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不思議なクリスマスカード  作者: 地野千塩


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わたしを強めてくださる方

 暗い部屋に閉じ込められていた。光も何も見えない。


「助けて!」


 何度も壁を叩いても、誰も助けに来ない。息もできなくなってくる。このまま死ぬのだろうか。


「はっ!」


 目が覚めた。どうやら悪夢だったらしい。死んでないが、目覚めは最悪。真野正志、二十四歳。こんな大人になっても、子供みたいに悪夢を見るなんて。


 とはいえ、いつまでもベッドの上でぐずぐずできなく。今日も仕事だ。正志は起き上がると、悪夢のことは忘れ、慌ただしく身支度を整える。


 今日はYouTubeの動画撮影、新作の雑誌取材、新作ドラマの打ち合わせなどスケジュールぎっしりだ。そう、正志の仕事はアイドル。去年までは事務所に冷遇され、全く売れなかったが、先輩が不祥事を起こし、穴埋めの仕事をこなしていたら、じわじわと人気が出てきたところ。この波を逃すまいとマネージャも仕事を入れているし、今日も睡眠時間は三時間ぐらいだろうが、それでいい。あんな悪夢を見るよりは。


「正志くんはとてもストイックな性格に見えます。何かプライベートで気をつけていることある?」


 取材の仕事でそんな質問も受けた。


「そうですね。食べるものも気をつけて、早く寝ています」


 嘘ばっかりだと思う。最近は睡眠時間も少なく、悪夢まで見るほどだったが、完璧なアイドルを演じていないと。事務所がそういうキャラクターを作っていたし、ファンの期待も強い。


「そっか。やっぱりストイックだね。ちなみにクリスマスはどう過ごす予定? もうすぐクリスマスだね」

「なぜかちょうどオフなんですよね。マネージャーも偶然って言ってたけど、まあ、台本読んでファンレターを読んでいると思います」

「本当にアイドルの鑑だね。クリスマスにまでファンレター読むとか」


 これも嘘ばっかり。本当は一日中ゲームかアニメ三昧しようかと思ったが、日本には言霊という文化がある。正志の母はオカルト大好きで、言ったことが現実になると信じていた。


 正志はそんなの信じていなかったが、タワーマンションの広い部屋にいても持て余し、結局、ファンレターの束を持っていた。事務所から段ボールでまとめて送ってくるもの。アンチからの嫌がらせの手紙もあるそうだが、そういったものは省かれている。


「ほぉ……」


 ファンの熱心な手紙を読むと、その熱量にちょっと引く。応援されているのは嬉しい。それでも、この子たち、来年、再来年、ずっとファンでいてくれるだろうか。


 ただでさえ、苛烈な競争がある業界だ。不祥事を起こした先輩も心療内科に通っていたと聞く。先輩の気持ちはわかる。自分の人気、いつまで続くんだろうか。


 なぜかあの悪夢を思い出す。ファンレターもたくさん貰い、華やかな場所にいるのに、不安。いつ沈没するかわからない舟に乗っているような気分で。


 容姿やスタイルを褒められても、嬉しくない。何度も言われているし、年老いた日も考えてしまう。若さが無くなった時、自分には何が残るのか。人気は絶対的じゃない。人の評価はコロコロ変わる。基準がない。軸がない。ゆらりと足元がふらつく感覚に襲われてしまう。


「何だ、これは?」


 不安に飲み込まれそうになった時、ファンレターの中に妙なものが混ざっているのに気づく。それはクリスマスカード。ゴールドカラーが派手な色合いだったが、他のファンレターだって華やかだ。奇妙なのは書かれている内容だった。


 わたしを強めてくださるお方のおかげで、わたしには全てが可能です。

 フィリピの手紙 四章十三節より。


「は? これ、ファンレター?」


 なのに送り主の名前がない。通常、こういったファンレターは捨てられるはず。


 正志は首を傾げる。確かにファンレターにも「正志くんのおかげで勉強を頑張れた」とか「正志くんを見てるからめんどくさい家事も頑張ってる」という言葉は見たが。


「すべてが可能? ちょっと言い過ぎ?」


 とはいえ、悪意はなさそう。どうせファンの子が何か手違いで送ってきたものだろう。


 そう納得したが、お腹が減ってきた。気づくともう夕方だ。デリバリーでもいいが、今日はクリスマスで混んでそうだったし、近所のコンビニまで行くか。


 コートを羽織り、サングラスとマスクをつけてコンビニへ向かう。


 そう言えば今日はクリスマスだった。街路樹はイルミネーションでチカチカしてる。カップルも多い。コンビニもチキンやケーキばっかりだったが、適当にそれを買って外に出ると、どこかから歌声が聴こえてきた。


 誰だろうか。クリスマスのイベントで誰かが歌っているのだろうか。女の低めな歌声だったが、妙に耳についてしまう。


 歌声がする方へ吸い寄せられると、広場でストリートミュージシャンが演奏していた。広場にはクリスマスツリーもあり、カップルや子供連れなどで賑わっていた。残念ながらストリートミュージシャンの歌声を聴く人は少なそうだったが、正志の身体は動けなくなった。


「わたしを強めてくださる方のおかげで〜♪」


 歌詞があのクリスマスカードと同じ?


 どういうことだ?


 ストリートミュージシャンは芸能界では見ないタイプ。若い女だったが平凡でオーラのかけらもないルックスだ。おそらくアマチュア。なぜ、あのクリスマスカードと同じ言葉を歌ってるのか?


 しかも他の歌を聞くと、Jesusとか神様という歌詞も歌ってる。これって讃美歌か。そういえば今日はクリスマスだ。別に讃美歌を歌っていても不自然じゃないが、どうもこのストリートミュージシャン、芸能界の連中と雰囲気が違う。


 アマチュア臭いといえばそれまでだ。実際、技術もオーラもない。平凡な雰囲気だったが、歌っている時の目が違う。自由で子供みたい。生き生きしてる。この人、何かが違う。


 気になってしまう。彼女の前から動けない。


 こんな目、絶対できない。正志がステージに立つ時、「自分を見て」と自己顕示欲を高めてパフォーマンスするが、このストリートミュージシャンにはそれがない。むしろ自分より「誰か」を見てほしいと言っているみたいで。


「良かった」


 演奏が終わると、正志は素直に拍手した。拍手をしているのは正志だけだったが、ストリートミュージシャンははにかむ。


「ところで、『わたしを強めてくださる方』って誰なんですか? 一体、君はなんで歌っている時、そんな楽しそうなんだ? 自己顕示欲ってないの? 自分を見てって思わないの?」


 疑問が溢れて止まらない。この女性には自分にないもの全部持っていそうで、ちょっと焦る。正志の指先、ちょっと震えていた。


 女は戸惑い、 口をモゴモゴさせ、質問に答えてくれなかったけれど。


 気づくともう夜だ。雪も降ってきた。ベタっとした関東らしい雪だったが、その白さは夜空に浮いてる。まるで光みたいだ。


 あのクリスマスカードも気になる。どういうことか全部知りたい。それなのに、女は答えない。自分でその答えを見つけて欲しいという。


「ま、明日も明後日の毎日ここで歌ってるから来てみる? ヒントだけなら私もあげられるよ?」


 とりあえず、またこの歌を聴きに行こう。答えはまだわからないが気になって仕方ないから、もう悪夢のことなど忘れてしまっていた。

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