付けた方がおいしいのに」
「なら、何でお前は勝手に俺の食パンを食べているんだ?」
「それは私もお腹が空いてるからだよ!」
ビシッと食パンを片手に空いた手で俺を指差して、真剣な表情で言う風火。
パンをかじりながら俺はその指を片手で掴み、曲がらない方向に曲げてみると「痛い痛い!」と風火が叫ぶ。
指をふぅふぅと優しく息を吹き掛ける風火を見て、俺はパンをかじるのをやめ、朝は思わなかったある疑問をぶつけてみる。
「というか、今日の朝、どうやって家に入った……?」
俺のこの質問に、風火は自分の指に息を吹き掛けるのをやめて俺を見つめ、悪役のように笑ってから口を開く。
「くっくっくっ。その理由を、愚かなお前に教えてやろう……」
とりあえず、俺の正面に座る風火の脛を食卓の下で蹴り、風火はうめき声をあげる。
「ちょ、ちょっと響野。脛を蹴らないでよ。結構軽くでも痛いところは痛いんだよ……」
風火は自分の脛を撫でて、俺にムッとした表情で文句を言う。
「えー、コホン。それでは気を取り直して……」
風火はわざとらしく一つ咳を吐き、制服のブレザーのポケットに手を入れて見覚えのある鍵をそこから取り出す。……できればそんな鍵を取り出すところ、見たくはなかった。
「何で俺の家の鍵を、お前が持っているんだよ……」
食パンを片手に、自分の額に手を当てて重く感じる頭を支えてやる。食パンを手に持ちながら頭を抱えるなんて、正直人生初だ。
「今日の朝、私の家のポストに、手紙と一緒に入ってたの!」
輝くような嬉しそうな笑顔で、風火は俺にそう答える。
……何で?
風火の答えを聞き、俺は真っ先にその言葉が思い浮かんだ。
いや、おかしいだろ。
どうして風火の家なんかに、俺の家の鍵が届くんだよ。鍵の所有者である俺は、そんなことした覚えはないぞ。
だが、風火に家の鍵を送る人間がいることを、今俺は思い出した。
「……その手紙の差出人、もしかして俺の母さん……か?」
自分の額から手を離し、俺は顔を上げて目の前の風火を見つめて訊く。
俺がそう訊くと、風火は幸せいっぱいの笑顔で大きく頷く。
「うん!」
「……」
母さん……。お願いですから、あまりふざけないでください……。
思わず絶叫しそうになる。むしろもう、絶叫してもいいのではないのだろうか。
それを俺はこらえて、風火に続けて訊く。
「母さんからの手紙、一体なんて書いてあった?」
風火は「ええっと……」と言いながら鍵が入っていたポケットから、折りたたまれた一枚の紙を取り出す。
「これだよ!」
差し出すその折りたたまれた紙を受け取り、広げて書かれている内容を読んでみると、
『風火ちゃんへ。響野が家で一人寂しくしていると思うので、風火ちゃんに家の鍵を渡しておきます』
何やってくれてるの、うちの母さんは……。
まず、俺は一人寂しくないから。むしろほぼ毎日、隣人のせいで騒がしいですから。
風火は食べていた食パンを直に食卓の上に置き、腕を組んで「うんうん」と頷いてから、手紙を読んで今にでもため息をこぼしそうな俺に、明るい笑顔で言葉を掛ける。
「やっぱり、私と響野の仲はお互いの親公認の公式の仲だね!」
分かったから……。俺とお前の仲は、両親が認める公式の仲だ……。
隣人の女の子に、自宅の鍵を預けられるほどなんだから、両親公認の仲だと認めてやってもいい。
「だったら、私と響野が付き合うのも時間の問題だね!」
「お前、調子に乗るなよ」
何が、「私と響野が付き合うのも時間の問題だね!」だ。それはお互いの両親の前に、俺の了承が先だろ。
「ちぇっ」と風火は舌を鳴らし、ほんの少し頬を膨らませてから食卓に置いた食パンを再び手に持って俺を見つめる。
「そのぐらい空気を読んで、快く了承してよ」
「なぜ朝から人の部屋に不法侵入し、俺に向かって裸を見たいと変態的発言をした奴なんかと、俺は付き合わなければならない……」
そんな奴と付き合ったら、俺の身は絶対に持たない。主に精神的にだが。
しかし、もう少しおしとやかな幼馴染だったら、まだ付き合ってもいいと思えるかもしれないが……。
本当に、もう少しおしとやかになってください。
そんなことを念じてから、俺は手に持つ食パンに噛り付き、風火も食パンを食べ始める。
朝ごはんの食パンを食べていると、風火はもしも俺と付き合いだした時の将来について語りだし、俺はその発言に対して一々ツッコミを入れて否定を続けた。
これ以上朝から体力を使ったら、学校まで体力が持たないかもしれない。日はまだ上ったばかりなのに……。
朝ごはんを食べ終え、俺はもう一杯牛乳を飲んでから洗面所で歯を磨いて顔を洗い、持ってきておいたカバンを手にし、中身を確認する。
「筆記用具に……ノート、参考書……。よし、ちゃんと全部入ってる」
中身をしっかりと確認した俺は、カバンを肩に掛けて風火と一緒に家を出る。
家に鍵を掛けてから、俺は風火と並んで学校に続く通学路を歩き出し、今日の朝のことを風火に訊く。
「だけど、お前に家の鍵が届いたなら、俺のところに来る前に連絡してくれてもいいんじゃないのか?」
俺がそう風火に訊くと、歩道と車道を分ける白線の上を、風火はバランスを取るように腕を広げて歩きながら、楽しそうな笑顔で答える。
「だって響野にそのことを知らせない方が、反応が楽しいと思ったから!」
「楽しくないから。ただ、朝から疲れただけだから……」
「ほら、楽しいじゃん!」
「どこが……?」
「私が」
白線の上で立ち止まって俺の方を向き、自分のことを指差す風火。
そんな風火の頭に、俺は軽くチョップを入れる。
「ふざけるな……」
風火は叩かれたところにそっと手を遣り、そこを撫でてから笑顔で俺のことを見つめる。
「冗談だよ、響野。私は朝早くから連絡したら、響野に迷惑かなって思ったから連絡しなかっただけだよ」
「結果的に、俺に思いっきり迷惑を掛けたけどな」
「気にしない、気にしない。さぁ、早く学校に行こうよ!」
「少しは気にしろよ」
俺のその言葉を無視して、どんどん先に進んでいく風火。
本当に疲れる幼馴染だ。風火は大人しい女の子を、少しは見習ったらどうなんだ?
笑顔で白線の上を進んでいく風火の背中を見て、小さなため息を吐いて追い掛けようとした瞬間。
突然背中に、視線と共になぜか冷たい悪寒が走る。
「なっ⁉」
慌てて後ろを振り向き、背後の視線を確認するが、そこには人影などは無く、視線を送るような人物は一人もいなかった。
「誰もいない……」
それじゃあ何だ、今の視線は……?
普通の視線とはまったく違い、俺だけに集中していてネットリとする重い視線だった。
俺の勘違い……?
いや、あんな悪寒が走るほどのネットリとした視線を、勘違いするわけがない。確証はないが、絶対に誰かが見ていたと自信を持って言える。
「響野? そんなところで立ち止まって、一体どうしたの?」
先に歩いていた風火の声が、俺の耳に聞こえてくる。
俺は後ろからの視線に警戒しながら前に顔を向け、先に歩いていた風火の様子を見る。
風火は何事も無かったかのように平然としており、立ち止まる俺のことを、不思議そうに眺めている。
風火は、今の視線に気が付いていない。やはり俺だけに向けていた視線なのか。
一体誰が俺だけに、あんな視線を送ったのか疑問に残るが、とりあえず待たせている風火の元まで歩き、「すまない」と謝ってから俺と風火は再び学校へと歩き出す。
「あんなところで、何してたの?」
俺の身に何があったのか分からない風火は、歩きながら軽く首を横に傾けて、俺を見つめ尋ねてくる。
今のことを、風火に話すべきだろうか……?
こちらに顔を向けて、さっきのことを尋ねる風火の顔を見つめながら俺は考えてみる。
正直、こいつにさっきのことを報告したところで、何か解決策が見つかるだろうか?
いや、むしろややこしいことになりそうだ。
俺の幼馴染である風火は、こういう事件らしいことを耳にすると、目の色を変えてそれを調べようとするからだ。
あれは中学の一年の頃、クラスの女子が使っていた体操着が無くなってしまった時のことだ。
先生や無くしてしまった本人は、誰かが間違えて持って帰ってしまったと思っている中で、風火だけは「これは事件だ!」とやけにハイテンションになりながら学校中を駆け巡り、その無くなった体操着を探したのだ。
結局、同じクラスメートが間違って持って帰ったと発覚し、事件は一件落着になったのだが、風火はそのことに納得が行かず、その後の一週間も捜索を続けたのだ。
本当にあの時は大変だった。すでに見つかっているものを探すのだから、どこを探しても体操着は見つからず、なぜか過去に失踪した男子の水泳パンツやら、着替える時によく無くなる片方だけの裏返った靴下などが見つかった。
風火に付き合わされた俺が語るのだから、決して嘘ではない。
本当に大変だった……。ほこりまみれの掃除ロッカーの裏を探したり、変な異臭を放つ男子更衣室を探したり……。
だからその経験上、風火にこういうことを教えても逆にややこしいことになりそうなので、俺は首を傾けて見つめてくる風火に、適当に返事を返す。
「後ろから車の音が聞こえたような気がしたから、振り返ってただ確認しただけだから、お前は気にするな」
その返事を聞き、風火は「そうなんだ」と興味無さそうに前に向き直り、白線の上をまたバランスを取って歩みを続ける。
「何か面白いことだったら、楽しそうだったんだけどな~」
……とりあえず、さっきのことをこいつに知られなくてよかった。知られていたら、絶対に面倒なことになっていた。
俺はふぅ、と安堵の息を吐いてから少し遅れながら風火の隣を歩き、誰があの視線を送ってきたのかと、疑問に思いながら学校へと歩いて行った。
……あの後、俺は何度か同じような視線を背中にもらった。
そのたび振り返って視線の主を確認しようとしていたのだが、その視線の主はどうも気配を消すのが上手いようで、一瞬も姿を確認することができなかった。
そして現在、俺は自分が所属する一年A組の自席で、朝早くから風火によって無駄に消費させられた体力を、ゆっくりと回復させていた。
しかし、なぜ俺は朝から無駄に体力を使わねばならない。俺が何か悪いことをしたか?
いや、別に悪いことはしていないし、むしろ毎日面倒な幼馴染のお世話をして、周りを平和にしているのだから、逆に俺は良いことをしている。
それなのに、こんな待遇はおかしいだろ……。
ため息を一つ吐き、俺は頭を掻く。
今はその面倒な幼馴染がトイレに行っているため、俺は一人でいる。
俺が自席で一人いる理由は、正直に言って、俺には友達がまったくいないからだ。
理由は自分でも分かっている。
それは、俺自身自分から友達を作るのが苦手だからだ。
だが、決して友達が一人もいないというわけではない。
風火は俺の幼馴染だとしても一応友達だし、俺の右隣にも、一人だけ唯一の男友達がいることにはいる。
隣に目を遣って、俺の唯一の男友達を見る。
「……んっ? どうしたんだ、響野? 僕の方を向いて」
俺がそいつに目を遣ると、一時間目の授業の準備をしながら、俺に顔を向けて訊いてくる。
長江広戸。
見た目は高校男子の平均より少し小さい体格で、大人しそうな雰囲気を漂わせるが、性格は活発的で「なぜそんな情報を⁉」と思えるような情報を持っている。
友達の俺でも、はっきりとした素性が分からない奴だが、それでもこいつは、数少ない俺の友達だ。
「いや、なんでもない」
「?」
特に用があって広戸を見たわけではないので、俺は軽く微笑みながらそう答え、広戸は首を傾げて、授業の準備を再開させる。
こいつもこいつで、俺並みに友達が少ない。
理由は単純で、広戸は活発的な性格だが人見知りの部分があり、それによって自分から話し掛けることができずに友達が少ないのだ。
因みに、こいつと友達なのは俺と風火だけだ。
なぜ友達を作るのが苦手な俺と、人見知りな広戸が友達になることができたのかと訊かれれば、その理由は俺の幼馴染の風火が大きく関わってくる。
それは高校に入学して数日経ったある日のこと。
広戸がどこかで自分の財布を落としてしまい、一人困っていたところを見た風火が、俺の元まで来て「財布を探そう!」とはりきった様子で突然言い出し、俺を財布探しに巻き込んで何とか見つけた財布を広戸に返したことで、こいつとの関係が始まったのだ。
そんなことがあったためか、広戸は風火に対しては一応恩らしきものを感じており、風火の頼みにはある程度答えている。俺に対してはあまり、そんなことは感じていないようだが……。
まあ、そんなことは別にいい。
俺の数少ない、男の友達ができたのだから、気にする必要は無い。
俺は身体を休めるのをやめて、右隣の広戸を見習い、一時間目の授業の準備をすることにする。途中で風火に邪魔されたら、また体力を無駄に使いそうだからな。
廊下に設置されているロッカーに、教科書を取りに行こうと立ち上がろうと机に手を付いた瞬間、左側から通学中に感じたあのネットリして重い視線が、俺の身体にまとわり付く。
「うっ……」
思わずその視線に声を漏らしてしまい、右隣の広戸が疑問そうな様子で声を掛けてくる。
「いきなりどうしたんだ、響野?」
顔をこちらに向け、不思議そうに見る広戸。
……やはり、この視線は俺にしか向けられていない。
俺は平静を装うように苦笑いを浮かべ、疑問そうにする広戸に笑いながら言う。
「き、気にするな、広戸。立ち上がろうとした時に、ちょっと机に脚が当たっただけだから」
「そうなのか。気を付けろよ、響野」
「あ、ああ」
あっさりと広戸をごまかすことができ、俺は心の中でホッと息を吐く。
とりあえず、広戸に視線のことをごまかすことに成功した俺は、立ち上がるのをやめて座りながら机の上で手を組む。通学時とは違い、その間もネットリとした視線は、俺にまとわり付く。
この状況を、どうするか……。
通学途中に感じた視線が学校内、しかもクラスの中で感じるとは、予想にもしていなかった。
俺は視線の主を確認するため、チラリと左を向いてみると……。
セミロングで前髪に癖毛のある物静かそうな一人の女の子が、窓に寄り掛かりながら俺のことをジッと凝視していた。
……誰だろうか、あいつは。
そう疑問に思い、俺は組んでいた手を開放して片手で頭を抱えながら俯き加減になる。
まだこの高校に入学して間もないので、クラスメートの名前は全然覚えていない。
だから今、俺をジッと凝視している女の子の名前は、さっぱり分からない。
……しかし、一体なぜ俺をこんなにも見つめているのだろうか?
話し掛けてほしいのか? それとも、俺が何か変なことをしているのか?
分からない。
一体どうして俺を凝視しているのか、全然分からない。
俺がそう悩んでいると、突然目の前で、俺の名を呼ぶ落ち着いた女の子の声が聞こえてくる。
「……響野」
「……」
俺は片手で自分の頭を抱えながら声がする方に視線を遣ると、そこには先ほどからずっと視線を送っていた、あの物静かそうな女の子が膝立ちで座っていた。
「……ど、どちら様でしょうか?」
俺は変わらぬ体勢で、目の前の女の子に多少戸惑いながらそう尋ねてみる。普通は驚いたリアクションを取ったりするだろうが、これはある意味突然すぎて、もうリアクションを取るとかの問題ではなくなっている。
俺の目の前まで気配なく忍び寄ってきた女の子は、無表情で俺の質問に対して驚くような答えを付けて俺に返す。
「響野の婚約者……」
「……」
「……」
沈黙が俺と目の前の女の子に流れ、代わりにクラスのざわめき声だけが耳にBGMごとく流れる。
そんな空気が数秒間流れ、俺は頭を抱えたまま女の子を見つめて、静かに口を開く。
「お前は何を言っているんだ……?」
驚くという言葉を超えて、もう理解不能という言葉しか頭に思い浮かばない。
俺の回答を聞いた女の子は、俺から視線をまったくそむけることなく、平然と同じ答えを返す。
「響野の婚約者……」
「……」
再び沈黙が流れる。
また数秒経つと、今度は女の子が小首を傾げて自ら口を開く。
「響野の婚約者……」
「いや、それは分かってる」
頭を抱えるのをやめて、俺は目の前の女の子にそう返事を返す。
「それじゃあ……何……?」
首を傾げたまま、俺の発言の意味を尋ねてくる。
俺は思わずため息を吐き、話しを進めるためには仕方がないので、呆れながら説明する。
「俺がお前に質問したのは、お前が言ったことが聞こえなかったんじゃなくて、さっきからお前が言っているその言葉の意味が分からないから聞いているんだよ……」
「私は響野の、将来のお嫁さんになる人……」
……本当に世の中、イレギュラーだらけだ。
俺は平和的に過ごしたいと思っているのに、なぜ周りにこんな面倒な奴らがいるんだよ。こういうのは、漫画やラノベの中だけにしてくれよ……。
回復したばかりの体力を、いきなり疲労に変えられた俺は、頭を掻きながらうめき、女の子に丁寧にお願いをする。
「あなたはまず、自分の名前を名乗ってください」
「山紙海……」
静かに自分の名を名乗る、女の子。
「山紙……海……」
俺がそう呟くと、山紙はジッと俺を見つめ、俺はその目を見つめ返す。
すると、俺に見つめられた山紙はポッと頬をピンクに染め、恥ずかしそうに言う。
「そんなに響野に見つめられて……私、少し照れる……」
「照れなくていいから……」
頬をピンクに染めてそんなことを口にする山紙を見て、俺はもう一度うめいてしまう。
しかし、先ほどからこいつはずっと俺の婚約者とか言い出しているが、どういうことなんだ?
俺はゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせる。
さっきから乱射されている、山紙の予想外過ぎるとんでも発言に耐えるためには一度、気持ちを落ち着かせるしかない。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせたところで、俺は目の前で頬をピンク色に染めている山紙に尋ねる。
「さっきから俺の婚約者とか言っているが、俺はお前についてまったくもって何も知らないのだが、どうしてお前はそんなことを言っているんだ?」
そう俺が訊くと、山紙は照れてピンクに染めていた頬を元に戻して、無表情のまま予想外のとんでも発言を放つ。
「響野のことが、大好きだから……」
「……」
驚くべきカミングアウト……。
こういう発言に備えていたのだが、これはさすがに防ぎきれない。逆に防ぎきることのできる人物など、存在するのだろうか……。
とんでも発言を防ぎきれなかった俺は、机に頭を勢いよくぶつけて、絶叫しそうな思いを無理矢理何とか押し込める。
なぜ今日初めて会話をした女の子に、俺は告白をされなければならない。
いや、男なら普通、女の子に告白されれば誰だってテンションが上がるだろう。割と山紙は整った顔立ちでかわいらしいし、大人しい雰囲気はそのかわいさを際立てている。
だけど、今俺の目の前で告白してきた女の子は、通学途中にネットリとした重い視線をずっと俺に向けてきたり、話し掛けてくるなり俺の婚約者と言い出したりしたのだ。
告白されたことはほんの少し嬉しいが、その前の山紙が行った行動を見れば、告白に対しての嬉しさなどよりも、衝撃や戸惑いの方が大きい。
俺は机にぶつけた頭を持ち上げ、構えていても防ぐことができない、驚くべきカミングアウトをした山紙を見ると、山紙は俺を心配するように訊いてくる。
「いきなり机に頭をぶつけて、どうしたの……響野……?」
「逆に、どうして俺なんかにいきなり告白をしてきたのかを、お前に訊きたいのだが……」
「それは、私が響野を大好きだから……」
「結論じゃなくて、その過程を教えてくれ」
俺は唸ってから、自分の額に片手を添えながら山紙に言う。
どうしよう……。
こいつと話すの、風火並みに面倒になってきた……。
風火とのツッコミどころ満載の会話でも俺は疲れるのに、山紙のとんでも発言はそれ相応に疲れる。
すると、俺のそんな考えを無視するかのように、山紙は俺が求めた過程の部分をとんでも発言で容赦なく返してくる。
「一目惚れ……」
苦笑いを俺は浮かべ、聞きたくはないが、その言葉について詳しく訊いてみる。
「一目惚れって……。俺のどこに……?」
そして今の発した言葉に続けて、山紙は俺に追い打ちを掛けるように言葉を足す。
「響野の全部……。雰囲気、匂い、見た目、声、歩き方、髪型、存在、話し方、笑顔、その他色々……」
「……」
本当にどうしよう……。
こいつ、風火並みに変態だ。
よくよく考えてみれば、朝の通学途中にも俺のことを見ていたということは、こいつは俺のことを普通にストーキングしていたことになる。
そう考えると、一気に俺の背筋に寒気が走る。
俺の思いに気が付いていない山紙は、もう一度告白をする。
「だから私は、響野が大好き……」
俺は苦笑いを浮かべながら頬をピクピクと引きつらせ、告白した山紙を見る。
その時、タイミングが悪いことに、もう一人の変態が教室へと帰還する。
「幼馴染の水川風火! 今帰還したよ!」
山紙だけでも面倒なのに、それに相応する風火まで来てしまった。俺はこの状況下で、メンタルを保つことができるだろうか?
ウキウキと小さくスキップして、自席に座る俺の元まで風火が寄ってきて子供みたいな笑顔で口を開く。
「幼馴染の私が戻ってきて、鬼畜ゲーをクリアするぐらいに嬉しいでしょ!」
俺は憂鬱な気分に浸りつつ、額から手を離し首だけ回して風火の方に顔を向け、声のトーンを落として言う。
「クソゲーをプレイした時並みに、俺は絶望しているよ……」
「またまたぁ~。本当はゲームの新作が出てきたぐらいに、嬉しいんでしょ!」
「だから嬉しくないから……」
というか、なぜさっきから俺と風火は、こんなマニアックな表現で感情を表しているんだよ……。
「素直になりなよ、響野! ツンデレ系も好きだけど、響野はやっぱり……」
声のボリュームが落ちて、風火は俺の正面に膝立ちで座っている山紙を見つめる。
……この様子だと、今やっと山紙の存在に気が付いたのか。
風火は驚きを抑えて、首を傾げながら疑問そうに山紙に尋ねる。
「え、えっと……。ど、どちら様でしょうか……?」
「響野の婚約者……」
……。
ものすごい沈黙が俺と風火、そして先ほどからさりげなくこちらを面白そうに見ていた広戸に、沈黙が流れ、少し経ってから風火が沈黙の空気を破るように質問をする。
「な、何を言ってるの……?」
「響野の婚約者……」
言葉を失い、目を見開く風火。
山紙はどうして、思いっきり誤解を招くようなことを言う……。
目を見開く風火を一瞥してから、俺は山紙にため息交じりの声で注意をする。
「……山紙、変な説明をするな」
「別にしてない……。私は事実を言っただけ……」
「どこが事実なんだよ?」
「最初から最後まで……」
だからどこがだよ……。
正面で俺をジッと見つめる山紙に疲れた声で言う。
「お前は俺の婚約者じゃないだろ。婚約っていうのは、結婚の約束をした人のことを指すんだから、結婚の約束などしていないお前と俺は婚約者じゃない」
それを聞いた山紙は、まったく表情を変えずに俺にお願いをしてくる。
「響野……。私と婚約して……」
また、予測不可能なとんでも発言を、山紙は遠慮なく俺にかましてくる。
だけど何回かもう、このとんでも発言を喰らっていて免疫ができているので、俺はあまり驚かず、冷静にお願いを断る。
「しな――」
「絶対にさせないっ!」
俺が断ろうと言葉を発した瞬間、その言葉を遮るように風火がクラス中に聞こえるほどの声で叫ぶ。
すると、山紙と広戸、そして各グループなどでお喋りをしていたクラスメートたちの視線が一斉に風火に集まる。
「ふ、風火……?」
そう俺が風火に問い掛けようとするが、俺の声や周りからの視線をものともせずに、風火は山紙に指を差して自分の意見を主張する。
「響野は私のものだから、こ、婚約なんてことは絶対にさせない!」
「いや、俺は断じてお前のものじゃないから」
なぜいきなり、こいつはそんなことを言い出すんだよ。
俺は風火の発言を否定し、山紙はその発言に対して声を上げる。
「? どうして響野は、あなたのものなの……?」
「いや、別に俺は風火のものじゃないから」
もう一度俺は否定するが、その否定を無視して、風火は山紙の質問に対して迷うことなく言い切る。
「だって響野と私は、今までずっと一緒にいた、幼馴染だから!」
「幼馴染……」
山紙はそう呟き、ゆっくりと立ち上がって風火をジッと見つめて訊く。
「確かあなたの名前は……。水川風火……?」
風火は山紙を指していた指を下ろして、小さく頷いて首を傾げながら返事を返す。
「そうだけど、それがどうしたの?」
「ふっ……」
「⁉」
風火の名前を確かめた山紙は、初めて俺たちの前で悪い笑顔を作り、鼻で笑う。
この山紙の行動に風火は「なっ……」と驚きの声を思わずこぼして、身を乗り出すようにして、悪い笑顔を浮かべる山紙に問いただす。
「な、なんで今、鼻で笑ったの⁉」
風火は少し気を取り乱してそう訊き、山紙は悪い笑顔を崩すことなく、風火を見ながら短い答えを返す。
「所詮、幼馴染……」
「そ、それが何?」
風火は戦いに備えるかのように身構え、頬に一滴の汗を見せる。
「この言葉の意味が、あなたには分からないの……?」
「……」
身構えていた風火は急に口を閉じて黙り込み、握るこぶしにさらに力が加わる。
すると、その様子を見た山紙は悪い笑顔をやめて、口元を緩ませてある一言を身構える風火に投げ掛ける。
「仲の良い幼馴染なんて、結局は兄妹みたいで恋愛対象外……」
「ぐふっ!」
そう山紙が言った瞬間、身構えていた風火は後ろに大きくのけぞり、強烈な攻撃を喰らったかのようなうめき声を漏らす。
しかし、山紙が言ったことは、俺でも理解することができる。
俺と風火がそうであるように、仲が良い幼馴染などは確かに、恋愛感情が持てない兄妹に近い関係だ。
まあ、風火は俺と違って何らかの感情を持っているようだが、その感情は残念ながら俺には無い。
山紙に強烈な一撃を喰らわされた風火は、荒い息をしながら体勢を戻し、山紙を悔しそうに睨み付けて反撃をする。
「れ、恋愛対象として見られないが、どうしたの? 言っておくけど、幼馴染は大抵のギャルゲーだと、メインヒロイン何だからね!」
そう反撃をするも、山紙はピクリとも動じずに風火を眺め、そんな姿を見た風火はムッと身構えて睨み続ける。
お互い黙ったまま睨み合い、その間にはバチバチと火花が舞う。
下手に間に入って睨み合いを止めようとすれば、絶対にこの火花によってこんがりおいしく焼かれてしまうだろう。
そんな激しい睨み合いが行われているその時、都合よくホームルーム開始のチャイムが校内を鳴り響く。
それを聞いた俺は好機だと思い、睨み合う二人を離すために提案をする。
「二人とも、チャイムが鳴ったから、今はもう自分の席に戻ってくれ」
すると風火は、身構えるのをやめてプイッと顔を逸らして自席へと向かい、それと同時に山紙も顔を逸らして自席へと戻って行く。
クラスでは、二人の睨み合いが終わったのにも関わらず、まだ沈黙が流れている。
だが、空気の読めないクラスの担任の先生が教室に入場してきたことにより、沈黙が解かれて、代わりにざわざわとした話し声を流しながらみんな自席へと戻って行った。
二人の睨み合いはとりあえず止めたが、たぶん休み時間ごとに繰り広げるかもしれない。ああ、本当にどうして面倒で疲れる奴らが、俺の周りにいるんだよ……。
学校に来て回復したばかりの体力を使い切り、俺はため息を吐いて先生の声に耳を傾けた。
授業が始まる前に、俺はこう思っていた。
きっと、授業中だけが身体を休められる唯一の時間だと。
だが世の中そう、優しくはなかった。
俺はシャーペンを手に持ちながら唸り、左側に顔を向けると……。
風火と山紙が、激しい睨み合いを繰り広げていた。
そう、一旦治まった二人の喧嘩は、俺の左隣で再び勃発しているのだ。
理由は単純明快で、シンプル。
俺にとっては面白くないことに、風火と山紙の席は丁度隣同士だったのだ。
まず、一般的な中学校や高校と同じように机が並べられており、その中で俺は、中央の列に自席がある。
右隣には、友達が少ない広戸の席があり、俺の左隣には幼馴染と変態の二つの称号を持ち合わせる、風火の席がある。
そして運が悪いことに、その二つ称号を持ち合わせる風火の左に、ストーカーとクラスメートの称号を持つ、山紙の席があったのだ。
最初にこれを見た時、俺は「世の中なんて狂ってやがる……」と思わず呟いてしまった。
だって仲が悪い二人が、隣同士の席だなんて偶然にしてもおかしいだろ。
何だ? これは俺に嫌がらせをするための、どこかの神様の陰謀か?
……とりあえず。
この嫌がらせのような状態から目を逸らして責任を誰かに押し付ける前に、二人の睨み合いを早く止めなければならない。
そうしないと、風火と山紙の前後に座っているクラスメートたちが、二人から放たれている殺気が怖くて、授業に集中できない。
……というか、先生。
さっきから苦笑いを浮かべて、見て見ぬふりを堂々としているが……。
早く二人の喧嘩を、止めろよ!
先生からの注意が来ないことを確信した俺は、頭を掻いてから意を決し、二人の睨み合いを止めようと口を挟もうとした時、風火が山紙のことを睨みながら口を開き、小声で言う。
「私は響野とは小さい頃から一緒だから、響野のことなら何でも知ってるけど、山紙さんは何も知らないでしょ?」
何を言い出しているんだ、こいつは……?
俺は少し二人の会話に警戒し、授業よりも二人の小声で話す会話に耳を寄せる。
すると山紙は、風火を睨むのをやめずに容赦ない返事を返す。
「昔から一緒……。だから兄妹みたいな幼馴染は、相手に恋愛感情を持たれにくい……」
その発言を聞き、風火はビクッと分かりやすい反応を示し、山紙を睨み付けて歯を食いしばるが、すぐに歯を食いしばるのをやめて再び攻める。
「くっ……。だ、だけど、響野が私に恋愛感情さえ持ってくれれば、簡単に結ばれるよ」
いや、俺がお前に恋愛感情を持ったとしても、簡単には結ばれないだろ。
先ほど風火の攻撃を鮮やかに避けて反撃をした山紙は、続け様の攻撃に眉一つ動かすことなく平然と睨みながら答える。
「相手にその恋愛感情を持ってもらえないから結ばれない……。むなしい結末……」
「持ってもらえないなら、何度もアタックすればいいんだよ。そしたら絶対に、いつかは持ってくれるよ」
風火も負けずに、山紙の発言に対抗する発言をぶつける。
だが、そんな対抗する発言を言う風火に、山紙は鼻で笑ってから言葉を返す。
「何度もアタック……。それで現在、結ばれない仲良し幼馴染に至る……」
「ふぐぅ!」
さすがに今のはダメージが大きいようで、割と大きな声を出して風火はのけぞる。
すると、風火が山紙を睨んでいる時に放たれていた殺気が少し治まり、周りの空気が楽になったような気がする。
……今思ったのだが。
どちらかがこの討論に勝てば、一時的にはこの状況が治まるのではないか?
現在山紙が優勢のようだし、風火には申し訳ないが、このままいけばこの討論に山紙が勝つ可能性が高い。
だったら俺が下手に口を挟んで止めるよりも、二人がぶつかって一時的な自然消滅するのを待った方がいいのではないか?
そう考え、俺は一旦口を閉じることにして、二人の討論に耳を傾ける。
山紙のカウンターをきれいに喰らった風火は、唸りながら再び山紙のことを睨み付け、攻撃を再開させる。
「で、でも。私のアタックもいずれかは実る可能性もあるし、逆に響野の好きなものや嫌いなものが分かってない山紙さんは、ちゃんとアタックすることができないでしょ?」
その風火の言葉には、山紙も動揺したようで微かに眉をひそめる。
風火もそれに気が付き、先ほどのダメージなど無かったかのように立ち直って頬を緩ます。
マズイな……。
風火があのまま負けてくれれば、喧嘩も終わっていたはずなのに、立ち直ってしまったら振り出しに戻ってしまう。
俺は焦りを感じ、じんわりと額に汗をにじませながら、このまま長期戦にならないよう、心の中で願う。
頬を緩ました風火は、少し見下した態度で山紙に追い打ちを掛ける。
「響野のことをあまり知らない山紙さんじゃ、響野にアタックなんてできないよね。だから山紙さんよりも私の方が明らかに優――」
「身長百七十センチ、体重五十九キロ……。食べ物の好き嫌いは無し、でも特に好きなのはご飯系の食べ物……。現在、家では両親が出張中、だから今は一人暮らし状態……。お米は磨ぐことができて、隣に住んでいるあなたの家からおすそ分けや、近くのスーパーで値引きされた惣菜を買って夕食などを食べている……」
「……」
風火は黙り、クラス全体が妙な静けさを帯びる。
因みに俺は、山紙が語り出した言葉によって額を思いっきり机にぶつけて、額を机に付けたまま背筋を瞬間冷凍している。
……もう嫌だ……。
俺はもっと普通で平凡な人生を送りたいのに、どうしてこんな変態がいるんですか?
風火が喋っている途中に、山紙が口を挟んで言ったプロフィールらしきものは全部、風火以外には知られていない俺の個人情報だ。
それをなぜ、今日初めて会話をした山紙が知っている……?
できればもう、これ以上俺のプライベートが山紙に知られていないことを祈ったが、そんなことを祈ったところで、神様は俺に絶対に優しくないからその祈りを聞いてくれない。
「趣味はゲームと近所の散歩……。最近ハマっているのは『剣士と魔法使いの冒険者ギルド』というRPGジャンルのゲーム……。お風呂で一番最初に洗うところは左腕、二番目には胸辺りを――」
「お願いですからもう黙ってください……」
俺は机に付けていた頭を持ち上げ、顔を山紙に向けて言う。
さすがに勘弁してください……。
本当に山紙は、どうして俺のトップシークレットをそんなに知ってるの……。
最近俺がやってるゲームって、基本的家でしかゲームしないから、そんな情報が外に出回っているはずもないし、風呂で最初に洗うところなんて門外不出の上、いつも一緒にいる風火ですらそのことは知らない。なのに、なぜ山紙はそれを知っているんだよ。
風火と広戸、そして近くのクラスメートの視線が俺に集中する中、山紙は俺を見つめながら首を傾げて、的外れなことを言う。
「もっと響野のことを知ってるけど、もう言わなくてもいいの……?」
今日は絶対に、俺の厄日だ……。
逆に、これ以上の不幸が俺にあるとしたら、一体それは何なんだ? 誰にも知られていない俺の機密情報を、今日初めて話した女の子がさも当たり前のように知っている以上に不幸なことが、他にあるとでもいうのか?
俺の個人情報をなぜか知る山紙を見つめながら、俺はため息を吐いて口を開く。
「これ以上喋らないでください……。昼休みにでも、じっくりと話を聞きますので……」
山紙はそれを俺の口から聞くと、頬をピンクに染めてこくりと頷いて前を向いて静かになる。
風火はそんな山紙を唖然と眺めてから右隣にいる俺に向き直り、今しがた俺が山紙に言った発言について、少し戸惑った様子で風火が小声で訊いてくる。
「ひ、昼休みに、山紙さんと話すの?」
俺は疲れてやる気のない声色で、風火と同じように小声で返事を返す。
「……そうだが、どうしてお前がそんなことを訊いてくるんだよ」
「……だって山紙さん、幼馴染の私が知らない響野情報を知ってるから、響野が取られちゃうと思って……」
「取られないから……」
こめかみ部分を人差し指一本で押しながら、俺は風火の言葉にため息を吐く。
今日、何回目のため息だろうか? 今まで生きてきた十五年の人生の中で、一番多くため息を吐いた記念すべき日かもしれない。全然嬉しくないが……。
すると、俺の暗い気分が含んだため息とは裏腹に、風火は自分の胸に軽く手の平を添えて、ホッと安堵らしき息を吐いてから笑顔で言い切る。
「よかった……。これで私は、安心して響野と付き合えるね」
「俺たちは付き合ってないから、安心して俺と付き合えるとか言うなよ。変な誤解が、笑えないほど見事に生まれるから」
「何を言ってるの響野? 響野が山紙さんに取られないなら、自動的に響野は私のものになるでしょ?」
「お前も山紙を習って、もう黙れよ……」
こめかみに添えていた指を離して、俺はそう言い放つ。
風火が朝から家に来襲してきた時と同様、ツッコミに疲れた。
俺はお笑い芸人のツッコミ役でもないんだから、これ以上ツッコミをさせるなよ。
「え~。どうして私には、黙る条件として何かくれないの? 山紙さんには、響野と後でじっくり話す約束したのに」
「ふざけるな、お前はほぼ毎日俺の家に来てるだろ。しかも今日に限っては俺の家の鍵を入手するし……」
「しょうがないな、だったら我慢してあげるよ。どうせ後でいくらでも響野で遊んだり、イチャイチャしたりできるし」
「しないし、させない。第一、俺はおもちゃじゃない」
クスクスと風火は笑ってから前を向き、ずっと俺たちの会話を無視していた先生の話に耳を傾ける。
……やっと治まった。
だけど、この一時的な安息を作るために、俺は学生にとっては貴重な昼休みを犠牲にすることになってしまった。
最悪だ……。
もう二人と関わりたくないのが本音だが、約束をしてしまった以上、仕方がない。
心の底から面倒だと思っているが、とりあえず約束だけは守ろう……。
俺は回数不明のため息を一人静かに吐いてから、苦の昼休みが始まらないことを、俺に対してまったく優しくない神様に願うことにした。
この作品はある新人賞に投稿した所、見事落選してしまった作品で、読者様にこのような作品をお見せするのは申し訳ございません。
次話も出したいと思いますので、ぜひコメントをお願いいたします。