落下
目を覚ますと僕は、僕が暮らしているマンションの屋上の、柵の向こう側にいた。
一歩踏み出せば、落ちる。
そんな場面だった。
しばらく考えて、思う。
僕は今、落下死をしようとしている…?
でもどうして?
どうして今日死ぬつもりだったんだ?
そもそも、どうやってここまで来たんだっけ。
わからないことだらけだ。
でもきっと、死にたい衝動が僕にはあるのだろう。
だからここにいるんだ、きっと。
そう思った刹那、体が前へ傾いくのに気づいた。
死ぬ前の心の準備ができていなかったが、僕の脳は死ぬことを決心していたらしい。
そのまま抵抗もできず、頭を地面に向けながら、僕は落ちていく。
マンションの壁、自分の部屋を過ぎる。
すごいスピードで落ちていく。
だが、心は落ち着いていた。
なんなら少し興奮しているし、瞳は景色を楽しんでいた。
さっきは死にたい衝動に突き動かされ、怖かったはずなのに。
気がつくと、僕は空中で腕を広げていた。
鳥のように、蝶のように。
ジェットコースターの下り坂で、持ち手を離すかのように。
手で風を切りながら落ちていく。
耳に風を切る音が激しく流れ込む。
そして、もう間も無く地面だ。
でも、死に対する恐怖はない。
それなのに、なぜだろうか。
この時間が終わってほしくないと思う。
まだ落ちていたいと感じていた。
生きたい?
いや、違う。
ようやく気がついた。
僕は死にたかったんじゃなかった。
ただただ、一歩を踏み出したかったのだ。
僕は死にたい衝動に動かされたのではなく、空を飛びたい衝動に支配されていたのだ。
目を覚ますと僕は、僕が暮らしているマンションの一室の、ベッドの上にいた。
体を起こすと朝、学校へ行く時間。
そんな場面だった。
夢だった。
けれど、僕ははじめて一歩を踏み出し、空を飛ぶことができた。
そうだ、やっぱり僕は、空を飛びたかったんだ。
そんな幼い夢に、僕は気づいた。
そんなことを考えていたら、いつの間にか普段家を出る時刻が迫っていた。
そうして、急いで朝の身支度をし始める。
僕はもう一度、空を飛べるだろうか。
いや、まだ無理だ。
結局のところ、落下は恐ろしい。
今の僕は、飛ぶことを恐れている。
ジェットコースターの手すりに捕まっていたいと思う。
だからそうだな。
もう一度あの夢を追いかけよう。
今日の夜も、ぐっすり寝てやるんだ。
そうして身支度を終えた僕は、いつもの友人との待ち合わせ場所へ、一歩を踏み出した。
…もし夢で恐怖を感じなかったら
あの後はどうなっていたのだろう…。




