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5 大切なものは、いつもすぐそばに


「もう一度」の約束から、十ヶ月後。

 寝たきりの状態となったクロエの元を、訪れる者があった。


 スティーブである。


 きらめいていた金髪はくすんで荒れ、所々白く傷んでいる。

 輝くサファイアブルーの瞳は、その片方を長い前髪と眼帯で覆われ、その下には頬まで走る傷があった。


 腕にも脚にも、逞しい筋肉が付いている。

 細く気品に満ちた姿からは見違えるほど、強靱で野性的な体付きだ。


 そして。

 彼の身体中、至る所に、切り傷や火傷の痕が残っていた。


「クロエ、久しぶり。随分待たせてしまったな」


 返事は、ない。

 その瞼は、依然として固く閉ざされたままだ。


「だが、待っていてくれて、よかった。君も、頑張ってくれていたんだな」


 スティーブは、眠るクロエの髪を優しく撫でる。


「私も……少しだけ、頑張ったんだ。だから」


 そうしてスティーブは、懐から小さな瓶を取り出す。

 中には、光を反射して七色に光る、不思議な液体が入っていた。


「――私に、どうか、ご褒美をくれないか?」


 スティーブは小さな瓶の蓋を開けて、その中身を一気に(あお)る。

 液体を口に含んだまま、クロエの乾いた唇に、自身の唇を触れ合わせた。


(同意もなく口づけをすること……許してほしい)


 スティーブは心の中でそう謝罪すると、クロエの唇を、自身の唇で割り開いていく。

 口の中の液体をクロエに少しずつ流し込んでいくと、彼女は黒いまつげを僅かに震わせた。


 長い長い口づけを終え、スティーブは身を起こす。

 そして、婚約者の瞼が開くのを、ただじっと待った。


 待つ。

 ただ、じっと、静かに。

 クロエの傍らで。

 目をそらさずに。

 ただじっと、待つ。


 口づけから、どれくらいの時が経ったか。

 ようやく、ルビーのような美しい瞳が、姿を見せた。


「……クロエ……!」


 クロエはゆっくりと瞬きをして、目の前にいる逞しい美丈夫を見た。

 渇ききった喉は言葉を発せず、瞬きを繰り返す。


「クロエ、体調はどうだ? 水を飲むかい?」


 クロエはかすかに頷くと、細い飲み口のついた水差しから、少しずつ、ゆっくりと水を飲む。


「貴方は……」


 ようやく出るようになった声は、掠れて弱々しいが、はっきりとしていた。


「目が覚めて、良かった。身体の調子はどうだい?」

「ええ……こんなに調子がいいのは、久しぶりですわ」

「ああ……! 本当に良かった……!」


 スティーブは、感極まって、目元を押さえた。

 クロエは、それをあたたかな眼差しで見つめる。


「お約束通り……もう一度、来てくださったのですね」

「君は……私が誰だか、分かるのかい? 随分変わってしまったと思うのだが」


 スティーブの顔つきも身体も、たった十ヶ月にもかかわらず、非常に精悍になっている。

 その上、服装も王子然とした豪奢なものではなく、騎士の着るような、飾り気がなく動きやすいものを着用していた。

 ここへ通してくれた公爵も、彼が王家の紋章を見せるまで、スティーブだと気づかなかったぐらいだ。


 しかし、クロエは自信たっぷりに断言する。


「いいえ、変わっていませんわ。わたくしの大好きだった、あの頃と同じです。空のように澄んだ、綺麗な目。お日様のように優しい笑顔」


 そう言って、クロエは破顔した。

 子供の頃のように。柔らかに、嬉しそうに。


「――スティーブ殿下……おかえりなさいませ」

「……ああ、ただいま。ただいま……!」


 スティーブは、クロエの手を取り、優しく握る。

 細くて折れてしまいそうな手だが、その手は確かに温かかった。




 そうしてスティーブは、ついにクロエに全てを話した。

 アメリアが悪魔だったこと。クロエに呪いをかけたこと。

 そして、この十ヶ月間のこと。


「呪いを解くために、不死鳥の涙が必要だったんだ」

「不死鳥の涙?」

「そう。呪いや毒、瀕死の重傷までも癒やすという、伝説の不死鳥」


 呪いについては、王宮の禁書庫ですぐに調べることができた。そして、人間や悪霊程度のかける弱い呪いなら、浄化したり跳ね返す手段も確立されている。

 しかし、アメリアほどの強力な悪魔がかけた呪いは、簡単には解けそうになかった。術者本人が解くか、もしくは、伝説にある不死鳥の涙を使うしかない。


「不死鳥の居場所は、王族にしか辿ることが出来ない。ようやく辿り着いたとしても、その巣はドラゴンに守られている」


 伝説は、真実だった。


 スティーブは、王族固有の魔力を頼りに、一人で不死鳥の巣を探し出した。

 何度もドラゴンに挑んでは負け、半年以上もその巣に通い続け、満身創痍になるまで一人で戦った。


 そして、彼はついにドラゴンに認められ、不死鳥に貴重な涙を分けてもらったのだ。

 こうして伝説を辿り、不死鳥に会うことができた勇者は、数百年ぶり――建国王以来だったという。


「私は……君が笑ってくれなくなったことを、ずっと寂しく思っていたんだ。だから、心の隙間から悪魔に侵入され、魅入られてしまった」

「申し訳ございません……わたくしが、殿下のお気持ちを察して差し上げられなかったせいで」

「いや、誓って君のせいではない。私自身の心の弱さが招いたことだ。けれど、もう迷わない」


 スティーブは、ベッドに身を起こしたクロエの髪に優しく触れ、ひと房すくいあげる。


「君が、私のために努力してくれていたことを知っている。君が、私を大切に思ってくれていたことを知っている。君が、つらくても人に甘えられない性分であることも、知っている」


 スティーブは、すくい上げたクロエの髪に、そっと口づけを落とした。

 クロエの瞳が、揺れる。感情を、隠すことなく。


「だから、もう一度――改めて約束するよ。これから一生、命を賭して君を守ると。そして、君がつらいときは……どうか私に、遠慮なく甘えてほしい」

「殿下……」

「君を失いかけて、ようやく気がついた。私は、クロエを、ずっと愛していたんだ。燃えるようにではなく、静かに、穏やかに。凪いだ心に染み渡るように――時間をかけて、ずっと」


 スティーブは、クロエの髪を、彼女の耳にかけた。

 クロエのルビーの瞳には、みるみるうちに涙が溜まってゆく。

 ずっとこらえていたものが、縁から溢れ出すように。


「そして、それは今もだ。クロエ……愛している。私と、結婚してくれ」


 こらえきれず、クロエの瞳から、大粒の涙がこぼれた。


「はい……! よろしく、お願い、致します……っ」


 スティーブが拭っても拭っても、その瞳からはあたたかな涙がどんどん溢れてくる。

 クロエは、泣きながら笑った。

 スティーブも、微笑んだまま、何故だか涙が出てきそうになる。


「スティーブ殿下……。わたくしも、ずっと、ずっと、貴方をお慕いしております」


 ――あの時の自分は、なんて愚かだったのだろう。こんなにも深く心地よい愛情が、いつもそばにあったのに。

 もう二度と、迷わない。

 クロエの潤んだ瞳を見つめて、スティーブは、心に固く誓ったのだった。


「クロエ……」


 スティーブは、クロエの頬に手を添える。

 クロエが目を閉じると、二人の唇が、再び近づいていった。


◇◆◇


 こうして。


 時が経ち、スティーブとクロエは、賢王、賢妃と呼ばれることとなった。

 二人は仲睦まじく寄り添い、子宝にも恵まれて、その治世を穏やかに終えたという。


 もう二度と、約束を違えることなく――。


 お読みくださり、ありがとうございました!

 このお話は、これにて完結となります。

 最後に、★のマークを押して応援していただけますと、とても嬉しいです♪


 改めまして、最後までお読みくださりありがとうございました!

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