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1 公爵令嬢はもう頑張れない

以前、短編で投稿してたようなそうでないような……。なんか作品が消えてたので、消したんだと思います(記憶にない)。既読の方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。



「クロエ! 前へ出ろ!」


 煌びやかに飾り付けられた学園の大ホールに、公爵令嬢クロエを呼ぶ声が響く。

 呼んでいるのは、婚約者である、第一王子スティーブだ。


 卒業パーティーの会場は、一体何が始まるのかと、静まり返る。

 スティーブの後ろには、彼に寄り添い袖を引く、男爵令嬢アメリアの姿があった。


 当事者であるクロエには、今から何が起こるか分かっている。

 今日この場で、クロエは婚約を破棄されるのだ。


 卒業パーティーには、学園に在学する全ての生徒が参加する。

 昨日の帰り際、クロエはスティーブから、今日のエスコートを拒否されていた。

 その時点ですでに彼女は、こうなることを予期していた。


「……はい」


 クロエは、弱々しい声で返事をする。

 公爵令嬢であるクロエは、長年王子妃教育を受けてきた。感情をあまり露わにしないよう教育されてきた彼女が、こうして弱気な姿を見せるのは、珍しいことだ。


 しかし、スティーブはそれを気に留める様子もない。

 金色に輝く髪とは対照的に、暗く濁った青い瞳で彼女を見下ろし、宣言した。


「もう分かっていると思うが、この場ではっきりさせておこう。理由もあえて言うまい」


 クロエがうつむくと、黒くつややかな髪が、背中から胸元へさらりと流れる。

 クロエは蒼白な顔で、浅い息を繰り返す。ルビーのように美しい瞳は、力なくゆっくりと伏せられていく。


「クロエ。今日をもって、お前との婚約を――」


 スティーブが再び口上を始めた、その時。


 クロエは突然、何の前触れもなく、その場に倒れた。


 血の気を失った白い頬に、もう何年も見せることのなかった涙のあとを、一筋残して。


◇◆◇


 クロエは、八歳の時に、スティーブと婚約を結んだ。


 この王国の第一王子であるスティーブは、当時九歳だった。

 太陽の光を集めたような金色の髪に、空と同じ青い瞳。長い睫毛と通った鼻筋、形良い唇――絵画のように秀麗な面輪だ。

 行動のひとつひとつ、言葉の端々に気品が溢れ、勉強、剣術、マナー、どれをとっても優秀。彼は、まさに完璧な王子だった。


 クロエは、そんなスティーブに、婚約当初から憧れと恋心を抱いていた。


 クロエは、公爵家の長女である。

 腰まである濡羽色のつややかな髪、赤く澄んだ瞳はルビーのように光をたたえている。ぷっくりとした唇は、スティーブの前では嬉しそうに弧を描き、頬は薔薇色に色づいた。

 少し吊り目がちなせいで気が強そうに見えるが、純真で無邪気で、よく笑う可憐な少女だった。


 スティーブに淡い想いを寄せるクロエと同様に、スティーブも、当時の彼女を好ましく思っていた。彼女の笑顔は、スティーブのこの上ない癒しとなっていたのだ。


 クロエは、いずれ国王となる彼を支えられるようにと、つらい王子妃教育にも弱音を吐かず、自分を磨き続けた。


 しかし。

 王子妃となるのであれば、他者に余計な感情を悟られることは、避けなければならない。

 クロエは、感情を見せてはいけないと教育され、疲れも悲しみも喜びさえも、全て同じ微笑みの仮面で隠すようになった。




 クロエとスティーブの婚約が結ばれてから、八年。

 二人は互いを認め合い、尊敬し、良好な仲を保ってきた。


 子供の頃のように大輪の笑顔を見せてくれなくなったクロエに、スティーブは寂しさを感じていたものの、クロエはどこに出しても恥ずかしくない、完璧な王子妃候補になっていた。

 クロエはスティーブの唯一無二の婚約者として、互いに節度を保ちながら、大切に仲を育んできたのである。


 完璧な王子と、完璧な婚約者。

 誰かが二人の間に入り込む余地など、一切ない……はずだった。


 二人の間に亀裂が入るきっかけとなったのは、二人の通う学園に入学してきた、新入生であった。

 スティーブが三年生、クロエが二年生となった、春のことである。


 件の新入生は、アメリアという名の男爵令嬢だ。

 肩で切り揃えたピンク色の髪と、大きな紫の瞳。天真爛漫で庇護欲を誘う、可愛らしい少女だった。


 彼女はこれまで、まともな貴族教育を受けてこなかったのだろう。

 自分から目上の者に話しかける。婚約者がいても、平気でスキンシップを取る。貴族のルールどころか、学園のルールも守らない。


 しかし、既存の枠に囚われないアメリアの存在は、スティーブにとって刺激的だったようだ。二人は、どんどん仲を深めていく。


 クロエは、当然、彼女とスティーブを諫めようとした。

 言い方はキツくなっていたかもしれないが、もちろん、理不尽な物言いや行動はしていない。全て、貴族として正しい対応である。

 しかし、それは無駄――それどころか、むしろ逆効果だった。


 アメリアは「虐められている」とうそぶく。

 彼女に関して盲目的になってしまったスティーブも、涙をこぼしながら訴えかけるアメリアの味方についた。



 そうして、クロエにとって、つらく苦しい一年が過ぎ――事件が起こったのは、三年生の卒業パーティーでのこと。

 そこで待っていたのが、冒頭の婚約破棄騒動だった。


◇◆◇


 次にクロエが目を覚ました場所は、公爵邸の自室だった。

 時刻は、真夜中。

 卒業パーティーでクロエが倒れてから、数時間が経過していた。


 部屋に控えていた侍女が、クロエの目覚めを知らせに行くと、真夜中にもかかわらず、すぐに両親が飛んできた。


「クロエ……ああ、クロエ……!」


 二人とも声を上げて泣き、彼女を抱きしめる。

 クロエは最初、それを、スティーブとの婚約が解消されたせいだろうと思った。だが、それにしてはあまりに大袈裟だ。


「お父様、お母様……どうしてそんなに泣いておられるのですか」


 不審に思ったクロエが、尋ねる。公爵も、公爵夫人も、ますます大粒の涙をこぼして泣いた。




 その後しばらくして。

 ようやく落ち着いた公爵の口から、クロエは衝撃の宣告を受けることとなった。


「クロエ。とても言いにくいのだが……お前の余命は、あと一年ほどなのだそうだ」

「余命……一年?」


 クロエは眉をひそめる。

 定期的に主治医に健康チェックを受けているが、病気に罹っていると言われたことはなかったからだ。


「わたくしは……病気、なのですか?」

「……詳しいことは、まだ……」


 公爵は、首を縦にも横にも振らず、口ごもった。


「そうですか……」


 クロエは、余命宣告を聞いても、どこか冷静だった。その瞳には、不安よりも、悲しみよりも、生きることに対しての諦念が強く宿っている。


「ところで、お父様。今回の件で、殿下との婚約は、解消されたのですよね?」

「いや。婚約は続いている」


 クロエは、少しばかり驚いた。

 尋ねはしたが、婚約は解消されたものと思っていて、ただの確認のつもりだったからだ。


「ですが……お父様もお聞き及びかと思いますが、殿下の想いは、もう私には向いておりません。それに、この身体では、王子妃はつとまりませんわ」


 公爵は、苦しそうな顔をして、クロエの言葉に応える。


「この婚約は、王命だ。個人の感情で安易に解消できるものではない。それに、クロエの身体が、これから良くなる可能性だってある」

「……婚約は、解消……されないのですね」


 クロエにとって、これまでの人生は、全てスティーブに捧げてきたものだった。


 愛する人のために、つらい王子妃教育にも耐えてきた。

 愛する人のために、笑顔を、涙を、豊かな感情を捨てた。

 愛する人のために、誰にも弱みを見せず、血の滲む思いで努力し、自分を磨き続けた。


 けれど。

 もしも身体が良くなって、スティーブの妃になれたとしても、彼の愛は、クロエに向くことはないだろう。

 それどころか、自分が生き残ってしまえば、彼はアメリアを妃に迎えることができない。

 そうなれば――クロエが生きていることに対して、憎しみを向けられる可能性だってあるのだ。


 ――愛する人に憎まれながら一生を終えるぐらいなら、その前に退場してしまいたい。

 思い出が美しく輝いているうちに。胸に愛を抱いたまま。


 クロエはそう願い、公爵に、潤んだルビー色の瞳を向ける。


「お父様……、どうか、速やかに婚約を解消していただけるよう、陛下に進言していただけませんか。私は、もう前を向けません。もうこれ以上、頑張れません」

「クロエ……それは……」

「どうか、お願い致します」


 クロエは、悲しそうに目を伏せ、口を閉ざす。


 しかし。

 クロエの望みとは裏腹に、婚約が解消されることはなかった。


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