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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦争の魔女/前編

作者: けんT

この物語は気持ちの形についてよく言及しているような描写があります。

私の短い人生の中で思ったこと、感じたことなどが主観で混ざっているかと思われますがこの作品を見てくれた人が少しでも健やかな人生を送ってくれたらなと言う願いを込めました。

それを加味して読んでくれたら私は嬉しい限りです。

我は知る魔女の嘆きを。



我は望む魔女の神秘を。



我は(つむ)ぐ4人の騎士を。



ヨハネの申し子が感情を知るとき地獄を暁に染めるだろう。

予言者ナイルより…。





















蒸し暑い日差しが窓を伝って部屋に差し込んでくる。


机の上に積み上げられた書類(バベルの塔)の数々。


作業をするにしてもこれほど気の乗らないものはないであろう。


この国の戦争の後始末をするのにもなかなか骨が折れるために、前線で戦ってきた者達と遜色ないと言ってもいい。


言い過ぎだな。


だがそんな中でも、彼女は私に対しただ淡々(たんたん)と結果報告を続けた。


「結果報告、武装国家との戦争にて我らゲヘナ王国、魔法使い37名、兵士143名、魔術師1名、その他55名の死亡を確認。それに対し武装国家アイゼーンは魔法使い116名、兵士372名、魔術師10名、その他1739名そして…『憤怒の魔女』の殺害に成功、武装国家の戦力の大幅な低下を確認、魔術師の力を借りることなく勝利することが可能だと考えます、私は身体が回復しだい再び元の任務に戻ります」


「そうか、ご苦労だった。束の間だと思うが休息を楽しんでくれ」


「…」


この暑さの中、長袖の軍服を身にまとう彼女だったが汗や暑がる様子は一切見せない。


常につけている趣味の悪いマスクとか(わずら)わしくないのだろうか。


私からすると見てるだけで暑いのだが。


「なあ暑くないか。マスクだけでも外さないか?」


「………はい」


そんな彼女の目は私に対してではなくただ真っ直ぐ、私がいるであろう場所を虚ろに捉えるだけであった。


彼女の名は『戦争の魔女』


推定年齢は15歳、身長157センチ、体重は40キロ痩せ型、色素の無い美眼と白髪の髪に()っすらと黒い線が入っている。


彼女はもともと教会で暮らす孤児だったのだが、なにかの拍子に魔女としての魔力が暴走したため教会とその周囲にあった街を(ちり)一つ残らず消し飛ばし、ゲヘナ王国直下の魔法騎士団が出る結果となった。


その際にも魔法騎士団は絶大な被害を被るが彼女の沈静化に成功。


それから彼女、戦争の魔女はゲヘナ王国が誇る最強の兵器として、戦争の道具として今日に至るまで戦ってきた。


たしか、9年前のことだから彼女は6歳だったことになるな、はっきりとした年齢は不明呂な点が多いためあくまで推定ではあるのだが。


この9年間彼女は本当によく働いてくれていると思う。


殺した魔法使いや魔術師の数はこの大陸で彼女の右に出るものはいないだろう。(ほとんどが戦争での功績に当たるものだが)


だからこそ、いつからか誰かから畏怖と皮肉を込めて〝戦争の魔女〟と呼ばれるようになったのだ。


私も可哀想とは思う、があくまでも他人の絵空事だ。


「はい。失礼します」


彼女は事務作業を終えるように淡白に告げると部屋を物腰柔らかく出ていった。


扉をギィィと鈍く音を立てながら。


そろそろ直さなきゃな、この古い扉。





















「きゃはははっ!」


「待ってよー!」


「ハニーサンドはいかがー!」


ゲヘナ王国城下町は今日も活気に溢れている。


露店を走り抜けていく子どもたちや商売をする店主たち。


この王国は戦争は多くとも国民には笑顔が絶えない。


そんな中でも1人少女は無感情を浮かべていた。


この賑やかな町を見ても特に何も思わない。


ぐぅぅーーー。


「………」


少女はお腹が減ったので適当な店に入った。


メトーデというお店。


いらっしゃいませ、という声とともに若い男が出迎える。


「………?」


しばらく男を見つめた。


物珍しく目を()きつけ不躾(ぶしつけ)にも眺めてしまった。


なぜなら‘黒髪’と‘黒目’だったから。


黒は少女の知る限り見たことのない総合色だったので少々不思議がる。


希少性で言ったら魔女の次くらいには希少なのかな?


「あのー………。私の顔に何かついていますかね?」


男は少々困った表情で言う。


「せき………」


「あっ!すみません、そうでしたこちらです」


男が少女を席まで案内をした。


「ごゆっくりどう…」


「おすすめ」


「……ん?」


「おすすめは?」


淡々とした言葉の返しに男は少し気まずく言った。


「おすすめー…はー…。私事ですがハニーサンドですかね?」


「なんですかそれ?」


「あれハニーサンド知らないんですか?いまゲヘナでの流行菓子なんですが」


「知らないです。知ろうとも思いませんでした」


「ハニーサンドは卵と小麦粉を合わせた生地に大量のシロップでコーティングした甘味の最強兵器です!」


兵器なのか、なんだか物騒な物だ。


兵器と聞くと少し無機物と同じ気持ちになる。


おそらくこれが『親近感』という気持ちなのか。


今は知らなくていいと思う。


「ではこれを一つ」


「わかりました。では少々お待ち下さい」


そう言うと店の奥まで入っていってしまった。


それを確認した私は席に寄りかかり脱力して手足をぶら下げる。


ちょうどていの良いことに雨が降ってきた。


ぽちゃっと雫が落ちる。


音が鳴る。


誰かのすすり泣く音がする。


そう泣いていたのは私だった。


なぜ。


咄嗟(とっさ)に手の甲で涙を拭う。


こんな感情(もの)全てを壊した日に無くなったはずだったのに。


「ぬう………」


泣きたくなるような気分ではない。


…はず。


「はぁ……………」


私は思うのだ。


疲れたなと。


そう疲れたんだ、私は。


毎回血を血で洗う戦場の不条理にも。


家族を持つ敵兵も。


泣き叫びながら生に執着する誰かも。


うん、その誰かはきっと自分から地獄に来たのではない。


環境やその他から背中を押されて地獄へとやってくる。


その誰かを殺し回ったのは紛れもない私だ。


割り切ったはずなんだ。


「ブレるなよ………」


「何がです?」


「ッッッッッ!?」


横に振り向くと黒髪の男が私の頼んだ物を運んで来たようだ。


「こっちの話………」


「そうですか!ごゆっくりどうぞ」


私はハニーサンドなるものを置くのを確認する。


白く身を包んだパンにバターと冷えた食べ物を置き、上から蜂蜜のようなものでコーティングされたものだった。


それを一口頬張る。


今まで食べてきたものは味気ないものばかりだったから味が濃く感じるけれどそれとは別に食べたくなってしまうとても優しい味だったのでした。


「おいしい………」


「でしょう?」


笑顔を浮かべニコニコと言うよりニヤニヤが止まらず私を見つめる男がいた。


紛れもない黒髪の男だ。


「まだいたんですか」


「まだいるんです」


少し気味が悪いと思う。


なにゆえ私の席に留まっているのかわからない。


「いいじゃないですか、この店どうせ暇なんですし」


たしかに私以外はこのお店にはお客というお客はいないが。


「店員のあなたが一番言っちゃだめですよね?」


「お気に入りの自虐ネタなんですけどね、あと店長ね、僕」


この男といると受け流そうにも受け流せない。


無理やり会話のキャッチボールを続け、不自然に(てのひら)にボールが収まるような感覚に等しい。


「美味しいでしょう?」


「………とても」


「ふふ、それが聞けて僕は満足です」


不適にも笑みを浮かべる男の顔が不思議と嫌ではなかった。


その後は昼食を終えて帰った。


雨の中だったためずぶ濡れだが。


また来てくださいね、と言っていたがまあ、もう一度食べたいはと思った。


その日は特に何かすることもなかったため図書館に寄り適当に時間を潰した。


このとき私は辞書で言葉を勉強していた。


私唯一の趣味といえるものだからだ。


1ページまた1ページと開いていく。


あ行。


「藍…相…愛?」


『愛』とはなんだろう。


「そのものの価値を認め、強く惹きつけられる気持ち?」


それが愛なのか。


想像より随分と小難しく、曖昧な意味だ。


とにかく知ってみよう。


百聞は一見にしかずだ。


聞いてみよう。


「というわけで愛ってなんですか?」


「えっと、まずなんで僕に聞くんです?」


次の日に私はまたお昼を食べにメトーデにやって来ていた。


頼んだのは前と同じハニーサンド。


糖分が脳に摂取されていくのをひしひしと感じる。


「話すのにどうでも…、最適な相手があなたしかいなかったから」


「ちょっと待て、僕のことどうでもいいって言いかけたよね?」


「そうなんじゃないですか?」


「辛辣!」


私が無表情で返した言葉に対して男は百点満点の返しでツッコんだ。


「それにしてもあなた名前も知らない人に『愛』という抽象的かつ哲学的なものをよく尋ねましたね?それにしたってわざわざ昨日会ったばかりの僕ではなくもっと身近な人にでも聞いたらすぐにでも解決するような問題のはずですよ?親に聞くのは羞恥という事情があるから納得できますが友達とかにでも聞けば、いやこの感じ友達いないのか!?いないの!?いないんだな!?なんかごめん!?」


「ぶち殺しますよ」


「う〜ん、こわ!」


まあたしかに名前を名乗ってなかったところはある。


趣味のためという呼称な目的があるから私は名乗る。


「………エレン」


「………え?」


「私の名前です」


もちろん偽名だ。


「ほ〜巨人と戦ってそうですね」


「意味がわからないんですが?」


一撃顔面に拳をめり込ませようかとも考えたがそうなればコイツは死ぬので思慮深い私は踏みとどまった。


「殺気が……」


「気のせいです」


「気を取り直して僕も、僕はナギトという」


「ナギト?珍しい名前ですね、聞いたことのない響きです、うん、とてもいいと思いますよ、とても、とても、馬鹿みたいで滑稽です。」


「最後のは余計じゃないか?」


ナギトという名前はあまり聞き慣れない発音だ。


異国の地からやってきた人間なのか。


まあどうでもいいか。


「で、愛ってなんですかナギト」


「愛、いや僕自身もあまり理解はできていないんだ」


「無能ですね」


「エレン?話は最後まで聞けよ、愛は人によって形が違うんだ、だから僕らのような第三者が理解に及ぶようなものではないんだよ」


「なるほど、要は愛の形は人それぞれだから何もわからないという質問を問いで返すのがあなたの答えですか」


「さっきから言葉に対してのトゲが半端ないな!?」


結局のところ分からずじまいということだ。


なんとも嘆かわしい。


だがナギトが口をさらに開く。


「まあでも、人によって愛の形が違うってことは自分にとっての愛は自分が決めていいものだと思うんだ」


「ほう」


やっとそれらしい答えが返ってきました。


曖昧で抽象的な言葉をどう表すか見物ですね。


「ではナギトにとっての『愛』とはなんですか?」


ナギトは少し考えてから口を開けた。


「相手から向けられた好意、かな」


「それが『愛』なんですか?」


ナギトはにやけながら頷く。


「形がないと言ってもある程度は概念としてそこに存在しているんだ、その大幅なものが愛だ、あとは自分で探せ、見つけた時の高揚は計りしきれないぞ」


「『拙者なんでも知っています』みたいな顔で言わないでください、聞いていて不快です」


「毒舌」


ハニーサンドも食べ終わったのでお金を支払っていく。


「エレン、不意に聞くんだがお前って貴族の令嬢とかじゃないよな?」


「何言ってるんですか、バカもここまでくると羨ましいですね、世の中楽しく過ごせて良いですね、的外れが過ぎて泣けてきます」


手の甲を瞳の目の前に置き動揺する。


「そこまで言われる筋合いはねぇよ!」


「ですけどなんでそう思ったかは見当がつきます、これですよね」


私は大量に通貨が入った小袋を取り出す。


「コワー…僕の給料の何万倍だよ」


「桁が違います、億倍です」


「お前の貯金は国家予算かよ」


私はクスッと笑って言った。


「それじゃあまたね」


「ッッッッ!………ああ」


別れ際の挨拶でナギトが顔を合わせてくれなかったのが心外だが帰ろう。


家に帰ろう。


相変わらず街は(にぎ)わっている。


戦争をしている裏で幸せを謳歌している人がいる。


滑稽です。


まことに僭越(せんえつ)ながら愚の骨頂だ。


このやるせない気持ちはどうしたらよいのか。


それにナギトには同期たちとは違う、少し特殊な気持ちがある。


この気持ちの名前はなんだろう。


気持ち、だと。


おかしいな、おかしい、こんなの、なにが、私はあのとき諦めたはず、なのにどうして、だ。


わからない。


だって。


だって。


だって。


「■■にされたい………………、…」


殺そう。


あいつを、ナギトを殺そう。


このままじゃ私が壊れる。


痛い痛い痛い。


私は兵器だ、感情なんて必要ない。


なのに私は趣味だと言って見ないようにしていた。


自分の暗いところ。


今までの自分を。


魔女である私が。


自分自身に命じるんだ。


「…したくない」


殺すんだ。


「殺したくない」


『戦争』らしく。


「イヤダァイヤダ、認めて、私を、認めて」


道行く人々の(にぎ)やかな声は消失していた。


なぜならば中央を跋扈(ばっこ)する魔女(わたし)がいたから。


(きびす)を返すようにしてメトーデへと歩みを進めた。


雨が降ってきた。


雨水が旋回して飛び回る。


殺す。


地を打つような雨が私めがけて降り注ぐ。





















僕の名前は中村凪人(なかむらなぎと)


何年か前この世界に転移してきた日本人だ。


初めはこの世界に来て『終わったな』と思ったが、もともと死んだような人生だったのでとりあえずを生きていくため経営学を学んだ。


料理とかは現代日本などに比べたら120歩ほど遅れていて、尚且つ僕は料理学校で料理人になるため勉強していたもんだから僕の中にある料理はこの国でウケた。


まあ権力が上の人に騙されて、僕の中にあったレシピをほとんど盗まれたせいで人通りの少ないところで店を切り盛りしているのだが。


喫茶店に近い感じの店になっているわけだがこの雰囲気が好きという一部熱狂的なファンのお陰で赤字にはならずに済んでる。(黒字というわけでもないが)


店名はメトーデ。


洒落(しゃれ) た名前にしたかったため深夜テンションで決まった。


自分のセンスが怖いくらいだ。


この店にも最近通ってくれている人物がある。


まあまだ2回の入店なんだが。


エレン、金を入れる袋がパンパンでしかも金貨ときたもんだからどっかの屋敷を抜け出したお嬢様とでも思ったがそれにしては可愛げのない私服が特徴的だった。


しかも服がシワだとかそういうのがまったくなく(ほこり) がくっついてたりしたので普段着ていない服だと思った。


「社畜なのかな」


皿を洗いながら僕は呟いた。


でも一番最初に出会ったときは無愛想もいいとこだったけど、僕のことをまじまじと眺めるものだから『僕のこと好きなのかな』と思っちゃったりしてしまったわけですよ。


全然そんなことなかったわ。


そんな彼女は雨が降り始めたとき呑気に、『雨強くなるかな?』と思っていて、でもふとエレンを見たら泣いていたんだ。


心の内になにが秘めていてそれが、おそらくなにかが拍子で感情が隆起してしまったんだと思う。


だから僕は精一杯の笑顔で彼女と過ごす。


第三者である僕が彼女の領域に入れるはずがないのだから。


でもせめて僕と過ごす間だけでも『安心』できるように。


雨に濡れながら店をあとにする彼女の後ろ姿は可憐な白髪が寂しく垂れ下がっていてならなかった。


だがそんな危うさを見せたエレンは次の日『愛』について聞きに来た。


毒舌を(たずさ)えて。


ハニーサンドを頬張りながら聞いてる様は見ていて滑稽だった。


ついついおかしくて心で笑った。


でも愛なんて僕にもわからないというのが率直な感想だ。


まあ次までにちゃんとした答えは出しておこう。


まあそれらしい言葉を並べてとりあえずは乗り切った。


名前もこのときに知ったんだよな。


実に今日の出来事である。


「次来るのはいつ頃かな?ははっ!」


雨が強さを増して強風とともに荒れ始める。


さてと、そろそろ店じまいだな外の雨の様子だともう晴れる様子もないだろう。


これじゃお客なんて来るわけない。


今日は大人しく新スイーツの開発でもしますかな。


「あれ、なんだ?」


だけど長い白髪のような雨に隠れて人影が見える。


明らかにこちらに近づいてきているのがわかる。


「誰だろ………」


だんだんと雨で陽炎のように揺らいだ人影が定まっていく。


エレンだ。


雨をまとって、飛沫を上げながらこちらに近づいてくる。


あいつ忘れ物でもしたのかな。


雨中へと飛び出した。


「どうした、エレン」


声を掛けるが下を向いたまま微動だにしない。


そして今までのエレンと雰囲気が異なっていることに気がつく。


背中をツララで貫かれるかのような凍てつく圧迫感。


「………」


僕はこれが『殺気』だと気がつくのにコンマ1秒遅れた。


「があっ!?」


彼女の回転蹴りが理解するよりも早く僕の胴体を跳ね飛ばしたからだ。


僕の身体が空中を舞う。


そして自由落下の(すえ)に僕の店、メトーデへと撃墜された。


レンガの屋根が砕ける轟音が響かせながらメトーデの屋根には穴が開き、僕は地べたへと横たわる。


メトーデの開けたばかりの穴から憤っているかのような豪雨が僕の身体に打ち続けられていた。


「ぐ、あ、僕………エレンに何かしたっけ………」


どうしてエレンがこんな超パワーを発揮したとか、それ以前になぜ攻撃されたのかという疑問が僕にはあった。


「なあ、エレン」


目の前には雨水が滴るエレンが立っていた。


「ご丁寧に入口から入るのか?大層なことで」


彼女は暗く歪んだ(まなこ)を向けるばかりで口を開くことはない。


無表情のまま殺気だけを僕に向けている。


だけれど僕は汲み取ってしまう、殺気の中にあるほんの少しの『悲しみ』。


「私は今からナギトを殺します」


「そうかよ、さっきまで仲良くお話してたじゃねーか」


「ごめんなさい」


「謝るくらいだったら殺すな、アホ」


「無理だよ、だって気づいちゃったから…ナギトを殺さなかったら今までの私を………『否定』することになる」


どうせ死ぬならと、僕は異議申し立てた。


ヨロヨロの足で立ちながら。


「ばーか、そんなの過去の自分を否定したくないだけの甘ったれた自己肯定だろうが」


「………」


「今までの時間がなんだったって、幸せな時間を否定することで今までの苦しかった自分を肯定したいんだろ」


「………っ」


「過去に何があったかは知らないがなぁ!僕を殺したとしても苦しいのはお前だぞ」


歯を砕かんとするほどにエレンは歯で歯を噛み潰していた。


そしてさらけ出す。


「お前に、………何がわかる!お前に………!私は………ッ」


「………うん」


ぽちゃん。


「楽しいって思えてしまった………。一生、死んだように生きていくのかと思っていた。だから…あなたの暖かさが痛かった………」


一つ一つ確実に、彼女の口から溢れた言葉は繋がれていく。


「あなたの優しさが痛かった!気づいちゃったから!暗い自分に戻るとまた痛くなるから!幸せが怖い!今までしてきたことを考えただけで…幸せの重みに耐えられない!もういやだ………痛い………痛いよ………」


痛い。


呪縛のように放たれ続けられる呪の言葉。


彼女の精神が潰れそうなほど。


一瞬目を離したら消えてなくなってしまいそうなほどに。


初めて会ったあのとき、泣いていたあのときに、気づけたのではなかったのか。


ふらつく足どりでエレンに近づく。


一歩ずつ、確かに歩みを進めて。


「エレン………」


そして抱きしめた。


白髪を僕に滴らせながら。


「お前の『痛い』は僕が全部背負ってやる。僕は今幸せだ。人並みの生活が送れて、店に客が来て、時間がただ過ぎて…幸せだ。そんな僕の幸せの中にエレンがいる。幸せになれ。」


エレンは重い口を開ける。


「今さら幸せになれないよ。今さら…。幸せになるくらいだったら無くなりたい。苦しさに呑まれながら、揉まれながら生きていきたい。幸せが…重い…潰れる…」


()えよ」


そんなものは断言する、無い。


「お前が潰れるほどの幸せなんかこの世に無ぇよ。幸せを過大評価するな、なにをしてたって幸せは誰の下にもやってくる。」


「そんなの詭弁だよ………」


「ああ、そうかもな。エゴかもしれない、余計なお世話かもしれない。だけど僕はただエレンに…いや…エレンと…」


勇気のいる言葉に息を呑んでから答える。


僕の本音を。


「エレンと幸せになりたい」


本当に。


「私と一緒にいると不幸になるよ」


「お前と一緒にいるだけで幸せだ」


本当に。


「あなたも背負ってくれるの。私の『罪』を」


「ああ。喜んで地獄に行くよ」


とんだお人好しだな、僕も。


会ってたかだか数日の女の子1人くらい放っておけばいいのに。


彼女を強く抱きしめた。


その場の空気が張り詰められていた。


換気しても意味がないほど蒸しくるした空気感。


暗く淀んで、明るく儚げで。


初めて彼女は感情を表に出して泣いた。


子どものように顔を歪めて泣き出す。


まるで何年も感情を殺して生きていたかのように。


心に湿りついた何かは這いつくばっていた。





















あれから数週間ほどが経過した。


壊した家の修理の手伝いをして過ごす日々。


ナギトと一緒に過ごす日々。


何気ないこの日々。


失うのが怖い。


私はまだ私の罪を彼に言えずにいる。


戦争の魔女だということも。


気持ちが落ち着いたら言ってほしいというがもし私が人殺しと知って彼が私を拒絶したらと考えると私は言えずにいる。


どうすれば私は幸せになれる。


「仕事…辞めようかな」


「エレン?」


ナギトが驚いた様子で見つめてくる。


ティーカップに入れていた紅茶溢れていた。


「こぼれてる!こぼれてる!」


「おうっと…これは失敬」


溢れた紅茶を布巾で拭いている。


今はナギトと絶賛ティーパーティー中である。


「で…仕事辞めるって?」


不遜な表情を私は浮かべていると思う。


「えっと…まあ…その仕事のせいで苦しんできたようなものだから…もういっそのことやめちゃお〜………なんて?」


不敵な笑みで私を見つめながら言った。


「そのほうがいいよ。うん。ずっといい。」


でもそう簡単にはいかない。


なんとかしてこの国から逃げる方法を考えておかないと。


「稼ぎ少なくなるけど大丈夫?」


「大丈夫そん時は僕が………ってエレンは稼ぎ柱かよ。僕ら結婚してるわけでもないのに」


「でも私のために地獄にでも供にしてくれる並々ならぬ関係でしょ」


「当たり前だ。お前が明日死ぬのなら僕の命は明日まででいい」


「嬉しいなぁ。嬉しいポイント1プラスかな〜」


「光栄の至りだよ!」


メトーデは今日も客足は少ない。





















「私ゲヘナ王国の魔女を辞めます」


ポカンとした顔を浮かべ上官は目を丸くした。


「何を言ってるんだ!?戦争の魔女!」


「正確に言うなら魔女は役職ではないですね。表の立場は上級魔導士でしたっけ、まあどうでもいいです」


「お前………!」


「ちなみに私や私に関わる人や物に干渉してきた場合、この国を滅ぼします」


一切声色が変わらない。


戦争の魔女が言ってること比喩や虚言ではなく本気だと言うことがわかる。


「この意味おわかりですよね?」


「………!!」


「もう帰ってくることはないですが一応ありがとうございました。育ててくれて」


ドアを乱暴に閉め戦争の魔女は部屋から出ていった。


「………どうしたものか」


会議記録


秘密裏に戦争の魔女を観察していたがとある男の接触により離反するに至った可能性が出た。


そしてその牙がゲヘナ王国に向く可能性がある。


予言者ナイルの予言によりヨハネの申し子である戦争の魔女を暗殺する方針を固めた。


そのため戦争に次ぐゲヘナ王国最強の魔女をぶつける。


ゲヘナ王国の双剣を担うそのうちの一人。


魔女の名を『残骸の魔女』。


戦争の魔女暗殺計画は今後も計画を順次進める。





















私は今日も生きている。


15年生きてきて初めてこの1秒が幸せと感じられるようになった。


胸にあるこの想いはなんだろう。


ナギトに対して私は何を想っているだろう。


私はまだわからない。


この気持ちを表すのならどんな言葉があるのだろう。


勉強してきた言葉の中にあっただろうか。


まだ誰も知らない顔で君を見ていたい。


「エレン、ちょっと国を出てさ…散歩でもしない?」


「うん。喜んで」


あの日から2ヶ月が経過していた。


まだ言えずにいる。


一生言えないかもしれない。


それでも彼は許してくれるだろう。


もうそれでもいい。


ゲヘナ王国を抜けた草原を二人きりで歩いていた。


「きれいだなぁ…」


「そうだね」


「僕はゲヘナの外にはあまり行ったことがないから」


たしかに景色はきれいだ。


でもそれ以上に。


「君のほうがきれいだよ」


バッ


「おう………!?」


衝撃で雨でも降ってきそうなほど激情という表情をする。


「………変なこと言った?」


「いや!ただ…僕からエレンに言うべきじゃないかなって…その言葉は」


「じゃ、言って」


「え」


私はニイと精一杯女の子らしく笑ってみせた。


変じゃないかな。


「いわゆる男を見せるってところだよ」


「うーん、うん」


風が花弁をふかして空へと舞う。


太陽の光が周りを暖かさで包み込む。


ナギトは目をつむり一息吸うと話し始めた。


「この世界の何よりも君がきれいだ」


私は今どんな顔をしているだろう。


たぶんだけど嬉しくて口角が上がってる。


でも視界が定まらなく彼の顔が揺れ動いて見える。


私なんで泣いているんだろう。


嬉しくて泣いてるだ。


彼からの言葉が。


私は『嬉しいから泣いている』んだ。


「理解できた………」


涙は悲しいときに出るものだと思っていたけれど、嬉しくても流しちゃうんだね。


「えっ!?大丈夫か!」


「ふふ、ごめんなさい。嬉しくて」


何百何千と霞んでしまえるような一人の想いが大切だと思った。


どんなに小さくちっぽけでも朝焼けの様に。


照らし続けてくれるんだから。


「行こう、ナギト」


「ああ、エレン」


二人の笑いかたが夕立のように咲き誇っていた。


想ってくれる人がいるだけで幸せなんだと。


形容しがたいこの気持ちが『愛してる』だとまだ私は知らないけれど。


どうか私を知る人に幸せが訪れることを願っています。

エレンという少女は5〜6歳くらいまでは普通の少女でしたが魔女の力が覚醒し、結果暴走して全てを失った悲しい子です。

ゲヘナ王国が戦争で有効活用できると思い魔女としての力を増加させるため少女にはすごく残酷なことをしてます。

なんならヴァージンじゃないですからねエレン、まあそこは隠し設定みたいに思っていただければ。

ナギト会うまでは本当に生きた死体のように生きてきたんですから。

ナギトはナイス異世界転移!って感じですね。

エレンがナギトに愛してるを伝えるのはもう少し後ですが二人が幸せになることを願っています。


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[良い点] 兵器として消費されていた魔女は感情がぐちゃぐちゃ。 過去の自分を否定しないように押し殺すが、その代わりに溢れるのは殺意。親とか、過去の人間関係はまだ分からないが、愛されず孤独であったことは…
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