自分を責めないで
最近、何をやっても疲れる。雲井聖良、十四歳。自室の机に向かって勉強するが、ため息しか出ない。
今日は日曜日。クリスチャンの聖良は教会に行ってきた。今はクリスマス時期なのでツリーやリースも飾られ、老人ばかりの教会でも浮き足立っていたが、聖良は楽しくない。
肩に力が入り、なんか他人を裁いてしまう。喫煙や飲酒をしているクリスチャンがいるとモヤっとするし、同じ教会でも旦那さんが未信者だったり、子供がニートの人がいて、さらにモヤモヤ。それらは別に聖書ではっきりとNOとは書いていないが、余計に何か割り切れない。
「はあ、私だって我慢して優等生やってるのに」
そう、聖良は優等生だった。成績もトップだし、先生受けもよく、見た目の雰囲気も優等生そのもの。
そしてモヤモヤを抱えたまま、翌日も学校へ。期末テストの結果も返ってきた。満点の教科もあったが、英語や数学は何問かミスしていた。
「惜しいな、雲井。この問題も正解だったら、満点だったのに」
先生も悔しがっていたが、僅差で学年トップも逃してしまう。
こんなのは初めてだ。学校からの帰り道、さらにスッキリしない。
唾を吐き、タバコを捨てているおじさん、ぶつかっても謝りもしない若者、しつこく保険勧誘しているおばさんなど、全員マナー違反じゃないか。最近はインフルエンザも流行っているのにマスクをしていない人もムカつく。自分は息苦しくても我慢してマスクをしてマナーも守って優等生やっているのに。
そんなモヤモヤを抱えたまま、自宅につくと、郵便受けにチラシが溜まっていた。これも腹立つが、一応全部引き抜くと、パサっと何か落ちた。
「何これ? クリスマスカード?」
拾い上げてよく見ると、赤と緑のクリスマスカードがあった。デザインは綺麗で紙質もいいが、送り主の名前がない。しかも聖書の言葉が引用されてる。
ルカの福音書 6:37より
人を裁くな、そうすればあなたも裁かれない。
人を責めるな、そうすればあなたも責められない。
人を赦せ、そうすればあなたも赦される
「何これ……?」
正直、今はあまり見たくないことば。聖書は神様から人へのラブレターと言われているが、全部が甘く優しいわけじゃない。時には人間の成長を促すことばもある。聖良の両親もクリスチャンだが、そういうことばこそ必要と言っていたが。
正直、目を逸らしたいことばだったが、急に眠気が襲う。目の前が真っ白になり、白昼夢のようなものを見ていた。
「何これ?」
ふわふわとした雲の上にいた。ここは天国か。意味がわからないが、目の前にもう一人の星良がいた。
「は?」
何これ、ドッペルゲンガーか。しかしもう一人の聖良は容赦しない。
「なんで数学も英語も満点逃したの? 学年トップから落ちたじゃん!」
成績について詰めてきた。そ目は怒りに燃え、声も低い。
「どうして体重も増えているの? こっそり夜、お菓子食べているね?」
一昨日の夜、隠れた食べたお菓子についても知ってる?
「それに何で真面目で立派なクリスチャンにもなれないの? 賛美リーダーのイケメンハーフにドキドキしている事、私、知ってるんだけど?」
そんなことまで責められ、聖良は何も言い返せない。
「どうして完璧にできないの!?」
「そんな……」
さらに詰められ、聖良は泣いてしまう。そうだ、人を裁いてもいたが、自分で自分を一番責めていたことに気づいてしまう。
優等生なんて嘘。本当はできていない部分、山ほどあった。表面は取り繕っていたが、本当の自分はよく知っている。全然完璧じゃない自分。
「わぁ……。もう星良、責めないで」
気づくと、目が覚めた。元の世界に戻ってきたらしいが、手の中にはあのクリスマスカード。
聖書のことばも見つめ、声が出ない。十二月の風の冷たさが余計に沁みてきた。
きっと他人にモヤモヤしてしまうのも、自分で自分を責めていたせい。心理学でも我慢している人の方が他人に攻撃的になるらしい。父から聞いたことがある。
それに神様はダメダメな星良もよく知ってる。それでも許してしてる。そう思うと、自分で自分を責めること、急に虚しく思えてきた。
「もう優等生やめよっかな? っていうか元々優等生じゃなかったっぽいし……」
このクリスマスカード、誰が送ってきたのかはわからない。両親かもしれないし、教会の人かもしれない。
「もしかして、神様?」
そんな気もする。だったらもう、我慢して優等生やって、挙句自分を責めるとか、バカバカしくなり、肩の力が全部抜けてしまった。




