All or none:noneとall
なぜ、自分だったのか?
なぜ、他人では駄目だったのか?
もし、その答えに正答が存在しないとしたら————
TiPs〜少しだけ、先の未来:持ち得たもの、望んだもの、満たされぬ結末:菊池&少年
少年は虹色に輝くペンダントを握りしめ、大輔から距離をとった。
忘却の定めを破棄する、その唯一無二の法具———「トーチ」を胸に、少年は今一度失いたくないと願ったのだ。
そんな彼の瞳が宿す焰には、暗い影が渦巻いている。
「なんでだよ! 何で今更、返せなんて言うんだよ!
・・・・・・必要なかったんだろう!!? 自分には必要ないものだって・・・・・・なのに、何で今更!!!」
絶対に返さないと慟哭する少年に、菊池は————返す言葉が見つからなかった。
代わりに、鈴がそっと少年に歩み寄る。
「それは、あなたが持っていていいものではありません。それはあなたの運命を狂わせるものです。それを持っていては、あなたの傷は・・・・・・・」
「だまれよ、死神! 人間でもないお前に何が分かるって言うんだ!? だれが直してくれって頼んだよ? だれが消してくれなんて頼んだんだよ!!!!」
魂の管理者である鈴を前にして、少年はなお引かない。
さりとて鈴自身も同様に、定められた縛りにある。
そう、彼女とて、その身を引くことなど出来はしないのだ。
「どれだけ逆らおうと、あなたは運命から逃れられません! 私たちを退いたとしても、もっと強力で無慈悲な誰かがあなたを在るべき道に連れ戻します! ここは癒しの世界なんです! 対岸で受けた傷を癒し、新たな旅路への支度をするための優しき世界・・・・・・たとえその法具で世界を幾ばくか騙し仰せたとしても、いつか世界は歪みに気づく! そうなってからでは、あなたは・・・・・・」
「大切なものなんだよ! 無くしたくないものなんだ! 約束したんだよ! なんで分かってくれないんだよ! なんで! どうして! 誰も・・・・・・・」
木霊する願いは虚空に溶け、神秘の月下が三人へと降り注ぐ。
静かな世界で想いを振るわす誰もが、その矛盾を理解していた。
「なんでお前なんだよ! なんで俺じゃないんだよ! どうでも良かったんだろう!? むしろ奇麗さっぱり忘れたいって言ってだろうが!
それに、お前が帰ったら、お前の代わりに誰か死ぬんだろう!? 生きることに意味が無いなんて言うお前の代わりに————今を懸命に生きたいと願う誰かが、死ぬんだ!!! おかしいだろう!? なあ!? 答えろよ!? なんで! なんで、お前なんだよ!? 何で俺じゃないんだよ!? なんで、お前じゃない誰かなんだよ!? お前はそれで良いのかよ!?」
答えろよ——————いいや、応えろよ。
漂白されるだけの世界で、得たられたその答えは、菊池にさらなる苦痛をもたらした。
されど、それこそが生きるということ。
けれど、それが傷を得るということ。傷を得て、それと向き合うということ。
それが、答えだった。
応えること——誰かの想いに、応えること。
正しくないかもしれないし、それどころか、間違いだらけかもしれない。
それでも、「応える」ことが「答え」だと——————そう、想えたから。
そう、想えてしまったから。だからこそ、彼は——————
「本当にな? なんで、俺なんだろうな? なんで、お前じゃないんだろうな? なんで、慎也ってやつじゃないんだろうな! なんで、なんで、なんで、本当に俺なんだろうな・・・・・・・?」
だから、彼は、帰ることを決意したのだ。
大きな力が、運命が、世界の理が、他の誰でもない菊池大輔の生存を肯定するから————だから、そんな結末が正しいと————そう、答えるのではなく。
彼は、応えたのだ。
初めて————少なくとも、彼は「それ」を意識して、応えたのだ。
生きたいんだ・・・・・・・生きたいんだよ!
こんなにも今更になって、そう想ったんだ!——————と。
癒されるべき傷を庇う——ー失いたくないと。