伝説の編み図を編んだら、偉そうな毛玉が出てきた
三つ目の欠片を見つけたとき、私は思わず声を上げていた。
「やっと……!」
薄暗い遺跡の最奥、古い石箱の中に眠っていたのは、色褪せた羊毛紙に描かれた編み図の切れ端。五年がかりで集めた三つの欠片が、ようやく揃った。
私、リディア・ヴォーンは、しがないトレジャーハンターだ。子供の頃は体が弱く、外を駆け回ることもできずに、ベッドの中で冒険譚ばかり読んでいた。代わりに覚えたのが、編み物だった。指先だけは、誰よりも自由に動かせた。
まさかその技術が、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
拠点に戻り、三つの欠片を並べる。バラバラだった編み図が、一つに繋がった。複雑に絡み合う、見たこともない文様。これを編み上げれば、伝説の財宝の在り処が分かる――そう言い伝えられてきた、謎の編み図だ。
私は迷わず、かぎ針を手に取った。
三日三晩、寝る間も惜しんで編み続けた。文様は複雑で、何度も編み目を間違えては解き直した。ようやく編み上がったのは、深い紫と金の糸が絡み合う、見たこともない意匠のストールだった。
「これが……」
手にした瞬間、指先がじんわりと痺れるような感覚がした。嫌な予感がしないでもなかったが、ここまで来て引き返す選択肢はない。
私は、そっとストールを肩に羽織った。
次の瞬間、視界が紫の光に包まれた。
「うわっ……!」
風もないのに、部屋の空気がびりびりと震える。光が収まったとき、私の目の前には――ふわふわの、真っ白な毛玉のような生き物が浮かんでいた。大きな瞳と、小さな二本の角。まるで、ぬいぐるみ屋の店先に並んでいそうな見た目だった。
「……は?」
毛玉は、くりくりとした目でこちらを見つめ、そして口を開いた。
「やっと出られたわ。三百年、待ちわびたぞ、小娘」
声は、見た目に似合わず低く、底冷えするような響きだった。
「くっくっく……宝の在り処を示す地図だと? 愚かな。これは我を封じるための、鎖であったのだ」
「……封印?」
「左様。そしてお前は今この瞬間より、我が宿主だ。せいぜい励むがよい」
毛玉は、満足げに――いや、明らかに愉しそうに、目を細めた。
毛玉――本人いわく「アズラエル」という、随分と大仰な名だった――は、あの日から片時も私のそばを離れなかった。
「小娘、茶を淹れよ」
「私、今仕事中なんですけど」
「だから何だというのだ。三百年ぶりの茶だ、当然の権利であろう」
仕方なく淹れた茶を、アズラエルはふわふわの短い手で器用に持ち、ずずっと啜った。見た目はどう見ても愛玩用の毛玉なのに、所作だけは妙に貴族的だった。
「まずい。三百年前の茶葉の方がまだましであったぞ」
「文句があるなら自分で淹れてください」
「我に手など――見よ、この気高き前脚を。淹れられるはずもなかろう」
得意げに掲げた前脚は、たしかにマシュマロのようにまん丸で、とても道具を持てる形はしていなかった。
さらに厄介なのは、食事だった。アズラエルはフルーツしか口にしない。それも、そのへんの安物では駄目らしい。
「小娘、この林檎は不味い。もっと上質な蜜の入ったものを寄越せ」
「高いんですよ、それ」
「知らぬ。我は三百年、質の悪いものなど口にしてこなかった」
高級フルーツ店の店先で、私は毎回財布と睨めっこすることになった。今すぐこの生きたぬいぐるみを段ボールに詰めて、メルカリに出品してやりたい――そう思うことが、一日に何度もあった。
依頼の交渉中も、寝る時も、風呂に入っている時でさえ、アズラエルはどこからともなく現れては、偉そうな説教を垂れてくる。
「今日の探索、詰めが甘かったな。我が三百年前に見た遺跡ハンターの方が、まだ様になっていたぞ」
「あなたその頃、封印されてましたよね」
「うるさい。理屈をこねるでない」
道具屋でも、酒場でも、アズラエルの姿は私以外の誰にも見えていないらしい。おかげで、独り言をぶつぶつ呟く変人だと思われることが増えた。
「……このままじゃ、依頼も来なくなる」
私はため息をつきながら、かつて自分が編み上げたストールを見つめた。
あの複雑な文様を、もう一度よく思い出す。三百年もの間、この威厳ある(自称)悪魔を封じ込めていた編み目だ。ならばきっと、応用が利くはずだった。
私は夜な夜な、こっそりと毛糸を編み始めた。アズラエルの目を盗んで、拡大鏡片手に、あの日の文様を細部まで解析する。
「小娘、こんな夜更けに何をしておる」
「別に、趣味です」
誤魔化しながら編んだのは、小さな組紐――ミサンガのような形の、細い首飾りだった。あの封印の文様を、うんと縮小して編み込んである。
翌朝、寝ぼけ眼のアズラエルに、私はそっとそれを差し出した。
「アズラエル、これ、あげます」
「ほう? 我に貢ぎ物とは、殊勝な心掛けだ」
得意げに、アズラエルは自らその首飾りに首(のようなくびれ)を通した。
次の瞬間、毛玉の体がぴたりと固まった。
「な――これは……!」
「その文様、見覚えありますよね? 三百年前のと、同じものです」
「貴様、まさか……!」
アズラエルは慌てて逃げようとしたが、体は言うことを聞かないらしい。ぷるぷると震えるだけで、その場から一歩も動けずにいた。
「今日からは、対等な契約といきましょう。お茶は自分で淹れてください」
私は、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ぐ……ぬ……卑怯な手を……」
「卑怯じゃありません。あなたが教えてくれたようなものです。『この編み目には気をつけろ』って、忠告してくれていたら防げましたけど」
「そんな忠告、するはずなかろう……!」
悔しげに震えるアズラエルを見下ろしながら、私は笑った。
「これからは、二人で――いえ、一人と一匹で、トレジャーハンターを続けましょう。あなたの知識は、正直、役に立ちそうですし」
「誰が貴様などと、対等に……」
「対等じゃなかったら、その首飾り、もっときつく編み直しますけど」
アズラエルは、ぐぬぬ、と唸ったきり、しばらく黙り込んだ。
やがて、ぼそりと呟く。
「……次の遺跡は、北の山にある。三百年前、我を捕らえた連中の、隠し財宝の噂を知っておる」
「あら、素直じゃないですか」
「勘違いするでない。我が退屈しのぎに付き合ってやるだけだ」
そう言いながらも、アズラエルの毛玉の体は、心なしか誇らしげに膨らんでいた。
私は、新しい相棒(自称・対等ではない)を連れて、次の冒険へと歩き出した。
お読みいただき、ありがとうございました!
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反応がよければ、伝説の編み図と、あの毛玉のその後を描く長編版も書いてみたいと思っています。
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