いってらっしゃい
「いってらっしゃいませ」
いつも通り、車へ乗り込む2人を見送る。後のアタシのご主人様は不貞腐れた顔でアタシの服の袖を握っていた。
その日を境に、彼の両親が二度と戻って来ないなんて、当然知る由もなかった。
*
あたしの仕事は冠城家への奉仕だ。
ご先祖様は元々貴族の警護をしていた一族らしい。一族は戦の世を何度も生き残り、少なくとも江戸時代には冠城家専属の警護が生業となった。
そして現代。警護なんて言葉を使う荒仕事などほとんど存在するわけもなく、業務は警護から奉仕へと切り替わった。
そんな一族の背景もあり、中学生のあたしは幼いながらに冠城家に仕えているわけだ。
「ガク様、飯はとっくに冷めてるぞ」
突然、両親がいなくなった悲しみを小学生の彼が受け止めるにはあまりにも酷い現実だった。
一日中、ベッドの上で寝ているのか起きているのか分からない状態で仰向けになっている。両親が子会社の引き起こした問題で、忙しくて構っていられなかった時よりも酷い状態だ。
テーブルの上に置いた食事は、僅かながら手をつけている様子だ。
「ちゃんと食わないと死ぬぞー」
肩をツンツンと突いてみるが一切反応はない。
「ったく」
悪態を吐いて部屋を出た。
「どう、でした?」
4つ年の離れた妹は心配そうにあたしを見つめていた。彼女は将来、ガク様の専属メイドとして働く予定だ。一人前になるまで、あたしが一緒に面倒を見ている。
「ダメだなこりゃ」
「おねえがダメならわたしもダメ」
「そんなことはねぇぞ。むしろ、あたしがやってもしゃあねえ。元々オマエのご主人様だ。オマエが面倒をみろ。オマエがガク様を守ってやれ」
「だって……」
「別に意地悪してやろうってんじゃない。ご主人様のことを良く知ってるのは冠城学のメイド―—になる予定の犬星珠李だろって言ってるだけだ」
まだ小学生の珠李には難しい話だったろうか。小首をかしげてうーんと唸っている。
「そのうち分かる時が来る。それまではガク様の傍についているだけでいいさ」
「うん」
珠李はガク様の部屋へ入って行った。
ガク様には、いつも珠李がいたという記憶さえ残っていてくれればいい。小さい種が後に大きな花を咲かせるようなもんだ。
あたしの人生を賭けた計画は、その時すでに始まっていた。




