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第8話:労働の意味、あるいは徒労のシステム

グリーン・ルーフ・インの「労働」は、何かを生産するためのものではない。


第三作業室と呼ばれる窓のない巨大な部屋で、オレンジ色の制服を着た宿泊客たちが等間隔に並べられたスチールデスクに向かっていた。

彼らに与えられた任務は、右の箱に入った膨大な古い書類の束から無作為に数字を拾い上げ、新しい用紙に書き写し、それを左の箱に収めること。そして左の箱が一杯になると、今度はその用紙をすべて細断機にかけ、再び右の箱から別の書類を取り出す。

始まりも終わりもない、完全な徒労のループ。


マーカス・グレイは、一段高い監視台からその光景を見下ろしていた。

延々と続く紙をめくる音と、ペンの擦れる音だけが、白昼のような照明の下で無機質に響いている。


これは、旧時代の拷問「穴を掘って埋める作業」の現代版だ。

人間の精神は、意味のない労働を強要され続けると、やがて自我の輪郭を維持できなくなる。思考することを放棄し、ただ言われた通りの動作を繰り返すだけの自動機械オートマトンへと成り下がる。それこそが、施設が彼らを「部品」として統合するための必須プロセスだった。


「クソッ……! いい加減にしろ!」


突如、沈黙を切り裂く怒声が響いた。

『447』ことジェームス・コーンが、手元のペンをへし折り、立ち上がった。かつて数々の金庫の複雑な機構を打ち破ってきた彼のプライドが、この生産性ゼロの無意味な作業に耐えきれなくなったのだ。


「なんだこの作業は! 数字を書いて、それを捨てる? なぜだ! なぜこんなことをさせる!」

ジェームスは机を蹴り飛ばし、監視台のマーカスを血走った目で睨みつけた。


マーカスは表情一つ変えず、静かに監視台の階段を降りた。

腰から黒いポリカーボネート製のスタンバトンを引き抜く。マニュアルに従い、暴動の芽は即座に摘み取らなければならない。


「447。作業に戻れ。質問は許可されていない」

「ふざけるな! 俺の頭をおかしくさせる気か! こんなことに何の意味がある!」

ジェームスが掴みかかろうと腕を振り上げた瞬間、マーカスは流れるような動作でバトンを振り下ろした。

鈍い音が響き、ジェームスの膝の裏に正確な一撃が入る。ジェームスが体勢を崩した隙に、マーカスは彼の首根っこを掴み、冷たいコンクリートの床へと乱暴に組み伏せた。


「ぐあっ……!」

ジェームスの頬が床に押し付けられる。マーカスは彼の背中に膝を立て、体重をかけた。完全にマニュアル通りの、無駄のない鎮圧術。


だが、組み伏せられたジェームスの「なぜだ」という悲痛な叫びは、マーカスの耳の奥で奇妙な反響を繰り返していた。


(なぜだ)


マーカスは、バトンを握る自分の手が、またしても微かに震えていることに気がついた。

ジェームスの問いが、マーカス自身の内側にある黒い疑念と共鳴してしまったのだ。


自分は15年間、インテイク・オフィサーとして毎日同じ受付業務を繰り返している。新しい宿泊客を迎え、名前を奪い、番号を与え、同じ台詞を吐く。

ジェームスたちがやらされている「書いては捨てる書類整理」と、自分が繰り返している「受付業務」に、果たしてどれほどの違いがあるというのか?

自分もまた、この巨大な施設の中で、意味のないループ労働を強制されている「部品」の一つに過ぎないのではないか。


その恐怖が、冷たい毒のようにマーカスの血管を駆け巡った。

もし自分が、この鎮圧の手を止めて「俺にも分からない」と答えてしまったらどうなる? 施設は、ディレクター・ハミルトンは、自分を「不良部品」として直ちに廃棄するだろう。


マーカスは恐怖を振り払うように、さらに強くジェームスの背中を押さえつけた。

「……お前に意味を求める権利はない。作業を続けろ。それがお前の存在理由だ」

マーカスの声は、自分自身に言い聞かせるように硬く、冷たかった。


ジェームスは抵抗する力を失い、うめき声を上げながら床を見つめるだけになった。マーカスが拘束を解くと、彼は這いずるようにして自分の机に戻り、震える手で新しいペンを握った。彼の目からは、先ほどの反抗の光が完全に消え失せていた。


マーカスが監視台に戻ろうと身を翻した時、斜め前の席で作業をしていた『047』——ノラ・パーカーと視線がぶつかった。

彼女の手元の書類には、無作為な数字ではなく、何かの幾何学的な模様が等間隔で書き込まれていた。彼女はペンを動かしながら、怯えを隠しきれないマーカスの顔を、哀れむように見つめていた。


壁の奥で、低い呼吸音がまた一つ鳴った。

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——では、あなたが読んでいるこれは、何回目だ? そして、あなたは気づいているか。 あなたが読み始めた時、 施設全体が「一度、呼吸」したことに。
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