後輩
僕が登校するときに、決まって遭遇する人物が必ず1人いる。同じ時間の電車で隣に座って来るサラリーマンとかそういう部類ではなく、正真正銘の知り合いだ。
「おはようございます、せ~んぱいっ!」
穏やかそうな垂れ目に反して、髪は動きやすそうなショートカット。青いスクールバッグを肩に背負った彼女は、1年生の後輩である畔地星奈だ。
「おはよう、畔地」
「もぉ! 星奈って名前で呼ぶように言ってるじゃないですか!」
「はいはい、おはよう星奈」
「もぉ~、もっと愛情を込めて呼んで欲しいんですけど! 名前の後ろにハートマークを付ける勢いでお願いしますよぉ」
星奈は不服そうにしつつ、笑顔を作った。
彼女との関係は説明すると長くなる。出会いは中学生の頃なのだが、簡潔にまとめるのであれば「彼女のピンチを救ってあげたところ懐かれた」と言ったところだろう。
……そこまでは良かった。
学校から自宅までの道が、お互い反対方向であるのに登下校でついて来たり、昼食を一緒に食べようと教室に来たこともあった。そこまで来ると普通は鬱陶しいと思うだろう。しかし「可愛い後輩だしなぁ」と思って許してあげたくなる圧倒的後輩感が彼女にあったのだ。
「どうですか、新しい制服? 可愛いでしょ?」
「普通。1年は先に見てるからな。すでに見慣れてる」
「そこはお世辞でも可愛いって言ってくださいよ!」
そんなじゃれ合いをしながら一緒に登校する。いままでは途中で解散していたが、星奈が同じ高校に入学してからは昇降口前まで一緒に登校する。
「そういえば、1年生にメイドさんがいるの知ってますか?」
「へぇ」
「きょーみ無さそうですね」
「いや、僕のクラスにいるし」
「ええ!? 頴川学園ではメイドは普通なんですか!?」
「いや、偶然だろ」
さすがに偶然であってほしい。
「メイドさんは僕のクラスにいるぞ。【女帝】って知ってるだろ?」
「それは勿論です。頴川学園理事長のお孫さん、頴川昴流先輩のことですよね」
ずば抜けた信頼と指導力、性別など関係なく物動じない己がカリスマ性で、生徒を導く姿から【女帝】と呼ばれている。
「そう。その頴川先輩の家でメイドとして働いているらしいんだ」
そして、メイドである彼女の名前は十文字薫。同じクラスではあるものの、そこまで接点はないので事務的な会話しかしたことがない。だが、時折聞こえてくる会話から察するに、関西弁を使った会話の面白そうな人だ。お近づきになりたい人物ではある。
「1年生で入って来たって言うメイドさんは、頴川先輩の関係者かな?」
「それなら最初からそう言いますよ。なんとビックリ! 冠城財閥の御曹司が入学して、彼の専属メイドとして一緒に入学してきたらしいですよ!」
「そりゃまた大物が入学してきたな」
頴川財閥と言えば、世界を股にかける、大企業も大企業だ。知らない人の方が珍しい。
「そうですね。まあ、先輩のクラスにも大物が来るかもしれませんよ?」
「と言いますと?」
「昨日の放課後、紅ちゃん先生から小耳に挟んだのですが、今日から転校生がやってくるそうです」
「そんな話聞いてないぞ」
「なんでも、急な話だったらしくて先生達も慌ててました」
よくそんなこと知っているなとぼやくと、星奈はえへへと嬉しそうに笑った。
「それで、そんな人が本当に大物なのか?」
「ここまで言っておいてなんですけど、新学期初日からではなく、ちょっと後にやって来たんですから何かしらあるのでしょう」
「はいはい、転校生が来る以上の情報は知らないと」
「……いじわるな先輩ですね」
「何かしらって言っても、家庭の事情ぐらいしか理由はないだろう」
「うーん、まぁ、それもそうですね」
星奈は少し納得がいかない様子だったが、そこで転校生の話題は終了して、彼女の担任教師の話題が始まり学園に着くまで話題は尽きなかった。




