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付き合わない?


 帰り支度の最中、珠李に声をかける。


「ちょっといいかな、珠李」


「ご主人様、どうしたのですか?」


「珠李、僕のことをご主人様と呼ぶのはやめようか」


「どうしてですか?」


「色々と誤解が生まれるんだよ」


「そ、そんな! 私たちの主従関係に何かご不満でもあるのですか!?」


 珠李が教室に響く大きな声で言ってしまった。教室中の視線が一気に俺たちへと向かう。


 うっわ、最悪だ!!!


「……ねぇ、あのさぁ、冠城くんと犬星さんって主従関係ってどういうことなの?」


 まだ名前も知らないクラスメイトの女子に尋ねられる。いや、紹介されてたけど忘れてしまったというのが正しい。自慢ではないが、人の名前を覚えるのが苦手だ。


「えーっと……主従関係ではないんだよ。対等の関係だから」


「何を仰るのですか。ご主人様とお呼びしている時点で対等な関係などあり得ません」


「えぇ……せ、先生に相談してあげようか?」


「あらぬ誤解が生まれてる!?」


 このままではマズイ。クラスを超えて全校生徒にまで主従関係の噂が流れてしまう。


「大丈夫よ。彼、冠城グループの御曹司なんだから」


「え?」


 そう言って助け舟を出したのは前の席に座る、赤いヘアピンと艶のある長い黒髪が印象的な美少女。彼女の名前は安良岡歌弥。流し聞きしていた自己紹介で唯一、彼女の名前だけは憶えていた。


 それは、何故か。


 不覚にも、彼女を美しいと感じてしまったからである。特に接点が生まれる予感すらなかった。高嶺の花。画面の向こうにいる美人女優を前にして感情を揺さぶられた。ただそれだけのような、一瞬の振れ。


 これが男子であるさがなのか。それとも、単なる気の迷いか。


「冠城家の長男、冠城学くんでしょ?」


「そ、そうだけど」


「あの大企業の御曹司なんだから、周辺に警護――というかメイドさんを雇っていても突拍子もない話じゃないでしょ」


 メイド――その単語に警戒心が強まる。


「それじゃあ、犬星さんってメイドさんなの?」


 クラスメイトはメイドという言葉に反応して興味深々という顔をして珠李に尋ねる。一方の珠李は一瞬だけ俺の顔を見たので「言うんじゃないぞ!」という顔をしたら、珠李は頷いた。何を言いたいか理解してくれたようだ。


「はい。私は冠城学様専属のメイドでございます」


 ダメだった。


「主従関係ってそういうことだったのね」


「んー、そう! そうなんだよ! 誤解が解けて良かった」


 珠李が言ってしまったのなら仕方が無い。諦めて逆に主従関係を認知させようじゃないか。


 騒ぎも落ち着き、周囲の生徒たちが帰宅の準備を始めたので俺も帰ろうとすると、安良岡さんが長い黒髪を揺らして近づいてきた。


「ちょっといいかしら?」


「もちろんだよ。さっきはありがとう」


「どうってことないわよ。理解出来ない人が馬鹿なだけ」


「ば、ばか……ですか」


 なるほど。なかなか棘のある美人さんだな。


「冠城君はどうしてこんな学校に入ったの? キミみたいなお金持ちはもっと気品のある私立学校に行くものだと思っていたのだけれど」


「えーっと、色々あってね」


「……ふーん。詮索するつもりは無いけど、上流階級にも複雑な事情があるようね」


「出会って間もないというのに無礼な言い方ですね」


 黙って聞いていた珠李がついに口を開けた。


「あら、それは失礼。金持ちというのは傲慢な人ばかりだと思っていたから、つい」


 彼女は珠李を煽るように言った。見た目と違って随分血の気の多い人らしい。


「ご主人様、こんな人からは離れましょう」


「そんな、酷いわね。私はせっかく冠城くんと仲良くなろうとしているのに」


「あなたに一つ教えてあげましょう。ご主人様に害を成す存在を近づけさせないことも私の仕事なのです」


「へぇ、つまり私は冠城君にとっての害って言いたいわけね。でも冠城君の交友関係は冠城君自身で決めることよね?」


「いいえ。私が判断します」


「傲慢なメイドね」


「えぇ……」


 さすがにいまの発言には困惑した。俺の交友関係は絶対メイド政らしい。


「な、なぁ、二人ともその辺にしてくれよ。クラスメイトなんだし仲良くしようぜ」


「ふーん、仲良くね」


 そう言って俺の顔をまじまじと見つめる。


「どうした?」


「ちょっと、耳を貸して」


「どういう——」


 安良岡さんが俺に迫って来る。後退りするが、数歩下がっただけで窓に拒まれ行き止まりだ。


 俺の耳元まで顔を寄せる。ふわりと彼女の匂いが鼻腔を擽る。珠李や舞桜とはまた違った女の子の匂い。柑橘系の香水をつけているようだった。ここまで近づかなければ知ることはなかっただろう。


「ふぅー」


 耳に息がかかり、全身身震いする。声が出なかったことを自分で称えたい。抑えていなかったら余計に注目を浴びてしまう。


 って、あれ? すでに注目されてるじゃん。周囲の生徒は帰り支度の手を止めて俺たちの動向を固唾を呑んで好奇の視線を送っている。


「ご主人様から離れなさい」


 珠李が声色を強めて安良岡さんに迫る。


「冠城くん」


 そんなことはお構いなしに、色気を帯びた吐息は収まることを知らない。


「もっと、仲良くならない?」


「そ、それはどういう……」


「ねぇ――――」


 次の言葉までが、永遠のひと時に感じた。




「―――—私たち、付き合わない?」




 確かに、そう聞こえた。


「ぁ……」


 その言葉の真偽と意図を確かめようとする。だが次の瞬間には、珠李が安良岡さんの肩を掴んで俺から引き離した。


「ご主人様に害を加えるものとして、それなりの処罰を与えることが可能です。私にはその権限があります」


「一般人にそんな権限があるのかしら?」


「残念ながら私は一般人ではありません。私は―—……公の場では言えない身分です」


 どんな身分だ。初めて聞いたぞ。


「あら、恐ろしいわね」


「はい、恐ろしいのでご主人様には二度と近づかないでください」


「それは無理な話ね。私たちは既にクラスメイトとして組み分けされているわ。嫌でもほぼ毎日顔を見ることになるのだけど」


「理事長に直談判してクラス替えを――いへっ」


 脳天に軽くチョップを加えると珠李は間抜けな声を上げた。


「いい加減にしろ。喧嘩するんじゃない。特に何もしていないんだから突っかかるのはやめてくれ。安良岡さんも、珠李を挑発しないでくれ」


「……やり過ぎたわ。ごめんなさいね」


 安良岡さんは素直に謝罪する。一方の珠李はというと。


「……ですが、私はご主人様に害をなす存在を――」


「ですが、じゃない。この話はこれで終わりだ」


 珠李は頬を少しだけ膨らませると、大きく息を吸って「わかりました」と不機嫌そうに頷いた。



―———高校生活初日は不本意ながら、波乱の幕開けとなってしまった。 



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