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デート

 日曜日。清々しい春空が広がっている。これこそ、春うららと言った具合か。


「なんか変な感じよ」


「いきなりどうしたんだ?」


 朝食を食べていると、火恋にそんなことを言われた。


「珍しく、まともな服を着ているとこかしら」


「珍しくとは失礼な。そっちこそ、まともな服を見たことがないぞ」


 火恋は基本的に一日中パジャマなのだ。そんなだらしない人こそ、まともではない。


「うっ、うるさいわね! レディに向かって失礼よ! バーカ!」


「レディは暴言を吐かないぞ」


「ったく、いけ好かない奴ね、あんたは。――ごちそうさまでした」


 不貞腐れながらも、いつも通り皿を台所へ運んで行く。


「それで、彼女とデートにでも行くわけ?」


「で、でーと?」


「なーに動揺してんのよ。分かるわよそんなの」


「別にデートではないぞ。一方的にデートって言われただけで、ただ、遊園地にいくだけだ」


「いや、それ完全にデートじゃない! 一体何があったってのよ!」


 火恋の指摘した通り、名目上、やっぱりデートであることは否定できないのだ。


 僕は数日前、星奈からデートに誘われていたのだ。




     *




「――デートしましょ。先輩」


 星奈はスサーっと近づくと、耳元でそう囁いた。


「……は?」


 朱智院が転校してくる数日前、星奈は昇降口で僕を待っていた。授業が終わってから随分と時間が経っていたというのにご苦労なことだ。


「だから、デートですよ。デートも分からないんですか?」


「いやそれぐらい分かるさ。でも、僕たちがデートという言葉を使うのは何か違う気がするんだよ」


「はぁ、馬鹿ですか先輩は。こういう時は黙ってデートの誘いに乗るんですよ。……もしかして先輩、女の子と付き合ったことないんですか?」


「そのもしかして、だ」


 僕がそう答えると、星奈は「へぇー、そうなんですかー」とワザとらしい笑みを浮かべる。――こいつ、僕のことを馬鹿にしているらしい。


「未来の彼女のための、予行演習だと思ってくださいよ」


「そんなこと言われてもな……」


「可愛い星奈ちゃんを、こんな時間まで待たせた罰です!」


「オマエが勝手に――」


 反論すると、星奈はしょんぼりした顔をする。まるで叱られた子犬のようで、さすがに憐みを感じた。


「…………わかったよ。行くよ」


 つい、その表情に屈してしまい、彼女の口車に乗ることとなった。


「よしゃっ! ありがとうございます! 日程は後で連絡しますね」


「……分かったよ」


 言ってしまったものは仕方がない。こうして、星奈とのデートが約束されたのだった。




     *



 

 その後、朱智院という転校生や、死にかけた買い物やら、内容の濃い日が続いた為、デートのことなど、ほとんど頭から抜けた状態で当日を迎えた。


 詳細を聞いた火恋は腕を組んで、悪巧みでもするかのように仁王立ちした。


「ふ、ふ、ふっ、いいでしょう。あたしがデートにおける重要なポイントを教えてあげます」


「そんなこと頼んだ覚えがないんだけど」


「あたしのアドバイス、聞かなくていいの? アメリカじゃあ、毎日デートのお誘いがきてたのよ」


 火恋は腕を組んで胸を反らし、偉そうな態度をしている。


「おまえがぁ~?」


「そうよ。あ・た・し・がっ!」


「はいはい、そうですか」


 こんな話に付き合っていられない。そんなことより、そろそろ約束の時間だろう。腕時計に一瞬目を遣ると、時刻は8時半。


「それじゃあ、僕は出かけてくる」


「ちょっと、あたしのアドバイスは?」


「いらない」


「はぁー、もういいわよ。行ってきてどうぞ」


「どうも。それじゃあ戸締りをきちんとするんだぞ」


「そんなこと分かっているわよ。子供じゃあるまいし」


 前科を持っていながらよく言うものだ。心の中で突っ込み入れつつ、家を出た。




     *




 待ち合わせ場所に指定されていたのは高原駅。僕の家から最も近い駅だ。国営東海道線、国営南武線、ほむら電鉄櫛凪(くしなぎ)線、3つの路線が交差する、大きな駅である。


 北側には大きな複合商業施設があり、南側には地下街や、多くの商業ビルが広がっている。


 今回、僕たちは駅の南側で待ち合わせだった。駅前の大通りを抜けて南へ向かうと、地上と地下を繋ぐシースルーエレベーターの近くで、星奈は待っていた。


 当然のことだが、いつも見なれた制服など着てはいない。

 

 白のニットに黒のショートパンツ。灰色のキャスケットを被り、普段の言動とはかけ離れた大人っぽい姿をしていた。見間違いか、別人であることも考えてしまう。


「あ、先輩、おはようございます!」


 僕を見つけた星奈は、恰好に反して元気な笑顔で手を振った。中身はいつも通りで安心した。これで上品な言動だったら人違いですと普段の星奈を探しに行ったことだろう。


「おはよう、待ったか?」


「いえ、わたしも今来たところでしたよ」


「そうか。ところで、どうして駅に待ち合わせなんだ?」


 僕の質問に、星奈は首を傾げた。


「僕の家から一緒に行けば良かったんじゃないのか?」


「まったく、先輩はダメですね。デートは待ち合わせをするところからデートなんですよ。わたしが先輩の家に行ってどうするんですか? それじゃあ、いつもと同じですよ」


「いつもと同じと言われればそうだな」


「はい、それじゃあ行きますよ」


 そう言って、星奈は僕の前に手を差し出した。何かを差し出せというのか。しばらく考えて星奈に聞いてみる。


「……まさかとは思うけど、手を繋げと?」


「もちろん。それ以外に何があります?」


「いや、僕たち付き合ってるわけじゃないし」


「ケチですね、先輩は」


「ケチで結構。ほら行くぞ。電車に乗り遅れる」


「……手を繋がないのなら、こうするまでです!」


 僕が歩き始めると、星奈は突撃するようにして、僕の腕に抱き着いてきた。


「ちょ、ちょっと星奈さん!?」


「ふふっ、このまま行きますよ!」


 星奈は周りの目など気にせず、元気よく拳を突き上げた。



――こうして僕にとって、とても長い1日が始まったのだ。


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