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第7話:食堂の沈黙、あるいは感情の反逆

グリーン・ルーフ・インにおける「食事」は、栄養を摂取し、施設という巨大な機械の部品を維持するための給油作業に過ぎない。


白昼のような照明の下、数百人の宿泊客たちが長机に向かって座っている。彼らの前には、プラスチック製のトレイと、完全に計算されたカロリーのペースト状の食事、そして規格化された一杯の水が置かれている。

この空間を支配しているのは、スプーンがトレイを擦るプラスチックの乾いた音と、咀嚼音だけだ。


会話は一切許されない。視線を交わすことすら禁じられている。

壁に埋め込まれた監視カメラと、死角なく配置された指向性マイクが、少しでも言語の形を成した音波を拾えば、即座に銃眼から電流が放たれる。


マーカス・グレイは、食堂の隅にある監視台から、その完璧に統制された沈黙を見下ろしていた。

彼らが並んで食事をとるこの風景は、養鶏場のケージを思わせる。数日前までそれぞれ異なる人生を歩み、異なる言語で笑い、怒り、愛を語っていた人間たちが、今や同じオレンジ色の制服を着て、ただ黙々と餌を飲み込んでいる。


視線が、長机の端に座る『892』——サラ・ヴァレンティナで止まった。


麻薬密売組織のボスとして、かつては最高級のワインとフルコースを嗜んでいたであろう彼女は今、味のない灰色のペーストを木製スプーンで掬っている。

彼女の手は止まっていた。

スプーンを見つめたまま、微かに肩が震えている。


やがて、彼女の頬をひとすじの透明な滴が伝い落ちた。

それは無音だった。嗚咽を漏らすことすら、ここではペナルティの対象となることを彼女の生存本能が理解していた。

滴はプラスチックのトレイに落ち、小さな染みを作った。たった一滴の涙。しかしそれは、規格化されたこの空間において、あまりにも生々しい「人間」の痕跡だった。


マーカスは、マニュアルの「異常行動」の項目を脳内で検索した。

『沈黙を破る者、食事を拒否する者は懲罰対象とする』。

しかし、彼女は声を出していない。そして、震える手で再びスプーンを口に運んだ。ルールは破られていない。マーカスはそれを「無視」することを選択した。いや、インテイク・オフィサーとして、感情の露露などという非効率な現象には介入すべきではないのだ。


そう自分に言い聞かせたはずだった。

しかし、監視台の手すりを握るマーカスの右手は、彼自身の意思に反して微かに震えていた。


(なぜ、俺は動揺している?)


ただの涙だ。人間が絶望した時に流す、塩分を含んだただの水分。15年間、ここで数え切れないほどの絶望を見てきたはずではないか。

それなのに、サラのその無音の涙を見た瞬間、マーカスの胸の奥底で、固く結ばれていたはずの何かが軋みを上げた。心臓が、施設の低周波パルスのリズムから外れ、不規則な拍動を始めている。


痛覚にも似たその感情は「共感」だった。

人間が人間であることの証。この施設が最も忌み嫌い、徹底的に削ぎ落とそうとしているノイズ。


マーカスは怯えた。サラの悲しみにではない。自分の中に、まだその「ノイズ」が残っていたという事実にだ。

もしシステムが、あるいはあのディレクター・ハミルトンが、自分のこの微かな震え——感情の復活——を感知したらどうなるのか。自分は監視者としての適性を剥奪され、あのオレンジ色の列に並ばされるのか。いや、それ以上の「処理」が待っているのではないか。


冷や汗が首筋を伝う。

ふと、視線を感じて顔を上げると、数メートル先の席で『047』がスプーンを口に運びながら、こちらを真っ直ぐに見つめていた。


ノラ・パーカー。

彼女の目は、マーカスの右手の震えを、そして彼の内側で静かに広がる恐怖の波紋を、一ミリの狂いもなく計測しているようだった。

『システムが綻び始めたわね、マーカス』

沈黙の食堂の中で、彼女のそんな声が脳内に直接響いた気がした。


壁の奥で、低い振動音が鳴る。施設が、マーカスの動揺を不審がっているかのように。



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