求めよ
探しもの、いつも見つからない。
「あれ? あの本、どこいったか?」
若馬公太、現在、仕事で使うマーケティングの本を探していたが、見つからない。
メガネをかけた顔は知的そうに見える。三十一歳だったが、昔から落ち着いた雰囲気で、「博士」とか「教授」というあだ名をつけられていた。女性受けも皆無。結婚相談所に登録していたが「おじいちゃんと話しているみたい」だと断られたばかり。
これでも必死に年収をあげ、仕事も頑張っていたが、どうも物を無くしやすい。時々、財布も落とす。今も自宅で本棚を漁っているが、目当てのものが出てこない。
「ないな。ないなー。AIで本を管理するってできるっけ?」
焦りつつ、本棚の中身を出すが、全然出てこない。
もう冬だ。クリスマスが近いというのに、汗も出てくる。一体、目当てものはどこにあるのか。結局、探しものは見つからない運命なのか。
そう思った時だ。足元で積み上げていた文庫本が崩れた。
正直、なぜこんな時に……。イライラしてしまうが、文庫本を元に戻していると、妙なものが見つかった。
それはクリスマスカードだった。赤と緑のデザインが派手だ。紙質はちゃんとしている。サイズも手の平サイズで、一見なんの変哲もないが。
奇妙な部分が二つある。一つは送り主が不明なところ。もう一つは言葉が刻まれている点だった。
マタイ 7:7
求めよ、そうすれば与えられる。
探せ、そうすれば見つかる。
「って何? これ、もはや聖書か? 求めよ、さらば与えられん……?」
公太は本を乱読していた。聖書も少し読んだことがある。宗教に関心があるというよりは一般教養をつけるためだ。職場では外国人も多いし、何か会話のきっかけになるかわからない。知識だけはなんでも吸収していたので、聖書のことばを見ても違和感はない。
探しものをしている自分に何かヒントを与えているのか。そんな気もしてくる。
誰が送ってきたのか不明だ。そもそもなんで自宅に紛れ込んでいるかも謎だった。外国人の同僚から貰った可能性もあったが、とにかく落ち着こう。
深呼吸し、このカードを見つめていると、探しものが見つからない前提を持ちすぎていたのかもしれないと気づく。
「そうか。ない、ないとか言いながら探しているからか?」
視野も狭くなっていたのかもしれない。もう一度、足元の本棚からチェックしていくと……。
「あ、あった!」
あっけなく見つかった。ないという前提を取り払った途端、視野も広くなったらしい。
「そうか。ちゃんと求めないと探しものって見つからないのか……」
他にも心当たりがある。高校生の時、遺跡発掘や図書館司書など自分の好きなもののバイト求人だけ見て、何も見つからない時があった。
買い物中も、本当にスニーカーが欲しいのに、目移りし、サンダルを探してしまう時もある。
婚活だってそうかもしれない。将来のパートナーを探しているのに、恋人を探す感覚でいるから、見つからなかったのか。
「そうか……」
再び、このクリスマスカードを見つめる。探しものが見つからない時は、絶望感でいっぱいだが、自分が何か間違えているケースが多いかもしれない。逆にいえば、ちゃんと求めれば見つかるのか?
「ま、婚活も頑張ってみるか……」
諦めるのはまだ早いかもしれない。




