同じことを、同じように
聖女として異世界に召喚された少女は、二度と故郷に帰れないと知って絶望した。
呼び出すなら帰す方法もセットで用意しておいてほしかったというのが本心である。
この世界には魔物が多くはびこっていて、その魔物のせいで発生する瘴気は人間にとっての毒だった。
その毒を払う方法はあるけれど、人間にとってその力はちっぽけで。
浄化しても追い付かない。
魔物を倒して数を減らして、瘴気を浄化して、と正攻法ではとてもじゃないが追い付かないのだ。
どうにかしようとした結果人類が手を出したのは、かつて神から授けられた秘術。
聖女召喚である。
そうはいってもこの方法も成功する確率は低かった。
何せ別の世界から呼ぶのだ。
その代償として、この世界の大勢の魔力を使う。
しかし聖女一人がいれば、この世界の瘴気を浄化する速度はこの世界の人間たちが頑張る以上。
世界のため、という大義名分をもって、彼らは世界を超えて聖女を呼んだ。
その世界の住人からすれば切羽詰まった状況で、仕方ないと思ったのだろう。
自分や家族、友人。大切な者たちが多くいる世界の危機なのだから、他の世界からたった一人、こちらに呼んだっていいではないか。
そういう風に考えたのかもしれない。
けれどもそれが、この世界の終わりの一歩を踏み出したのである。
聖女はいるだけでいい、というわけではない。
彼女の精神状況も浄化に大いに影響する。
だからこそ、呼び寄せた事と帰せない事は説明した。黙っていても、いずれ浄化が完了した時に帰りたいと言われても帰せない。そうなった時、聖女の力は逆の力を発揮しかねないからだ。
浄化の力が反転し、今度は一気に今まで浄化した分以上の瘴気が世界を覆うかもしれない。
過去何度か聖女を呼んだ記録はあった。
その時に、聖女を雑に扱って危うく滅びかけたところもあったらしいので、聖女の扱いは慎重にならなければならない。
幸いなことに、と言っていいかはわからない。
けれど聖女の力は多少遺伝するらしく、こちらの世界に残された聖女を娶れば、そうして生まれた子は聖女程ではないにしても、浄化の力を持つ。
故に聖女は王族やそれに近しい貴族の令息たちが射止めるように、と国王から言われて。
乗り気な者もそうでない者も、とりあえず聖女のご機嫌伺いに乗り出したのである。
聖女として呼び出された少女は、別段人生になんの不満も抱いていなかった。
むしろ順風満帆だった。
毎日退屈で、とか、嫌な事ばかりで……とかでどこか、違う世界に行きたいな……なんて思う事もなかったのだ。家の中も快適だけどアウトドアも大好き! そんな少女だった。
人間関係も良好で、友人も多くいたし恋人だっていた。
今日もいい日だったけど、明日はもっといい日になる。
そんな風に、信じて疑う事すらなかったくらいには、彼女の人生は順調だった。
だというのに。
突然見知らぬ世界に身一つで連れてこられたのである。
聖女として瘴気の浄化もそうだが、どうやら聖女が幸せである事で他にも多くの恩恵を受ける事ができるのだとか。
ちなみにその情報は少女が直々に聞かされたわけではない。
瘴気の浄化に関しては説明されたが、それ以外の恩恵・祝福に関しては知らされていなかった。
ただ、たまたま聞いてしまったのだ。
顔のいい野郎どもが毎日少女の元へやって来ては、ちやほやしようとしてくるけれど。
確かに自分の恋人よりも面は良い。でも、なんていうか彼らの言葉は上っ面だけに感じられてしまって。
恋愛経験値が低ければコロッと騙されたかもしれない。
けれど、少女はそれなりにモテていた。
下心で近づく者も、それなりにいた。
時には何を勘違いしたのか、少女の父親よりも年上の男性がパパ活とやらを持ち掛けてきたこともあった。
なのでまぁ、クソな男を見る目だけはそれなりにあった。
少女の恋人は顔は地味でパッとしなかったし、少女漫画に出てくるキャラだとしたら間違いなくモブかもしれないくらいに色々と薄いけれど、それでも少女は彼の事が好きだった。
なので、面が良かろうともそれなりの下心が滲んでいる相手にコロッとはいかなかったのである。
帰る事はできない。
であれば、いくら向こうの世界が恋しくてもこちらの世界で生きていかねばならない。
生きているうちにもしかしたら何かの拍子に帰る方法が見つかるかもしれない。
そんな、砂漠でたった一粒の砂金を見つけるかのような希望を願ってしまったから。
その希望が絶望に変わるかもしれなくても。
気持ちを完全に切り替える事は、中々に難しかったから。
数名の高位身分の令息たちから告白のような事を言われても、丁重にお断りした。
なるべく相手のプライドを傷つけないように。
ハッキリ断ってもやんわり断っても面倒な時は面倒な事になるけれど、なるべくこちらが悪く思われないように立ち回らないと、少女にとってここには自分を守ってくれる家族や友人といったものはいないので。
気を使って、使って、心をすり減らして自分の立ち回りに注意を払った。
頑張って努力したところで、それが報われるとは限らない。
頑張る事は悪い事じゃないけれど。
でも、息抜き一つできない状況というのは、中々にきついものがあった。
そうして少女が少女ではなく女性と言われるくらいの年月が経過して。
王子から告白された頃。
彼女の精神は限界を迎え――
プッツンした。
年単位で我慢していたのだから、彼女は相当忍耐強かった。
もし向こうの世界でうっかりブラック企業に入るような事になっていたら、マジで限界ギリギリまで数年頑張るくらいには忍耐強かった。
彼女がもっと適当かつ責任感の少なめなタイプであれば、こうはならなかったかもしれない。
けれども、今の今まで積もりに積もった不満は。
聖女の力と強く反応し。
どろどろに煮詰まった聖女の祈りは、聖女召喚をこの世界にもたらした神とは別の神によって聞き届けられてしまったのである。
ある日、突然国中の娘が消えた。
全員ではない。
十六を迎えた娘が全員である。
平民・貴族関係なく。
聖女は十六歳の時、異世界に召喚された。
だから、聖女は願ったのだ。
自分だけ異世界に突然召喚されるとか不公平の極み。
だったらこの世界の人も同じように他の世界に召喚されてみればいいのでは……?
――と。
勿論、もう少し彼女が冷静であったならそこまで思わなかったかもしれない。
けれども見知らぬ世界、慣れない暮らしで彼女の精神は日々ストレスを抱えていた。
王子や他の令息たちが聖女に優しくしていても、それは聖女のストレスでしかなかった。
好きでもない男に言い寄られるのは相手が美形だからとて、ストレスでしかないのである。
むしろ聖女の身の回りの世話をしてくれるメイドたちの方がまだ聖女にとっては心癒される相手であったくらいだ。けれど、メイドたちは聖女は瘴気を浄化するだけのものだと思っていて、それ以外の祝福や恩恵といったものまでは知らされていないようだった。
知っている者たちだけが、執拗に聖女とつながりを持とうとしていたのである。
どうせならこちらの世界でも気心の知れた友人ができていれば、もうちょっと話は変わったかもしれない。
けれども聖女をいずれ嫁に迎えるべく、彼らは聖女のところへ足しげく通っていたし、そんな彼らを素敵だわ……と思い恋していた令嬢たちからすれば、聖女はポッと出の身分も確かではない娘。
聖女である以上、害するつもりはないけれど、それでも自分が素敵だと思う相手が聖女のところへこまめに足を運ぶのを知ってしまえば嫉妬の一つくらいはしてしまうわけで。
直接聖女に嫌がらせをするような者はいなかった。
けれど、聖女と仲良くなろうとする者もいなかった。
聖女の周囲には誰もいないわけではなかったけれど。
それでも聖女は孤独だったのである。
結果として自分と同じ身の上の人が増えてしまえ! という願いを発動させる形となってしまったわけだが。
聖女の夢の中に神様が出てきて、そのお願い叶えてあげるね☆ なんて言われて、聖女はいよいよ頭がパァンしちゃったのかな、とか思って目が覚めたらマジで自分が聖女として召喚された時の年齢と同じ娘さんが国中からいなくなっていたと知って。
「あは、あはははははははははは」
笑うしかなかったのだ。
そんな願いを叶えるくらいならいっそ私を元の世界に帰してよ神様。
残念ながらそんな聖女の心の叫びに神様は応えてくれなかった。ただ、次の日の夢の中で、呼んだのが自分なら帰してあげられるけど、違うからむーりー。ごめんね☆ とまたも軽い感じで神様は夢の中に出てきた。
相当イライラしながらも、聖女は夢の中で神様をとっ捕まえてあれこれ聞いた。
呼んだ相手が帰さないといけないらしい。
帰す方法は昔一応聖女召喚を教えた神から教わってるはずだけど、難しすぎて理解できてない説ある、とか言われて。
ふざけんなし……!
と聖女は怒りマックスな目覚めをしたのである。
国中から十六歳の娘が消えたことで、国内はパニックに陥っていた。
ついでに他の国からも、同じように十六歳の娘が消えたらしい。
ふーん、いい気味。
それを聞いても聖女の心はそう思うだけだった。
突然の事態に何事かと、人さらいにしては平民も貴族も関係なく十六歳の娘だけが……!? となっていた王子に、聖女は真相を教えてあげる事にした。
「不公平だなって思ったので、この世界の人にも私と同じように体験させてあげようと思って神様に祈りました」
実際祈ったというか、心の中でクッソムカついてきたな……と思っていた部分を神様が勝手に拾い上げて叶えてくれたに過ぎないのだが。まぁ祈りと言えば祈りか。
「聖女がいる世界とこの世界、異世界があるというのなら、これ以外の世界も勿論あるわけです。
そんなそれぞれの世界に一人ずつ、私が聖女として召喚された年の少女を、送り出しました」
聖女がいた世界は確かにたくさんの人がいたから、一人くらいいなくなっても……とか思う人がいてもおかしくはない。というか実際行方不明者とかたくさんいた。自殺者も行方不明者も、大勢いた。
けど、だからといってじゃあ更にプラスで異世界に一人くらいもらってもいいよね、というのが許されていいわけではないのだ。
行きたい相手と招きたい相手、お互いの利害が一致してればいいけれど、彼女は別に聖女として異世界に召喚されたいと思っていなかった。
だから、こうなったとも言えるのだが。
「これからこの世界では、十六歳になった女の子は異世界に召喚されます。帰って来る方法?
あぁ、私が元の世界に帰る事ができたら、彼女たちも帰ってきますよ。
え? 無理?
まさか、だって神様は聖女召喚を教えた際、一応帰す方法も教えてあったって言ってましたよ?
難しすぎて貴方たちに理解できなかったとしても、呼ぶだけで帰せないとかおかしいでしょ。
それに理解できなかったとしても、これから理解すればいいだけの話。
大体聖女を呼ぶ前だって、帰す方法を調べる時間はいくらでもあったでしょ。でもそれしなかったのって、この世界の怠慢では?
でもよかったですね、これからは帰す方法を死に物狂いで調べないといけません。
だってそうしないと、これから十六歳になる娘は皆異世界に呼ばれてしまいますからね。
ふふ、ふふふ、あっははははははははははははは……!!」
狂ったような笑いが響く。
「あぁ、そうだ。私を殺した場合、娘たちもそれぞれの世界で死にます。
それに、私が死んでもこの先この世界で十六歳になる娘が異世界に呼ばれる事は変わりませんよ」
そう言われて、聖女がいなくなればこれ以上の被害はなくなるのではないか……? と一瞬思った考えはあっさりと無意味なものへと変わる。
彼女を元の世界に送り返す事ができれば、消えた娘たちも戻ってくる。
彼女を殺せば向こうの世界で消えた娘たちも死ぬ。そして、この世界で十六を迎えた娘は異世界に送り続けられる。
そう告げられた王子は、世界の滅亡を見た。
世界中から十六になった娘が消える。
結婚し子を産むはずの女性が十六になればこの世界から消えるのだ。
十六になる前に子を産ませたとしても、その子を育てる母はいなくなる。
それに、生まれた子もまた女であったならその子も十六になれば異世界へ……となれば。
この世界に残されるのは、現時点で十六歳以上の年齢の女性だけ。
彼女らに再び子を産んでもらったところで、子が女である以上十六になれば異世界行きは免れない。
そうしてこの世界に残されるのは、男ばかりとなっていくのだ。
聖女を元の世界に返せば、娘たちも帰って来る。
そう知らされても、すぐには無理だった。
文献を漁り、聖女召喚に関して改めて調べなおし、そうして帰し方を理解しなければならないし、理解できても実践できなければいけない。
だが、聖女召喚をするのだって、準備に大きく時間をとられたのだ。
帰し方を調べて実践できるまでに、果たしてどれだけの時間がかかる事か……
聖女が死ねば娘たちも死ぬ、とは言うけれど。
下手をすれば寿命で向こうの世界で死んでしまう事も考えられた。
だが、それでも。
やるしかないのだ。
このままでは世界は緩やかに破滅に進んでいく。
魔物の瘴気を浄化するとか以前に、人類が絶えてしまう。
「貴方たちが気軽に異世界から呼び寄せた相手は一人だけだとしても。
他の世界からも同じように呼ばれていたなら私の住んでた世界からはもっとたくさんの人が奪われているわけですからね。
では、この世界からも同じように娘がいなくなったとしても。
それって、同じことでしょう? ね、王子様」
嗤う聖女に。
王子は何も言葉を返せなかった。
聖女的には帰れないと思ってるし実際この世界の住人が聖女が生きてるうちに帰す方法は判明しないのでどう足掻いても世界終了のお知らせ。
夢に出てきた神様は召喚方法教えた神様と連絡とって帰してあげようにも既にそっちの神様死んでるからどうにもできない事を知ってるのは聖女だけ。
次回短編予告
聖女として覚醒した少女の事を、王子は少なからず想っていた。
けれどそんな聖女に王子の婚約者がどうやら悪さをしているようで……!?
王子は決意する。愛する少女を救うために。
婚約者の非を大々的に知らしめる時がきた――
次回 断罪失敗王子様
ま、よくあるテンプレってやつですよ。
投稿は割とすぐ。